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◇
「ど、どうしよ~」
家屋の瓦礫に身を潜めて、アタシはそんな弱音を吐いていた。まさかフィフスドル君の血魔術の効果がなくなって、そのせいで魔法が使えなくなるなんて思わなかった。ノリンさんとチカちゃんは大丈夫って言ってくれたけど、本当に大丈夫かな。
せっかくヴァーユさん達が頑張ってチャンスを作ってくれたのに。
氷で拘束していても、火災の熱と怪力とでどんどん壊れていっちゃう。早くどうにかしないと…この人が殺されちゃうのに。
するとバキバキという音と共にまた氷が崩れ落ちた。もう片足を地面に繋ぎ止めておくくらいにしか機能していない。怪獣は鋭い牙と爪を剥き出しにして、暴れ狂い始める。そして目ざとく近くにいた村人を見つけると、力任せに腕を振るった。
アタシは反射的にインクの魔法を繰り出して、その腕に巻き付けては動きを封じ込めようとする。けれど吸血鬼になったアタシの腕力でも抑えきることはできず反対に引き寄せられてしまった。
「きゃあ!?」
ふわっとした感覚が全身を覆う。地面の感触がなくなるなんて初めての経験だ。そして飛ぶなんて芸当ができないアタシの体は今度は重力に任せて落ち始める…と思いきや、思ったような早さで落下はしなかった。
ナナシ君がアタシの体を掴み、必死に空を飛んでくれているお陰だ。それでもアタシの体重を支えきることはできず、徐々に高度は落ちていく。それだけならまだ良かったのだが、怪獣にとってロクに動くこともできず、しかも動きも緩慢でノロマなアタシ達は格好のターゲットになっていた。
渾身の力を奮ってとうとう最後の氷まで打ち壊した怪獣は大きな口を開けてアタシ達に飛びかかってくる。
恐怖のあまりに思わず目をつぶってしまったが、届いてきたのは轟音だけだ。
見れば不意をついてユエさんとアントスさんが体当たりで怪獣の軌道を変えてくれたのだった。空中で横殴りの衝撃を受けた怪獣はバランスを崩して地面に落ちる。ひとまずは助かったのだろうか。
けれどその安心も束の間。
のそのそと起き上がった怪獣は怒りに任せた咆哮を上げ、またアタシ達を狙う。今度はユエさん達の応戦も間に合わない…!
そうして怪獣が飛び上がった時の事だ。
アタシの体は突如として落下することを止め、反対に上へ上へと登っていった。ナナシ君とはまた違う細いけれど力強い腕の感触。最初に腕に止まった視線を伝わせて、アタシは彼の顔を見た。
月光に照らされているフィフスドル君の顔は幼さや頼りがいや神秘性を一緒に混ぜ合わせたような不思議な魅力と安心感をアタシに与えてくる。
「大丈夫か、架純!」
「…うん」
「すまない。迂闊に血魔術を解いてしまったせいで余計な心配をかけた」
「ううん。平気」
「ああ。僕が来たからにはもう心配はいらん。もう万全に、とは行かんがここまで来たからには強行突破だ。行くぞ」
「任せて!」
アタシは力強く叫んだ。どうにかできそうという自信が心の底から湧き出てくる。それはフィフスドル君に血魔術を施されて力が上がったという理由もあるけれど、もっと単純にフィフスドル君がそばにいてくれているというのも大きい気がしていた。
ひょっとしたらノリンさんが言っていたように、フィフスドル君に噛まれて吸血鬼になったせいで無意識的に吸血鬼としての頼り甲斐を彼に求めているのかもしれない。
…マズいよね。こんな一回り年下の男の子に対して。
って、そんな事を考えている場合じゃない。早くあの怪獣を何とかしないと!
アタシはフィフスドル君に抱えられながら怪獣に向かって急降下して行く。怪獣は一瞬だけ上から飛来するアタシ達に目線を送ってきたが、すぐに頭を下げて地表を見た。チカちゃんやノリンさん、ヴァーユさん達が足元を狙い怪獣の注意を引き付けてくれていたからだ。
上下からの挟み撃ちを食らって怪獣はどっちに対応すべきかを迷っている様子だ。
今ならいける!
アタシは自分の中に再び芽生えた感覚を信じ、万年筆に自分の血を一滴垂らす。それに反応して万年筆がほのかに光だしたのを目の端で捉えていた。そしてそれを振りかざしながら、怪獣の頭上から強襲する。
「やああああ!!!」
恐怖を打ち消すためか、それとも持て余した覚悟が溢れたのか。いずれにしても生まれて初めて気合いを叫ぶと万年筆に込められた魔法を発動させた。
万年筆の先から血の交じったインクが飛び出していく。微かな黄金色の光をまとったインクは縦横無尽に駆け巡ったかと思えば、瞬く間に何かの形を成していく。
一瞬、絵とも見紛うそれをアタシは知っている。甲骨文字や象形文字と定義付けられている、つまりは漢字の元となった成り立ちの字だった。
そして浮かび上がったこの文字は…。
と、冷静に分析ができるような余裕はなかった。足場として使っている怪獣が見る見るうちに萎んでいき、アタシは立つこともままならなくなってずり落ちてしまう。咄嗟にフィフスドル君が助けてくれたので事なきを得たが、掴まり方が下手だったせいでお姫様抱っこの形になってしまっている。なんで?
でも恥ずかしがっている暇がなかったのが幸いだ。皆の注目はアタシの魔法が利いて小さくなっていく怪獣に集中していたから。怪物はあの旦那さんが変身したときの様を逆再生するかのように徐々に人間らしい姿を取り戻していく。最後にはすっかり元通りになったことで、アタシには一時の安心を得た。
安堵したのは他のみんなも同じだったようで、気絶して横たわる旦那さんの元へ自然と集合していた。
それぞれが一連の事件やアタシの能力について思い思いの予想を立てているのが分かる。その内にハッとしたヴァーユさんが全員に労いの言葉をかけた。
「何はともあれ、どうにか死人を出すってことは回避できたな。礼を言うよ」
「そ、そんな。元はアタシの我儘で」
「命を助けることを我儘だなんて言わないでくれ。あんたは立派な行いを提案した。そしてそれを見事に実行した。流石は噂の聖女様だな」
「…そんな」
そう言われるとくすぐったい。そもそもアタシ一人じゃどうしようもなかったのだ。そう言ってもらえても我儘を言った感は拭えない。
だからアタシは振り返って四人にお礼を言ったのだ。
「みんな。ありがとう」
四人はそれぞれが達成感に満ちた顔で頷く。するとアタシもどっと疲れを実感したのだった。
「ど、どうしよ~」
家屋の瓦礫に身を潜めて、アタシはそんな弱音を吐いていた。まさかフィフスドル君の血魔術の効果がなくなって、そのせいで魔法が使えなくなるなんて思わなかった。ノリンさんとチカちゃんは大丈夫って言ってくれたけど、本当に大丈夫かな。
せっかくヴァーユさん達が頑張ってチャンスを作ってくれたのに。
氷で拘束していても、火災の熱と怪力とでどんどん壊れていっちゃう。早くどうにかしないと…この人が殺されちゃうのに。
するとバキバキという音と共にまた氷が崩れ落ちた。もう片足を地面に繋ぎ止めておくくらいにしか機能していない。怪獣は鋭い牙と爪を剥き出しにして、暴れ狂い始める。そして目ざとく近くにいた村人を見つけると、力任せに腕を振るった。
アタシは反射的にインクの魔法を繰り出して、その腕に巻き付けては動きを封じ込めようとする。けれど吸血鬼になったアタシの腕力でも抑えきることはできず反対に引き寄せられてしまった。
「きゃあ!?」
ふわっとした感覚が全身を覆う。地面の感触がなくなるなんて初めての経験だ。そして飛ぶなんて芸当ができないアタシの体は今度は重力に任せて落ち始める…と思いきや、思ったような早さで落下はしなかった。
ナナシ君がアタシの体を掴み、必死に空を飛んでくれているお陰だ。それでもアタシの体重を支えきることはできず、徐々に高度は落ちていく。それだけならまだ良かったのだが、怪獣にとってロクに動くこともできず、しかも動きも緩慢でノロマなアタシ達は格好のターゲットになっていた。
渾身の力を奮ってとうとう最後の氷まで打ち壊した怪獣は大きな口を開けてアタシ達に飛びかかってくる。
恐怖のあまりに思わず目をつぶってしまったが、届いてきたのは轟音だけだ。
見れば不意をついてユエさんとアントスさんが体当たりで怪獣の軌道を変えてくれたのだった。空中で横殴りの衝撃を受けた怪獣はバランスを崩して地面に落ちる。ひとまずは助かったのだろうか。
けれどその安心も束の間。
のそのそと起き上がった怪獣は怒りに任せた咆哮を上げ、またアタシ達を狙う。今度はユエさん達の応戦も間に合わない…!
そうして怪獣が飛び上がった時の事だ。
アタシの体は突如として落下することを止め、反対に上へ上へと登っていった。ナナシ君とはまた違う細いけれど力強い腕の感触。最初に腕に止まった視線を伝わせて、アタシは彼の顔を見た。
月光に照らされているフィフスドル君の顔は幼さや頼りがいや神秘性を一緒に混ぜ合わせたような不思議な魅力と安心感をアタシに与えてくる。
「大丈夫か、架純!」
「…うん」
「すまない。迂闊に血魔術を解いてしまったせいで余計な心配をかけた」
「ううん。平気」
「ああ。僕が来たからにはもう心配はいらん。もう万全に、とは行かんがここまで来たからには強行突破だ。行くぞ」
「任せて!」
アタシは力強く叫んだ。どうにかできそうという自信が心の底から湧き出てくる。それはフィフスドル君に血魔術を施されて力が上がったという理由もあるけれど、もっと単純にフィフスドル君がそばにいてくれているというのも大きい気がしていた。
ひょっとしたらノリンさんが言っていたように、フィフスドル君に噛まれて吸血鬼になったせいで無意識的に吸血鬼としての頼り甲斐を彼に求めているのかもしれない。
…マズいよね。こんな一回り年下の男の子に対して。
って、そんな事を考えている場合じゃない。早くあの怪獣を何とかしないと!
アタシはフィフスドル君に抱えられながら怪獣に向かって急降下して行く。怪獣は一瞬だけ上から飛来するアタシ達に目線を送ってきたが、すぐに頭を下げて地表を見た。チカちゃんやノリンさん、ヴァーユさん達が足元を狙い怪獣の注意を引き付けてくれていたからだ。
上下からの挟み撃ちを食らって怪獣はどっちに対応すべきかを迷っている様子だ。
今ならいける!
アタシは自分の中に再び芽生えた感覚を信じ、万年筆に自分の血を一滴垂らす。それに反応して万年筆がほのかに光だしたのを目の端で捉えていた。そしてそれを振りかざしながら、怪獣の頭上から強襲する。
「やああああ!!!」
恐怖を打ち消すためか、それとも持て余した覚悟が溢れたのか。いずれにしても生まれて初めて気合いを叫ぶと万年筆に込められた魔法を発動させた。
万年筆の先から血の交じったインクが飛び出していく。微かな黄金色の光をまとったインクは縦横無尽に駆け巡ったかと思えば、瞬く間に何かの形を成していく。
一瞬、絵とも見紛うそれをアタシは知っている。甲骨文字や象形文字と定義付けられている、つまりは漢字の元となった成り立ちの字だった。
そして浮かび上がったこの文字は…。
と、冷静に分析ができるような余裕はなかった。足場として使っている怪獣が見る見るうちに萎んでいき、アタシは立つこともままならなくなってずり落ちてしまう。咄嗟にフィフスドル君が助けてくれたので事なきを得たが、掴まり方が下手だったせいでお姫様抱っこの形になってしまっている。なんで?
でも恥ずかしがっている暇がなかったのが幸いだ。皆の注目はアタシの魔法が利いて小さくなっていく怪獣に集中していたから。怪物はあの旦那さんが変身したときの様を逆再生するかのように徐々に人間らしい姿を取り戻していく。最後にはすっかり元通りになったことで、アタシには一時の安心を得た。
安堵したのは他のみんなも同じだったようで、気絶して横たわる旦那さんの元へ自然と集合していた。
それぞれが一連の事件やアタシの能力について思い思いの予想を立てているのが分かる。その内にハッとしたヴァーユさんが全員に労いの言葉をかけた。
「何はともあれ、どうにか死人を出すってことは回避できたな。礼を言うよ」
「そ、そんな。元はアタシの我儘で」
「命を助けることを我儘だなんて言わないでくれ。あんたは立派な行いを提案した。そしてそれを見事に実行した。流石は噂の聖女様だな」
「…そんな」
そう言われるとくすぐったい。そもそもアタシ一人じゃどうしようもなかったのだ。そう言ってもらえても我儘を言った感は拭えない。
だからアタシは振り返って四人にお礼を言ったのだ。
「みんな。ありがとう」
四人はそれぞれが達成感に満ちた顔で頷く。するとアタシもどっと疲れを実感したのだった。
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