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アタシ達は道中の馬車の中で更に情報交換に勤しんだ。アシンテスの内情、エオイル国との戦争の状況、そしてこの世界での吸血鬼事情等々フィフスドル君とノリンさんが事細かに聞いていく。特に両国間の戦争の実情は一冊の本にまとめられるのではないかと、半ば真剣に思うほどに徹底して確認していた。
正直、よくわからない単語や熟語が飛び交い、ちんぷんかんぷんもいいところだ。アタシは余計な恥を掻いたり、話の腰を折ったりしないように聞き役に徹しながら膝の上の猫ナナシ君を撫でている。
粗方の情報を教えてもらうと、今度はヴァーユさんからの質問攻めが始まった。
エオイル城の間取りや構造、外部拠点の位置、兵糧や武具の搬送経路、今後展開されうる動向や作戦などなどの質問が機関銃の如く押し寄せてくる。ただずっと後方の病棟にいた上に、近頃はその業務さえも放棄気味だったアタシに答えられる事は少なかった。
それでもフィフスドル君を初めとする、異世界からやってきた吸血鬼とアタシの聖女としての能力、そして何よりも異世界の話の方にヴァーユさんは興味津々だったので、多少の申し訳なさは軽減されていた。
「本当に面白いな、アンタらは」
「ヴァーユ殿も中々。先見の明がある頭の切れる御仁のようじゃ」
「お? そんな立派なことを言った覚えはないが」
「相手に話をさせるのが上手い。意図的に人を乗せるのはバカにはできんよ」
「あっはっは。買ってくれるのは嬉しいけどね、いざボロを出したときにカッコ悪いからあまり褒めないでくれ」
愉快そうな声が馬車の中に響く。
ところで、アタシには気になって仕方のない事が一つあった。
それはヴァーユさんの隣に座り、ここまで一言も発していないタイルさんの事だ。彼女は馬車に乗ったときから今に至るまで置物のように動かない。何度か精巧な人形が置いてあるのではと勘違いしてしまうほどだ。
そして彼女の顔を見たとき、アタシは突如として起こったゴタゴタのせいで未解決のままだった話題があったことを思い出した。
「タイルさん」
「え? はい、なんでしょうか?」
「万年筆の事なんですけど、返してもらわなくて結構ですから」
「ええ!? いいの、架純さんは」
チカちゃんが何とも物言いたげな表情のままに声を出す。そしてタイルさんはそれ以上に物言いたげな顔になっていた。
初めはポーカーフェイスかとも思ったが、こうしてみると彼女の表情は豊かに思えた。まあ、どんな顔をしても陰鬱さをベースにしているのだけれど。
「うん。質に入れたと言っても、アタシの中では売ったってことにしてるから。タイルさんもこれが必要みたいだし、何より乱暴に扱うような人のところに行かなかったってだけで満足」
「うー」
「何故お前が唸る? 当の本人がいいと言っているんだから、この話は終わりだろう」
「もう! ドル君は女心がわかってないんだから」
「男のお前に言われたくない」
「え!? お、男!?」
ヴァーユさんが横からつい口を挟んできた。信じられないというような顔の横には、目を見開いて驚きを表現しているタイルさんの姿もあった。チカちゃんの装いはこうして多角的に相手をコミュニケーションを取るにはすごい便利かもしれない。どうしたって彼女に興味を持ってしまうから。
それにアタシとしてはうまい具合に話がそれてくれたことも嬉しかった。この流れに乗って何でもいいから万年筆の話題から逸らしてしまおう。
「ところでアシンテスにはどのくらいでつくんですか?」
「アシンテスと言っても広いからね、領地に入るだけならすぐさ」
「あ、そうなんですね」
「俺たちの本拠地に着くにはざっと見積もっても二十日くらいはかかるかな? 今日は拠点にしているリステって村に向かう。もう間もなくつく頃さ」
やはり事前に仕入れいていた情報と同じくらいの目算だった。
「あ、それとリステ村はあくまでも人間の村だから。一応は用心してくれよ?」
「え!?」
「ヴ、ヴァーユさん達も吸血鬼の中ではお偉いさんなんですよね? いいんですか、もっと安全なところに行かなくて」
「あっはっは。ユエに言ったらものすごい勢いで同意するだろうな。けど、まさか人間の村を吸血鬼の貴族が拠点にするとは思わないだろ? そこが狙い目さ」
「…兄は人間の生活文化に強い興味を持っているので、その観察の意味もあります」
「敵を知り己を知らば百戦危うからず、って奴さ」
「ふむ。やはり立つところに立てば、名主名君になりそうな御仁であるな」
「ふふ、誉めたって晩飯のおかずが一品増えるだけだぜ?」
「おまけにユーモアもあってチカは好きなタイプ~」
などと馬車の中は盛り上がった。
しかし、それも束の間の出来事だった。馬車が急に止まったのだ。
馬の手綱を操り、護衛役してくれていたユエさんとアントスさんの声が響く。
「ヴァーユ様、タイル様」
「どうした?」
「リステ村の様子が変です。断定はできませんが、恐らくは火事かと」
「火事?」
一変して穏やかではない雰囲気に染まった。アタシ達は居ても立ってもいられずに馬車から飛び出して周囲の様子を伺った。
依然として森の中にいるものの行く先は木々の終わりが見えている。更にその先は緩やかな下り坂になっていて、遠からぬ場所には集落のようなものが確認できた。あれがリステ村なのだろう。
そしてユエさんとアントスさんの報告通り、炎のような揺らめきが見える。煙もぼんやりとだが登っているし、何よりも吸血鬼になって強化された嗅覚に木材の燃えるようなきな臭さが押し寄せてきていた。
「確かに、火事みたいだな」
「どうしますか?」
「ユエ~、それは聞くだけ無駄じゃない?」
アントスさんはやれやれと、自分の心情をポージングで表現した。ユエさんはキッと鋭い視線を向けたが、ヴァーユさんが指示を出すとアントスさんと同じくやれやれという顔つきに変わった。
「決まってるだろ。消火活動と救助活動に加われるようなら手を貸すぞ」
「…了解」
すると真っ先にフィフスドル君が疑問を投げ掛けた。
「おい、敵国の人間を助けるのか? そもそも吸血鬼が人間の命を救ってどうする?」
「理由は三つ。人間がいなけりゃ俺達吸血鬼も生きていけない。人間と吸血鬼はもっといい関係を築ける、というのが専ら俺の信念だ。それにあの村は兵士の駐屯地じゃない。敵国とはいえ武器を持たない領民が困っていたら手を差し伸べたい。最後にあの村の連中には普段から世話になってて死んでもらいたくない。以上だ」
「…」
簡潔に反論されてフィフスドル君は言葉を失ってしまったようだ。
どちらかと言えば人間軽視かつ吸血鬼中心主義を叩き込まれているフィフスドル君にとっては理解の範疇を越える回答だったのだろう。ユエさんの反応を見る限り、ヴァーユのさんの考えはこの世界でも異端なのは間違いなさそうだ。
しかし、アタシとしては大きく賛同したい。それはノリンさんとチカちゃんも同じようだった。だって顔にそう書いてあったから。
小回りの利かない馬車を丘の頂上に置き去りにすると、アタシを含めた九人の吸血鬼が夜の丘を月明かりを受けながら駆け降りる。他のみんなは当然として自分がこんなアクロバティックな動きをしていることが不思議でならなかった。
とは言えアタシが一番ビリだったけど。とてつもなく肉体的な能力が強化されたといっても運動音痴が直った訳ではないのだ。
置いていかれないように必死にダッシュしていると、アタシの前を鳥のような何かが横切る。それは猫ナナシ君だった…え? 待って、何でナナシ君が飛んでるの?
月明かりの下、アタシはぎこちなくジクザクに空を飛行する猫ナナシ君を目で追った。するとひとまず、どうして飛んでいるのかは分かった。背中から蝙蝠の羽根が生えているのだ。
…か、可愛い。
ただでさえ愛くるしい黒い仔猫がパタパタと蝙蝠の翼を羽ばたかせて必死に飛んでいる。今まで以上に庇護欲というか、母性本能をくすぐられるようなオーラが放たれていた。
「ほう。また妙なことをしているな」
「オレモ、チカミタイニトブ」
「なるほど。チカ殿の蝙蝠を参考にしたのか」
「そ、そんなこともできるの?」
「生まれたての怪異じゃからな。子供のように何でも吸収して、気に入ったモノは自分の力にしてしまうんじゃろう」
「さすがは妖怪…」
「じゃが、気を付けんと良くないものまで覚えてしまう。少しばかり目を掛けてやらんとな」
そっか。まだ自分でものの良し悪しは判断できないもんね。あの城にいる人たちみたいな物の考え方にはなってもらいたくないなぁ……なんか母親みたい。結婚すらしてないのに。というか婚約者に裏切られたばっかりなのに!
なんて事を考えて走っていると、やがて木の杭で仕切られた村の入口近くまで辿り着く。すると先頭を走っていたユエさんが何か気がつき、後続のアタシ達を止めた。
「ユエ、どうした?」
「お気づきになりませんか? ヴァーユさ…ひゃあ!?」
これまで堅実な態度と表情を崩さなかったユエさんが、実に女の子らしい声を出す。何を見て可愛らしい悲鳴を上げたのかは一目瞭然。どうにかこうにか安定飛行を保とうとしているコウモリ猫ナナシ君を見て心を打たれていた。
「か、カワ…」
ユエさんはハッとして口を抑えた。体ごと顔を背けて、何とか冷静さを取り戻そうとしている。そんな彼女を見て弟のアントスさんが意地悪そうに告げる。
「ウチの妹は可愛い動物とかぬいぐるみとか大好きですから」
「黙りなさい、アントス。緊急事態に何を言っているのです?」
アタシはユエさんに対しては冷徹な印象しかなかったのだが、考えを改めた。話してみれば案外気が合いそうな予感はする。そうでなくとも現状で唯一、同性の共連れなのだ。許されるのなら落ち着いた時にでもきちんと会話をしてみたい。
そのユエさんはコホンっと咳払いをして仕切り直した。
「血の匂いがします。ひょっとしたら単なる火災ではなくて夜盗などに襲われているのかもしれません」
そう言われてアタシは思わず鼻から息を吸い込んだ。言われなければ気がつかないほどに微かだが、木材の燃える臭いに混じって血の匂いがする。
全員が警戒をマックスにしてにじり寄る。近寄るにつれて、血の匂いが明確になってきた。するとその時、村の中から悲鳴が聞こえた。その瞬間、アタシ達の緊張感は高まった。
「火事で逃げ惑っている雰囲気じゃないな。明らかに戦っている音もする」
「ならば、どうする?」
「まもなく村の入り口だ。応戦し、村人を助けたい。さっき馬車で聞いた話が嘘でないなら、助力を願いたい」
アタシは反射的に四人に向かって言う。
「みんな、お願い。力を貸して」
すると朗らかな顔とともに返事が返ってきた。
「ワカッタ」
「勿論じゃ。この場の全員が見捨てても、儂はそうする」
「架純さんが言うなら喜んで」
みんながそう言い終わると、アタシ達の目がフィフスドル君に集まった。彼は唯一、人間に対して敵対心を持っている。どうするつもりかは分からない。
けど、アタシの中には確信があった。この子は絶対に力を貸してくれると。
「…これから世話になるホストの意向だ。アンチェントパプル家の貴族として誠意は示そう」
「ありがとう、フィフスドル君」
「ふんっ」
アタシ達の考えがまとまったのを見届けたヴァーユさんは号令を出す。
「よし。話がまとまったならさっさと動こう。手遅れになるのは一番勘弁願いたい」
その言葉に頷いた私は一度、タイルさんに声を掛けた。
「タイルさん。その万年筆、一度借りてもいいですか?」
「え?」
「さっきはああ言いましたけど、アタシの魔法ってそれがないと半分使えないんです」
「…そう言うことなら尚更、これはお返しした方が」
「あ、良いんです。この場を切り抜けたらまたお返ししますから」
「でも…」
「それも含めて終わってからもう一度話しましょう」
「……はい」
アタシは受け取った万年筆を力強く握りしめる。すると他のみんなも、それぞれが得意な戦闘態勢を整えて全速力で柵に囲われた村を目指して行った。
ところが中の状況を確認した瞬間。全員で固まってしまった。
村人を襲っていたのは、他ならぬリステの村人達だったからだ。
正直、よくわからない単語や熟語が飛び交い、ちんぷんかんぷんもいいところだ。アタシは余計な恥を掻いたり、話の腰を折ったりしないように聞き役に徹しながら膝の上の猫ナナシ君を撫でている。
粗方の情報を教えてもらうと、今度はヴァーユさんからの質問攻めが始まった。
エオイル城の間取りや構造、外部拠点の位置、兵糧や武具の搬送経路、今後展開されうる動向や作戦などなどの質問が機関銃の如く押し寄せてくる。ただずっと後方の病棟にいた上に、近頃はその業務さえも放棄気味だったアタシに答えられる事は少なかった。
それでもフィフスドル君を初めとする、異世界からやってきた吸血鬼とアタシの聖女としての能力、そして何よりも異世界の話の方にヴァーユさんは興味津々だったので、多少の申し訳なさは軽減されていた。
「本当に面白いな、アンタらは」
「ヴァーユ殿も中々。先見の明がある頭の切れる御仁のようじゃ」
「お? そんな立派なことを言った覚えはないが」
「相手に話をさせるのが上手い。意図的に人を乗せるのはバカにはできんよ」
「あっはっは。買ってくれるのは嬉しいけどね、いざボロを出したときにカッコ悪いからあまり褒めないでくれ」
愉快そうな声が馬車の中に響く。
ところで、アタシには気になって仕方のない事が一つあった。
それはヴァーユさんの隣に座り、ここまで一言も発していないタイルさんの事だ。彼女は馬車に乗ったときから今に至るまで置物のように動かない。何度か精巧な人形が置いてあるのではと勘違いしてしまうほどだ。
そして彼女の顔を見たとき、アタシは突如として起こったゴタゴタのせいで未解決のままだった話題があったことを思い出した。
「タイルさん」
「え? はい、なんでしょうか?」
「万年筆の事なんですけど、返してもらわなくて結構ですから」
「ええ!? いいの、架純さんは」
チカちゃんが何とも物言いたげな表情のままに声を出す。そしてタイルさんはそれ以上に物言いたげな顔になっていた。
初めはポーカーフェイスかとも思ったが、こうしてみると彼女の表情は豊かに思えた。まあ、どんな顔をしても陰鬱さをベースにしているのだけれど。
「うん。質に入れたと言っても、アタシの中では売ったってことにしてるから。タイルさんもこれが必要みたいだし、何より乱暴に扱うような人のところに行かなかったってだけで満足」
「うー」
「何故お前が唸る? 当の本人がいいと言っているんだから、この話は終わりだろう」
「もう! ドル君は女心がわかってないんだから」
「男のお前に言われたくない」
「え!? お、男!?」
ヴァーユさんが横からつい口を挟んできた。信じられないというような顔の横には、目を見開いて驚きを表現しているタイルさんの姿もあった。チカちゃんの装いはこうして多角的に相手をコミュニケーションを取るにはすごい便利かもしれない。どうしたって彼女に興味を持ってしまうから。
それにアタシとしてはうまい具合に話がそれてくれたことも嬉しかった。この流れに乗って何でもいいから万年筆の話題から逸らしてしまおう。
「ところでアシンテスにはどのくらいでつくんですか?」
「アシンテスと言っても広いからね、領地に入るだけならすぐさ」
「あ、そうなんですね」
「俺たちの本拠地に着くにはざっと見積もっても二十日くらいはかかるかな? 今日は拠点にしているリステって村に向かう。もう間もなくつく頃さ」
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「あ、それとリステ村はあくまでも人間の村だから。一応は用心してくれよ?」
「え!?」
「ヴ、ヴァーユさん達も吸血鬼の中ではお偉いさんなんですよね? いいんですか、もっと安全なところに行かなくて」
「あっはっは。ユエに言ったらものすごい勢いで同意するだろうな。けど、まさか人間の村を吸血鬼の貴族が拠点にするとは思わないだろ? そこが狙い目さ」
「…兄は人間の生活文化に強い興味を持っているので、その観察の意味もあります」
「敵を知り己を知らば百戦危うからず、って奴さ」
「ふむ。やはり立つところに立てば、名主名君になりそうな御仁であるな」
「ふふ、誉めたって晩飯のおかずが一品増えるだけだぜ?」
「おまけにユーモアもあってチカは好きなタイプ~」
などと馬車の中は盛り上がった。
しかし、それも束の間の出来事だった。馬車が急に止まったのだ。
馬の手綱を操り、護衛役してくれていたユエさんとアントスさんの声が響く。
「ヴァーユ様、タイル様」
「どうした?」
「リステ村の様子が変です。断定はできませんが、恐らくは火事かと」
「火事?」
一変して穏やかではない雰囲気に染まった。アタシ達は居ても立ってもいられずに馬車から飛び出して周囲の様子を伺った。
依然として森の中にいるものの行く先は木々の終わりが見えている。更にその先は緩やかな下り坂になっていて、遠からぬ場所には集落のようなものが確認できた。あれがリステ村なのだろう。
そしてユエさんとアントスさんの報告通り、炎のような揺らめきが見える。煙もぼんやりとだが登っているし、何よりも吸血鬼になって強化された嗅覚に木材の燃えるようなきな臭さが押し寄せてきていた。
「確かに、火事みたいだな」
「どうしますか?」
「ユエ~、それは聞くだけ無駄じゃない?」
アントスさんはやれやれと、自分の心情をポージングで表現した。ユエさんはキッと鋭い視線を向けたが、ヴァーユさんが指示を出すとアントスさんと同じくやれやれという顔つきに変わった。
「決まってるだろ。消火活動と救助活動に加われるようなら手を貸すぞ」
「…了解」
すると真っ先にフィフスドル君が疑問を投げ掛けた。
「おい、敵国の人間を助けるのか? そもそも吸血鬼が人間の命を救ってどうする?」
「理由は三つ。人間がいなけりゃ俺達吸血鬼も生きていけない。人間と吸血鬼はもっといい関係を築ける、というのが専ら俺の信念だ。それにあの村は兵士の駐屯地じゃない。敵国とはいえ武器を持たない領民が困っていたら手を差し伸べたい。最後にあの村の連中には普段から世話になってて死んでもらいたくない。以上だ」
「…」
簡潔に反論されてフィフスドル君は言葉を失ってしまったようだ。
どちらかと言えば人間軽視かつ吸血鬼中心主義を叩き込まれているフィフスドル君にとっては理解の範疇を越える回答だったのだろう。ユエさんの反応を見る限り、ヴァーユのさんの考えはこの世界でも異端なのは間違いなさそうだ。
しかし、アタシとしては大きく賛同したい。それはノリンさんとチカちゃんも同じようだった。だって顔にそう書いてあったから。
小回りの利かない馬車を丘の頂上に置き去りにすると、アタシを含めた九人の吸血鬼が夜の丘を月明かりを受けながら駆け降りる。他のみんなは当然として自分がこんなアクロバティックな動きをしていることが不思議でならなかった。
とは言えアタシが一番ビリだったけど。とてつもなく肉体的な能力が強化されたといっても運動音痴が直った訳ではないのだ。
置いていかれないように必死にダッシュしていると、アタシの前を鳥のような何かが横切る。それは猫ナナシ君だった…え? 待って、何でナナシ君が飛んでるの?
月明かりの下、アタシはぎこちなくジクザクに空を飛行する猫ナナシ君を目で追った。するとひとまず、どうして飛んでいるのかは分かった。背中から蝙蝠の羽根が生えているのだ。
…か、可愛い。
ただでさえ愛くるしい黒い仔猫がパタパタと蝙蝠の翼を羽ばたかせて必死に飛んでいる。今まで以上に庇護欲というか、母性本能をくすぐられるようなオーラが放たれていた。
「ほう。また妙なことをしているな」
「オレモ、チカミタイニトブ」
「なるほど。チカ殿の蝙蝠を参考にしたのか」
「そ、そんなこともできるの?」
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「さすがは妖怪…」
「じゃが、気を付けんと良くないものまで覚えてしまう。少しばかり目を掛けてやらんとな」
そっか。まだ自分でものの良し悪しは判断できないもんね。あの城にいる人たちみたいな物の考え方にはなってもらいたくないなぁ……なんか母親みたい。結婚すらしてないのに。というか婚約者に裏切られたばっかりなのに!
なんて事を考えて走っていると、やがて木の杭で仕切られた村の入口近くまで辿り着く。すると先頭を走っていたユエさんが何か気がつき、後続のアタシ達を止めた。
「ユエ、どうした?」
「お気づきになりませんか? ヴァーユさ…ひゃあ!?」
これまで堅実な態度と表情を崩さなかったユエさんが、実に女の子らしい声を出す。何を見て可愛らしい悲鳴を上げたのかは一目瞭然。どうにかこうにか安定飛行を保とうとしているコウモリ猫ナナシ君を見て心を打たれていた。
「か、カワ…」
ユエさんはハッとして口を抑えた。体ごと顔を背けて、何とか冷静さを取り戻そうとしている。そんな彼女を見て弟のアントスさんが意地悪そうに告げる。
「ウチの妹は可愛い動物とかぬいぐるみとか大好きですから」
「黙りなさい、アントス。緊急事態に何を言っているのです?」
アタシはユエさんに対しては冷徹な印象しかなかったのだが、考えを改めた。話してみれば案外気が合いそうな予感はする。そうでなくとも現状で唯一、同性の共連れなのだ。許されるのなら落ち着いた時にでもきちんと会話をしてみたい。
そのユエさんはコホンっと咳払いをして仕切り直した。
「血の匂いがします。ひょっとしたら単なる火災ではなくて夜盗などに襲われているのかもしれません」
そう言われてアタシは思わず鼻から息を吸い込んだ。言われなければ気がつかないほどに微かだが、木材の燃える臭いに混じって血の匂いがする。
全員が警戒をマックスにしてにじり寄る。近寄るにつれて、血の匂いが明確になってきた。するとその時、村の中から悲鳴が聞こえた。その瞬間、アタシ達の緊張感は高まった。
「火事で逃げ惑っている雰囲気じゃないな。明らかに戦っている音もする」
「ならば、どうする?」
「まもなく村の入り口だ。応戦し、村人を助けたい。さっき馬車で聞いた話が嘘でないなら、助力を願いたい」
アタシは反射的に四人に向かって言う。
「みんな、お願い。力を貸して」
すると朗らかな顔とともに返事が返ってきた。
「ワカッタ」
「勿論じゃ。この場の全員が見捨てても、儂はそうする」
「架純さんが言うなら喜んで」
みんながそう言い終わると、アタシ達の目がフィフスドル君に集まった。彼は唯一、人間に対して敵対心を持っている。どうするつもりかは分からない。
けど、アタシの中には確信があった。この子は絶対に力を貸してくれると。
「…これから世話になるホストの意向だ。アンチェントパプル家の貴族として誠意は示そう」
「ありがとう、フィフスドル君」
「ふんっ」
アタシ達の考えがまとまったのを見届けたヴァーユさんは号令を出す。
「よし。話がまとまったならさっさと動こう。手遅れになるのは一番勘弁願いたい」
その言葉に頷いた私は一度、タイルさんに声を掛けた。
「タイルさん。その万年筆、一度借りてもいいですか?」
「え?」
「さっきはああ言いましたけど、アタシの魔法ってそれがないと半分使えないんです」
「…そう言うことなら尚更、これはお返しした方が」
「あ、良いんです。この場を切り抜けたらまたお返ししますから」
「でも…」
「それも含めて終わってからもう一度話しましょう」
「……はい」
アタシは受け取った万年筆を力強く握りしめる。すると他のみんなも、それぞれが得意な戦闘態勢を整えて全速力で柵に囲われた村を目指して行った。
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