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エピソード3
貸与術師とヱデンキアのアイドル達
しおりを挟む俺達はそれから事情を説明しながら商店街の店舗を順々に周っていった。
言われていた通り、どの店でもアンドリスを見るとすぐにアルルのお使いであると察しが付いたようでフランクに出迎えてくれた。そしてどの店でもその後ろに控えていたカウォン、キーキア、コッコロの三人組を見ると、
「おや、アンドリス。アルルのお使いか? 何を…って後ろにいるエルフさん、コッコロ・クルケットにそっくりだね…え、本物? 嘘だぁ…キーキア・キルブラントもいる。え、ちょっと待ってマジで本物なの? ぎゃああああ!? カウォン・ケイスシスもいるぅぅ! 大ファンなんです!! ちょっと母ちゃん、カウォン・ケイスシスがウチの店に来たぞぉぉぉ」
などという具合に上を下への大騒ぎとなってしまう。
しかも騒ぎが騒ぎを呼び、商店街は次第に黒山の人だかりになっていく。進むことも戻ることもできない騒ぎになってしまった。
「うむ。やはり迂闊じゃったな」
「そうだな。いくらなんでもこの三人じゃ大事になるわ」
「人気者はつらいですね」
「言ってる場合かよ!」
俺はこんな一騒動になっても涼やかな顔をしている三人にツッコミを入れた。三人にとっては日常茶飯事かもしれないけど、一般人の俺にとっては命の危機とも思えるようなありさまだ。早くどうにかしないと。
するとその時、いつのまにかアンドリスがいなくなっている事に気が付いた。とは言っても前後左右に握手やサインを求めるファンの人だかりになってしまい探すどころの騒ぎではない。
もしかして潰されてしまったのだろうか? 体が木の枝や葉っぱでできていたから耐久性はそれほど高くなさそうだったけど…。
などと俺が馬鹿げた心配をしていると突如として猛獣の雄叫びがアーケードの中に響き渡った。
俺達も含め、集まっていた商店街の住人や利用客に至るまで冷水を浴びせかけられたかのように固まっては、しんっと静まり返っている。
人だかりの向こうからは何かがのっそりとこちらに向かって近づいてくる。どんどんと人の波を掻き分けてこちらにやってきたのはアンドリスだった。だたし形が変わっている。たおやかな雌鹿の面影は一切なくなり、代わりに雄々しいばかりの一匹の虎がこれでもか存在感を誇張していた。正直虎の身体が枝葉でできていなかったらアンドリスだと気が付かなかったかもしれない。
虎に変じたアンドリスは俺達の前までやってくるとぐるりと群衆を一望し、そして言った。
「ギベル商店街の皆さま、お騒がせして申し訳ありません。わたし共は現在、最近になって商店街に危害を加えるウィアードについて調査中でございます。皆様の安全のためにいち早い解決のため尽力しております。どうかご協力ください」
アンドリスの鋭い眼光にさらされた人たちは皆がコクコクと首を縦に振った。それは命乞いのために懸命になっているようにも思えた。
するとその内の一人が恐る恐る手を挙げて言った。
「そ、そのウィアードというのはどのような」
「それは…」
「俺が説明します」
とアンドリスが説明しようとしたのを俺は止める。ウィアードに関わることで出しゃばらなかったらここに来た意味も、『ジャックネイヴ』のギルドマスターをやっている意味もない。
「ヲルカ・ヲセットと言います。現在、『中立の家』を拠点にしてウィアードに関する事件の調査と解決を請け負っていまして、今回はこの辺りで流行っている奇病の原因解明にやってきました」
「…奇病?」
集まっていた人たちはいまひとつ見当が付いていないようで、首を傾げている。
「この界隈でミノタウロス族とケンタウロス族だけが罹る謎の病があるんです」
「ああ、聞いた事がある…」
「はい。それは「牛打ち坊」というウィアードがまき散らしている病気なんです」
「「ウシウチボー??」」
「既に原因は突き止めています。今夜にでも解決することは難しくありません」
「それは本当か!?」
「はい。ただ、それには皆さんの協力が必要なんです。牛打ち坊は被害を被った場所に住んでいる人たちが寄付を出し合ってソレを閉じ込める小屋を作る必要があります。1ラブンでも構いせんので、どうかギベル商店街の皆さんに協力してほしいんです」
俺はそう言って頭を下げた。さっきの劇場での反省を活かして今度は誤解を招かないようにキチンとした説明も入れた。これできっと協力を仰げるはずだ。
「奇病ってアレだろ? オサイフさんところの」
「そういう事なら協力しないとな!」
「寄付ってどこにどう出せばいいんだ?」
と、どんどんと協力的な声が返ってきたことに俺は一端は安堵する。しかし、そう申し出てきてくれているのは飽くまでもギベル商店街の人たちだけだった。カウォンたちの来訪を聞きつけて集まっただけの利用客や商店街と関わりを持たない周辺店舗の従業員たちは、いまひとつ煮え切らない様子だった。
「皆さんも是非寄付をお願いします」
「いや…オレはギベル商店街とはあんまり関係ないし」
「そうだよな。オイラはミノタウロスでもケンタウロスでもないから、その病気にはなんないから」
「うっ」
これはちょっとマズいな。牛打ち坊を倒すためには奴の行動範囲で生活している人たちから寄付を募る必要がある。今回の場合、寄付金の額や寄付してくれた人数よりも広範囲から集めることに価値があるのだ。
けどどうすればいい?
伝承では寄付を拒んだ人たちの家に小屋と一緒に焼いた茄子を放り込むと牛打ち坊の呪いを引き継がせることができるとあったが、まさかそんな脅迫めいた事をいう訳にもいかない。それこそ劇場の時よりも酷い確執が生まれるに決まっている。
何とかこの人たちにも寄付をしてもらわないと、もしかしたら取りこぼしてしまう可能性だって否定できない。そうなってしまっては嘘つきの烙印を押されて、二度と協力を仰ぐことはできなくなるだろう…どうにかしないと。
俺がそうやって足りない頭を必死に回転させていると、ふと肩をポンポンと叩かれた。反射的に叩かれた方の方を見ると、朗らかに笑っているカウォンの顔が目に飛び込んできた。
「ま、先ほどの反省を活かして商店街の奴らからは寄付の約束をさせたのじゃから及第点というところかの」
「え?」
するとカウォンは俺の前にずいっと出て言った。
「儂からも寄付をお願いしよう。今夜、ゼーリ記念公演にてウィアードを退治する。その為の寄付に協力してくれた者には儂とここにいるキーキアとコッコロが握手に応じよう!」
そう宣言すると、一瞬の間の後に鬨の声が上がった。マジかよ。
滾るファンたちを見ながらカウォンは俺に向かってボソリと呟く。
「この商店街や劇場と違って当事者でない者を動かすのは一苦労じゃろう? こんな時はこうやって物で釣るに限る。そう言う意味では儂はあの家の中で最も役に立つ女かも知れんぞ」
「…アイドルはスゴイ」
俺は改めてそう思った。
そして勝手に巻き込んでしまった後ろの二人に謝罪をする。
「す、すみません。なりゆきでお二人を巻き込んでしまいました」
「ま、ヲルカ君じゃなくてカウォンに巻き込まれただけだしね。それに毒を食らわば皿まで。首を突っ込んだ以上、最後まで付き合うよ」
「カウォン様がやれというのなら私はなんだってやりますよ。それにウチの劇場にも関わっている事件ですから」
てっきり怒られでもするかと思ったが、キーキアとコッコロの二人は簡単に事態を受け入れて気楽な返事をしてくれる。しかし、良い人たちだと思ったのも束の間、二人は俺にしか聞こえないくらいの小さな声で言った。
「「それに今度の劇(歌)の宣伝にもなるしね」」
…。
アイドルってコワイ。俺は改めてそう思った。
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