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エピソード3

貸与術師と『アネルマ連』の異変

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 ◇

 アルルは『中立の家』を出た後に『アネルマ連』にギルド登録している店舗がひしめいているワフル地区のギベル商店街へと足を延ばした。そこはアルルの生まれた商店街でもある。

 彼女の実家はギベル商店街にある老舗の居酒屋だ。父は『ギベル商店街の四天王』などと呼ばれており、中々の有権者だった。尤も今は『アネルマ連』の本部でギルド員をしているアルルの方が単純な立場は上なのだが、彼女は今でも父親に頭が上がらない。

 アルルは樹木の精霊の声を聞くという特異な能力を生まれながらに有していた。その才能に気が付いた彼女の父は、早々に『アネルマ連』のギルド魔導士に連絡を取った。自然を重んじ農耕を任務の根幹に据えるこのギルドにとって、樹木の声が聴ける者はとても貴重な存在だったからだ。

 幼少の頃から『アネルマ連』の本部に出入りしていたアルルは義務教育を終えた後も特に疑問や展望などを持たず、当たり前のように『アネルマ連』の門を叩いていた。

 そして今に至る訳だが、アルルは特に理念を持っていなかった過去の自分の選択が間違っていなかったと強い確信を持てるまでになっていた。

 アルルが商店街のアーケードに入ると店頭の従業員はおろか、買い物に訪れていたであろう客たちまで彼女の来訪を喜んだ。上下左右前後から飛んでくる挨拶の言葉にアルルは笑顔で応える。

 やがて彼女は父が特に懇意にしている酒屋に立ち寄る。あわよくば一杯ひっかけようかと思っていたが任務中だという理性が辛うじて勝利してくれた。

 アルルの足が止まるとその辺りに人だかりができた。恰幅の良いエルフ族の店主はそれに気が付いたが迷惑そうな顔は一切見せない。むしろアルルがどこかの店で何かを買えば、同じものを求める客が増えて商売繁盛に繋がる事を知っている商売人がほとんであろう。

「よう、アルルちゃん」
「こんにちは、ウサキさん」
「聞いてるよ。なんでも大抜擢されて、ウィアードをやっつけてるらしいじゃないか」
「ウチは全然だよ。そこのマスターが凄いだけで」
「え? お姉ちゃん、『アネルマ連』やめちゃったの?」

 今の話を曲解した近所の子供がショック受けたような声を出した。それを聞いてアルルは笑いながら否定した。

「違う違う。『アネルマ連』を代表して仕事してるんだよ」
「よかった~」

 胸をなで下ろした子供は嬉しそうに笑った。それがきっかけとなり、集まった少年少女たちの話題は『中立の家』、延いてはまだアルル自身も知らない『ジャックネイヴ』の仕事内容になっていった。

「そこってさ、カウォン・ケイスシスがいるんだろ? もう会った?」
「うん。毎日会ってるよ」
「すげー」
「いいなあ。俺も行きてえ」
「でも『ワドルドーベ家』とか『ランプラー組』もいるんだよ?」
「げ、やっぱり行きたくない」
「アルル姉もいじめられたらオレに言えよ? すぐに助けに行くからな」
「ふふ。ありがと。でも大丈夫だよ、そこのマスターがすごい気を使ってくれてるから」

 朗らかに微笑んだアルルがそう言うと男の子たちの何人かが少し口を尖らせた。そして面白くなさそうな声で突っかかるように言った。

「けど、そこの代表ってまだ子供なんだろ?」
「え、そうなの?」
「まだ16歳って新聞に書いてあった」
「大丈夫なのかよ」
「いやいや本当に凄いんだよ。どんなウィアードだって一発でやっつけちゃうんだから!」

 アルルはまるで自分の事のように胸を張り、誇らしげに言う。その様子が更に男の子たちの面白くなささを助長した。

 すると話を聞いていた小さい女の子が何の脈絡もない事を呟いてきた。

「そう言えばアルルは何でここにいるの? クビ?」
「なんでよ! これも仕事なの。ウィアードの目撃情報とか、そう言うのを集めてるの」
「ふーん」

 久々に会った商店街のみんなと会話を弾ませていたアルルは、ふと斜め向かいの店舗が目に入った。普段はオサイフと言うケンタロスが家族で青果店を営んでいる。そこの店主は身体のタフさ売りで年に一度二度しか休まない。しかし今日に限っては戸が閉じられており、とても営業しているようには見えない。

 それを見たアルルは不思議に思いつつも、あっけらかんとして言った。

「あれ? オサイフさんのお店、休み? めっずらしい」
「…」
「え?」

 アルルがその青果店の事を話題に出した途端、その場の空気が一基に重く沈んだ。みんなが言葉を失い、視線を逸らしできることならその事に触れないでほしいという雰囲気を醸し出している。

「どうしたの?」

 そう聞いても誰も何も答えない。というよりも何と答えていいのか分からないと言った様子だ。

 見かねたウサキは仕方がなさそうにアルルにその訳を教えてくれる。

「オサイフさんのとこ…今大変なんだよ」
「何が?」
「息子のウォレト君が死んだんだ」
「…え?」

 一瞬、言葉の意味が分からなかった。まるで違う言語で会話をしているかのような錯覚を覚えるほどに。

「その上、奥さんも病気して寝込んでんだって。ウォレト君と同じ症状で、お医者さんもよくわからないって…」
「そん、な」
「ホント…どうなってんだかね」

 アルルの脳裏にオサイフ一家にお世話になった思い出が次々に蘇ってくる。特に一人息子の溺愛ぶりが浮かんでくると目頭熱くなってしまう。ぐっと涙を堪えたアルルは、同時にヲルカの言葉も思い出した。

『リストにある奴だけじゃなくて、原因不明の病気とか怪我、理由もわからずに不幸な目に遭ってる話とかもウィアードが絡んでるかもしれないから注意して見て』

 その言葉をもう一度噛みしめたアルルは袖口でさっと目尻に溜まった涙をぬぐった。

「ねえ、オサイフさんの話もう少し聞かせてくれない?」
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