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エピソード3
貸与術師と意外な設定
しおりを挟む俺の身体は光り輝く網の様なものに優しくキャッチされた。これは…サーシャの魔法障壁だ。鉄よりも強固な壁と言う印象を持っていたが、こんな転落防止ネットみたいな使い方もできるのか。
「ヲルカ君、大丈夫ですか!?」
「うん。助かったよ、ありがとう。サーシャ」
「いえ、この程度の事…」
サーシャははにかみながら蜘蛛の巣に捕らえられたような状態の俺をそっと降ろしてくれた。すると合わせたかのようにタネモネとナグワーが集結する。
「ヲルカ殿は無事か?」
「隊長はご無事ですか?」
そんな心配そうな声を出してきた二人に俺は笑顔で無事を知らせる。これで五体のウィアードの内、四体は撃破できた。いよいよ最終戦だ。一人で堪えてくれているハヴァのところに急がないと。
俺は笑顔を消し、三人に改めて言った。
「早くハヴァを助けに行こう」
◇
ヲルカが一反木綿を倒したのと同じ頃。
ハヴァはフェリゴと共に風狸の逃亡を食い止めていた。途中まではヲルカのところにおびき出すことに成功していたのだが、突如として進行方向を変えて逃げの一手に切り替えていたのだ。
名の通り狸と似た四足の獣の様な風体をしている風狸は見た目通りすばしっこく、その上空を自在に飛ぶのが厄介極まりなかった。
ウィアード相手には魔法が通用しない関係上、物理的な手段でしか妨害が叶わない。しかし、幽霊の一種たるレイスのハヴァと体躯が小さいフェアリーであるフェリゴは物理的な身体能力が極めて低く、風狸を食い止めるのに苦労していた。
唯一の救いは攻撃魔法や束縛魔法にはかなりの耐性を誇っていたウィアードに対して、妨害系の魔法が若干の効き目があったという点だろう。それに気が付いてからはハヴァは幻覚を、フェリゴは目くらましの呪文を駆使して風狸の退路を地道に潰していた。
その時、フェリゴは目の端に待望の人物がこちらに迫っている事に気が付き、嬉々とした声を挙げる。
「来ました、ハヴァさん。ヲルカです!」
ヲルカがギルドのメンバーを率いて応援に駆け付け…もとい飛び付けてくれているのが、ハヴァの目にも入った。しかし、それが油断を招いた。安心感からかハヴァとフェリゴに一瞬の隙が生まれてしまったことを風狸は見逃さなかったのだ。
二人の術を強引に突破した風狸はあろうことか、こちらにやってきているヲルカ達に向かって突進した。その意外すぎる行動に全員の思考が混乱した。しかも飛んで逃げるのは分が悪いとみて、地面をものすごい速さで駆けて行く。
ヲルカとナグワーは急な方向転換が叶わず対応が間に合わなかった。しかもナグワーの巨体が妨げとなり、ハヴァとフェリゴは追跡するための道を封じられている。つまり風狸を追いかけることができたのは、サーシャとタネモネの二人だけとなってしまった。
サーシャは上昇し、タネモネは身体を数十匹の蝙蝠へと変えた。
そして逃亡する風狸を追いかけ始めたのだが、ヲルカがそれを慌てて制止した。
「サーシャ、タネモネ! ダメだ、追うなっ!」
だがヲルカの制止よりも風狸の仕掛けた攻撃の方が早く二人の下に届く結果となってしまう。
◇
風狸は別名を風生獣、風母、平猴とも言い多様な名前と設定を持つウィアードだ。
狸のような大きさをしており、場合によっては猿に似ているとも言われる。画集を見た限りは赤い目に短い尾を有し、豹のような文様のある体には背骨にかけて青い毛が一直線に生えていた。
同書には蜘蛛や香木の香を餌にする他に、刀の刃を通さず火であぶっても殺すことができないが頭を強く打つと死ぬ、たとえ死んでも口に風を受けると蘇る、とも書かれていて一際細かく設定が練り込まれているウィアードだ。
しかし俺が二人を引き留めたのはもう一つ理由がある。絵の中での風狸は獲物を捕らえる際に、何かの植物をかざす。その草をかざされた獲物は忽ちのうちに気を失ってしまっていた。
―――
そして俺の予感は的中した。
風狸はかざしただけで効果のある草を、あろうことか追跡してきているサーシャとタネモネに向かって投げつけてきたのだ。風に乗ったその草は広範囲に霧散して、もはや躱すことができない程に路地を埋め尽くした。その草が当たるとサーシャと蝙蝠たちはバタバタと翼を畳み地面に向かって真っ逆さまに落ち出した。
俺は貸与術を解いて強引に着地すると、受け身も取らずに大急ぎで路地に千疋狼を走らせる。受け止めることはできないが、せめて落下の衝撃を抑えられるクッションにするつもりだった。
幸いにも俺の目論見はうまく行き、サーシャもタネモネも大事に至ることはなかった。
結局のところは風狸を逃がしてしまう形で決着したが、五体いる内のウィアードを四体倒すほどの大立ち回りの末、全員が無事なのだから十分な成果を出したと言っていいだろう。
互いに安否を確認し、全員が落ち着きを取り戻したところで俺は地面に散らばっている風狸のばら撒いた草を見た。俺はその草を知っている。
「これは…野蒜だ」
野蒜だから相手は気絶して延びる…。
え、じっちゃん…これダジャレだったの?
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