上 下
17 / 31

17

しおりを挟む
 翌日の朝…はとっくに過ぎ去り、時刻は夕方前。

 アタシは部屋をノックされるまで高いびきをかいていた。つまりは半日近く寝ていたことになる。

 飛び起きたアタシはボサボサの髪と寝ぼけ眼をどうにかこうにか誤魔化してドアを開ける。するとそこには出かける支度を済ませたノリンさんとチカちゃんがいた。

「お早う、架純さん。寝れた? って聞くまでもなさそうだね~」
「あはは…おかげ様でぐっすりと」
「無理もない。昨日は架純殿が一番の気概を見せてくれたからのう」
「それでどうかしたんですか?」

 二人はするりと扉を抜けて部屋の中に入ってきた。ちょっとしか隙間は開いていないし、ドアの前にはアタシが立っていたのにも関わらず、ぶつかるどころかどうやって入ってきたのかすら分からなかった。

 吸血鬼の能力の一つだろうか。もしくはアタシがまだ寝ぼけているのか。

 そして扉を閉めると、ひそひそとした声で喋り出す。

「今からチカ殿と共に聞き込みと飯の調達に行ってこようと思ってのう」
「ならアタシも。すぐに支度するから」
「いやいや、それには及ばんよ」
「え?」
「架純さんはドル君とナナシ君とお留守番してて~。やってもらいたい事もあるし」
「やってもらいたい事?」
「うむ。ナナシと共に坊主から吸血鬼の事を教わってくれ。成り立ての架純殿らには色々と気をつけてもらいたい事が多いからのう」
「もう二人は起きてるから」
「わかりました。なら支度をしたらすぐそちらに」
「お願いね~」

 そう言い終わると二人は再び部屋を後にした。

 アタシはチカちゃんが持ってきてくれた桶の水で顔を洗う。部屋に鏡はなかったので手櫛で髪を整えると端切れで髪を結った。自分で朝の身支度をしたのは三カ月ぶりだ。エオイル城にいる間はお付きのメイドさんが頭の先からつま先まで整えてくれていたのだ。

二、三日はお姫様気分も心地よかったが、アタシの性分として申し訳なさが勝ってしまっていたのを思い出した。やっぱりこっちの方が気楽でいい。

 アタシは全ての支度を終わらせると男子部屋を尋ねた。

 部屋は窓が木の板で閉じられていたので昼間だと言うのに暗い。アタシの部屋も似た様なものだったけど。

 部屋に入るとすぐに猫ナナシ君が足に擦り寄って顔を擦り付けてきた。可愛い。

「お早う。ナナシ君」
「オハヨウ」

 アタシはフィフスドル君にも挨拶しようと彼に目を向けた。しかし備え付けの机に向かって物凄い集中力を発揮しながら何かしていたので声を掛けることができなかった。手を突き出し自分の目の前に魔法陣を作っている。

 その陣は絶え間なく千変万化して形が変わっていく。キラキラと光っているので、部屋の暗さと相まって小さなプラネタリウムを見ているかのようだった。

 やがて、「ふう」という息遣いと共にフィフスドル君の作業が終わった。そして彼は改めてアタシを見てきた。

「やっと起きたか」
「う…ごめんね。思ったよりも疲れていたみたいで」
「いいさ。庶民な上に吸血鬼に成りたてのお前では心労もひとかたならぬだろうからな」
「そう思うとフィフスドル君達はすごいね。昨日、エオイルに召喚されたばかりなのに色々と頭が回って、落ち着いてて」
「慣れているからな」
「え? 異世界に来るのに?」
「いや、いくらなんでも異世界は初めてだが…アンチェントパプル家の者として不測の事態に対応する為の渡世術は勉強している。まさか異世界で役立てるとは思わなかったが、少なくとも取り乱して醜態をさらしたりはしないさ」
「耳が痛い…」

 アタシなんて三カ月も経つというのに未だに心は落ち着かない。取り乱したり現実逃避する時間の方が多かったんじゃないだろうか。

「気にするな。誰もお前に期待していない」
「そう面と向かって言われるとなぁ…ちょっとは期待してもらっても」

 心底ずうずうしいな、アタシって。昨日まではあんなに期待されることに閉塞感を感じていたというのに。

 けれども見識のある大人として、自分よりも年下の四人にずっと甘えっぱなしというのはどうかとも思う。ノリンさんに至ってはかなりの年上だが、やっぱり見た目的にはアタシが一番の年長者なんだからしっかりしないと、という気持ちはどうしても出てきてしまうのだ。

「なら、いつ期待されてもいいように常に修練することだな」

 フィフスドル君は椅子から立ち上がって「さて」と一言呟いた。

 そしてアタシと猫ナナシ君の前に仁王立ちになった。

「お前たち二人が吸血鬼としてどのくらいのポテンシャルがあるか、色々と確認していくぞ」
「はい」
「ワカッタ」
「まずは…日光耐性だな。窓を開けるから少し離れていろ」

 アタシと猫ナナシ君は言われるがままに部屋の隅に寄った。板が外されると夕日が部屋の中に差しこんでくる。

 フィフスドル君は眩しそうに手で庇を作った。

「よし、ここまで来て指をそっと日光にかざしてみろ。くれぐれもゆっくりな」
「う、うん」
「ワカッタ」

 アタシ達は恐る恐る影の中から手を伸ばして指先を太陽に当てる。

 てっきり煙が出たり、灰になったりするのも覚悟していたがそんな事は起きなかった…アタシには。隣にいた猫ナナシ君は猫の手から煙を出していたのだ。

「ひゃっ!?」
「ナナシ。すぐに手を引け」

 猫ナナシ君はすぐに影の中に引っ込んだおかげで大事には至らなかった。けどアタシの心臓はバクバクと脈打っていた。怖すぎる。

「ナナシはまだ日光に耐性がないか…次だ。今みたいなことが起こるかもしれないから何か異変を感じたらすぐに動けよ」
「わかった…」

 と、一抹の不安を抱きながらアタシ達は弱点の検証を進める。

 フィフスドル君の話によると『日光』、『鏡』、『十字架』、『銀』、『香辛料』の五つが吸血鬼の五大アレルギーらしい。というか、吸血鬼の弱点ってアレルギー反応だったんだ。まあ人間でも重篤なアレルギー持ちの人は小麦や卵で亡くなる場合もあるから程度の問題ではあると思うけど。

 しかも、このカテゴライズはアメリカの吸血鬼の基準だそうで、日本生まれのアタシや出自が不明のナナシ君にはどこまで通用するか分からないそうだ。

 事実、アタシは全部平気だったし、ナナシ君も鏡と十字架と銀は平気だった。つまり彼は日光を避け、ニンニクなどを含めた香辛料には注意しなければならないという事だ。

 尤も日光もナナシ君の特技の一つである、影に入る能力を使って誰かの影に潜めば問題がないという事も判明していたのだけれど。

 検証で分かり切っている事だが、フィフスドル君は改めて言う。

「ふむ。ナナシは少なくとも日中の活動は無理だな。影に潜めば平気なのは不幸中の幸い。香辛料に至っては…まあ口にしなければ問題ないだろう」
「オレ、ヨワイ」
「昨日の血の一件もそうだが吸血鬼としてはお前の方が普通だ。おかしいのはこっちだから気にしなくていい」
「そんな、人を珍獣みたいに…」
「比較ができなくて分かり辛いかもしれないが、お前はかなりの特異体質だ。吸血鬼として自分は変わり者だと頭に入れておけ」
「うぅ…」

 人間の時は黒聖女。吸血鬼になったら変わり者。

 アタシは人間でも吸血鬼でも、普通でいたいだけなのにぃ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【本編完結】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!

七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。 この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...