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エピソード3
貸与術師と水面下の争い
しおりを挟む時間は少し戻り、ヲルカと飛行チームが会議室に残って『グライダー』事件へ向けて作戦を練っているところ。
能力的にお役御免を言い渡せた六人はぞろぞろと廊下を歩いていた。ヲルカと共に仕事に当たれないのは少々残念ではあるが、対象となるウィアードと自らの特技がかみ合わないのだから仕方がないと、それぞれは自分で自分に言い聞かせていた。
「さて、では与えられた仕事を熟すとするかのう」
「その前に調査対象が被らないように、予め担当でも決めておかないかい?」
「ウチはその方が助かるかなぁ」
すると、ラトネッカリの意見に便乗してワドワーレが更にもう一つ提案をしてきた。
「なら一度どっかに集まらない? オレも伝えておきたい事があるし」
ワドワーレがそういうと全員がピクリと反応し、興味を示した。全員がワドワーレに対して一つの関心を抱いていたからだ。それは先ほどの会議室でのワンシーン。彼女はヲルカから秘密裏に仕事を任されている。しかも彼の意思で部屋を訪れ、わざわざ二人きりで会っていると知らされては心中穏やかという訳には行かなかった。
それにワドワーレ・ワドルドーベと言う人間を考えてみても、ただただ単純に情報を開示するとは思えなかった。きっと何かしらの裏があるか、さもなく嗜虐的な挑戦状を叩き付けてきているのかも知れない。いずれにしても皆は警戒をしていた。
「いいね。ボクもワドワーレ君には聞きたい事がある。少年とどこへ繰り出すつもりなのかをね」
「わ、私も気になります」
会議室は現在使用中なので、六人は談話室を使う事にした。食堂でもよかったのだが、何となくヲルカ達のいる部屋から遠ざかった方がいいと皆が思っていた。アルルが気を利かせて用意したアイスティーでそれぞれが喉を潤すと、ワドワーレは如何にも勿体ぶったかのような態度で話を切り出した。
「さて何から話したものかね」
「ふふふ。勿体ぶるのはそのくらいでいいよ。ボクは簡潔な説明が好みだ」
ワドワーレには皆をからかうつもりは毛頭なかった。なのでラトネッカリの言う通り、簡潔に言葉を紡ぐ。
「まず今回の調査とやらだけど、オレはハニーから頼まれた別件があるから外れるぜ。残った五人でうまくやってくれ」
「別件とは?」
「なんでも当たりをつけたウィアードがいるらしい。で、そいつには出没する場所ってのが決まってるそうだ。で、それが出そうな場所を教えてもらって思い当たるような場所をピックアップしててほしいんだと。だからこのリストにある『ピーカァ』って事件については調べなくていい」
「それは承知したが…ヲルカは何故、お主を名指ししたんじゃ?」
「オレが『ワドルドーベ家』だったから、と答えておこうか」
「ふむ」
それだけで残りの五人は『ピーカァ』と言う事件の発生する場所、もしくは条件の大よその見当が付いた。『ワドルドーベ家』が最も調査に適任という事はつまり、表には出てこないような如何わしい施設や区域、組織、人物などが関連している可能性が高い。
言うまでもなくここにいるメンバーは全員がヱデンキアにある十のギルドの重鎮だ。各ギルドはヱデンキアを形成する文化風俗の何かしらのエキスパートとして活動しているし、この場の全員が他のメンバーに後れを取らないジャンルがあると自負している。
するとワドワーレは浮かない顔をしているヤーリンを見た。ふとヲルカの言葉が思い出されると自然に声が出た。
「それとね、ヤーリン」
「へ? は、はい?」
不意に名前を呼ばれたヤーリンは取り乱して返事をした。しかし驚いたのはヤーリンばかりではない。声を掛けた張本人であるワドワーレ自身も自分の行動に驚いていた。彼女はこういう時、ヲルカとのやり取りをひた隠しにして悪戯に使うか何かしらの交渉のカードに用いるのが常だったからだ。
ワドワーレは知らず知らずのうちにヲルカの毒に犯されていると思った。ヲルカとの関わり合いを毒と表現したのが、彼女なりの些細な抵抗でもある。
こうなっては仕方ないとワドワーレは数年ぶりに下心も邪心もなしに真実を他人に語った。
「そんな怖い顔しなくてもいいって。ハニーはヤーリンの事も連れていく気だったから」
「え? 私も?」
「ああ。調査こそ一人だけど、この案件はオレとお前に付き添いの役をくれるってよ」
「ほ、ホントですか?」
「少なくとも、ハニーの気が変わらないならね」
ヤーリンは声に出すことこそなかったが、それを知って素直な笑顔を浮かべた。少々純朴が過ぎる…というかギルドの色に染まっていないのが見て取れる。それに比べてどっぷりとギルドの色と確執に染まりきっている四人は疑惑の眼差しを向けてきている。
そしてカウォンに至っては遠慮なしに、胸中の疑念を口にした。
「なるほど。わざわざ集めて柄にもなくペラペラ喋りだしたのは、先ほどの会議でのヲルカの言葉に惑わされて余計な詮索をさせんためか」
皮肉何も日頃の行いの悪さが良い方向に働いたとワドワーレは思った。裏などは全くなかったのに、相手が勝手に深読みをして解釈をしてくれた。素直に話したところで再び勘繰られるだけなので、ワドワーレはカウォンの言葉に乗っかる事にした。
「ま、そういう事。同じギルドの仲間なんだから、情報は共有しておくよ。だからそっちも何か掴んだんなら隠さないでよ」
「ふむ」
腑に落ちない、という表情を浮かべる者もあったが全員がひとまずは納得をした。
それから六人はそれぞれが調査するウィアードを相談し、担当を決めた。各人が分担を確認した後はいつも通り個人の裁量による行動に移行していった。しかしワドワーレだけは椅子から動かず、最後の一人になるまでじっと佇んでいた。
窓の外には青々と茂った木の枝葉が風にそよいでいた。
「もうちょっとあの子みたいに素直になれないかな」
頭の中にヤーリンの姿を思い描きながら、ワドワーレは今までの人生の中で一番らしくない事を呟いた。それは他ならぬワドワーレ本人が一番自覚していたことだ。部屋の中には自分一人だというのに、途端に恥ずかしくなってしまい頭を抱えながら叫ぶ。
「って馬鹿か、オレは」
そして飲みかけのアイスティーをもやもやとした感情と一緒に一気に飲み干した。
品のないゲップを境にいつもの自分に戻ると、不意に部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。いや正確に言えば戻ってきた。
「ワド」
「…マルカ」
部屋に入ってきたのは『マドゴン院』のギルド療法士であるマルカ・マルフィであった。マルカは先ほどまでここで話をしていた時と雰囲気が変わっていた。普段よりも顔立ちは凛々しくなっているし、何よりも草木を思わせる山葵色の長い髪を小さい花冠で一くくりにしポニーテールにしている。
ワドワーレはマルカのその姿に見覚えがあった。
「ちょっと話したいんだけどいい?」
「…ああ」
マルカはつかつかと歩み寄る途中で適当な椅子に手を掛けた。ずりずりとそれを引きづってワドワーレに近寄る様は少々不気味さが見え隠れしていた。
そしてワドワーレの隣に乱暴に椅子を置くとワッシュ(着物のようなヱデンキアの民族衣装)の裾を気にしながら腰かけた。
てっきりすぐに口火を切ってくるだろうと思っていたのに、マルカはじっと固まったまま動かずにいた。たまらずにワドワーレの方から話しだした。
「で? 話って?」
「何か企んでるでしょ?」
「藪から棒になんだよ」
「違うか、ワドが何も企んでないときなんてないんだし」
「お前に言われたくねえな。ヲルカにはどんな誘惑を仕掛けたんだ?」
「えー、別に特別な事はしてないよ」
「ぜってえ嘘だろ」
「何でそう思うの?」
「だってアイツ…」
ワドワーレが何というつもりか、マルカには見当が付いていたようだ。口元が耳まで避けんばかりに笑む。しかし目元は笑っておらず、影のある雰囲気を醸し出すばかりだ。
「だってアイツ、お前の好みのど真ん中だろ。それともしばらく見ないうちに男の趣味が変わったか」
「ふふふふ」
不気味としか言いようのない笑い声が部屋の中にこだました。ワドワーレはいよいよマルカが何か企んでいるという予感を確信に変えたのだった。
「それで話を戻すけどね」
「ん?」
「協力しない?」
「協力? 何を」
「全部。お互いがやりたいこともやりたくないことも手を貸し合うの。昔みたいにさ、仲良くやろうよ」
マルカはワッシュの懐から割れた手鏡を一つ取り出して、それをワドワーレに見せた。これは二人の学生時代のシンボルだった。実を言えばワドワーレとマルカは世間では腐れ縁と呼ばれるような間柄で、学生時代にはかなり名を馳せていたコンビだ。無論、悪名をである。
マルカの髪形はその時を彷彿とさせた。ワドワーレに昔を思い出させてかつてのコンビを復活させて、それぞれの利益を最大にしようというのがマルカの目論見だ。思えば「ワド」という呼び方も学生時代のそれだ。
ワドワーレにはそれがとても健気な事に思えた。するとつい悪い笑いが出てきてしまう。
「くくく。また懐かしいものを持ってきたね」
「いいでしょう、ワド」
「まあ、味方が一人くらいはいてくれた方が動きやすいし」
「ふふふ」
人知れずに『中立の家』において最も邪悪なコンビが生まれた瞬間だった。
二人はひとまずヲルカを誘惑し、こちらを意識させることを念頭に動くことを決めた。現状、他のギルド員達は攻めあぐねているのが現実だ。しかも自分たちのように何かしらの因縁がないと、協力関係になるのは難しいだろう。ともすれば協力関係を築ける自分たちが圧倒的に有利になるはず。そう思っていた。
しかし、現実は違った。
二人は知らないが、既に『中立の家』の中ではハヴァとラトネッカリが協定を結んでいる。
そしてワドワーレとマルカがこの部屋で話し込んでいる間にも、別にコンビを組もうとしている二人がいた。
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