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エピソード3

貸与術師と空中戦

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 彼女も彼女で『ナゴルデム団』の精鋭だ。俺の動きを目敏く察知するとすぐに合流を図ってくれた。

「援護します」

 短くナグワーの声が鼓膜を揺らした。

 そこからの戦いは圧巻の一言だった。ナグワーの攻撃は野衾と野鉄砲に通用こそしなかったが、相手の手の内はほぼほぼ見切っていた。それだけ無駄なく二体のウィアードの攻撃から俺を守ってくれている。

 やがて相手の隙をつくように、ナグワーは野衾に向かって火炎を吐き出した。野衾にそれが効かないのは知っているはずだ。俺は一瞬、驚きこそしたがナグワーが同じ轍を踏むような生半可な戦士ではないと身をもって知っている。そしてすぐにその意図は分かった。

 野衾は炎をそのまま反射している訳じゃなく、ナグワーの火炎を一度食べる必要があるのだ。

そこには素人の俺にとっても十分な隙が生まれている。飲み込んだ火炎を吐き出す間に俺は蟹坊主の腕を使い、野衾を真っ二つに切り裂いた。その刹那、野衾は影となって散り散りに消え失せてしまった。

 なんとか一体のウィアードを退治できた。が、野衾に気を使い過ぎていたせいで俺達は野鉄砲の逃亡を許してしまう形となった。野鉄砲は身軽な体を十二分に活かし、外壁の突起や看板や窓の手すりなどを駆使して上へと逃げていく。人がばらけた後とは言え、露店や荷物で圧迫されている道では、ナグワーが変身できないので追いかけられない。

 くそっ…せめて梯子でもあれば…。

 …梯子?

 アホか、俺は。梯子ならあるじゃないか。

 千疋狼を使えばいいんだ。普段から大量に狼を繰り出すような使い方しかしていなかったからド忘れしていたが、本来千疋狼というウィアードは幾重にも折り重なって樹上に逃げた人間を追い詰めるという設定がある。いつか子供の頃、頭の中でじっちゃんの考えた怪物同士を戦わせるみたいな妄想をしていたけど、こんなところで役に立つとは思いもしなかった。

 それを思い出したが早いか、俺は足を千疋狼に貸与する。左右に聳える建物の感覚が狭いおかげで簡単に狼たちを積み上げられた。徐々に高度を上げていくのを流石のナグワーも茫然と見ていたが、いよいよ建物の背を超えられるほどになった俺の叫び声を聞いて正気を取り戻す。

「ナグワー! 登って!!」

 鎧の重さを感じさせない程の速さで駆け上ってくるナグワーに迷いは無く、俺のやりたい事を全て察してくれたようだ。やがて俺の手を掴みながら力強く空に飛びだすと、瞬く間に黒龍に姿を変えて野鉄砲を追いかけ始めた。背中の鞍ではなく龍になったナグワーの腕に掴まれているのが不安の種だが、そんな事は言っていられない。

 スピードは当然ながらナグワーの方が上だ。追い付ける…!

 と、思った矢先。野鉄砲は狭い路地に入ってこっちの追跡を躱した。

 俺達の動きが分かったのか。いずれにしても黒龍となったナグワーの体格じゃ追い付けない。しかしあまりの事にテンションが上がり、その上恐怖感覚がマヒしていた俺は自分でも驚く作戦を思いついた。

「ナグワー! 大きく迂回して、あの路地の真上を沿うように飛んでくれ!」
「了解であります!」

 そういうと、俺は先ほどのように鎌鼬の鉤付きロープに右腕を貸与した。まるでヘリコプターからロープ一本でぶら下がる特殊部隊か、さもなくば宝石を持って逃げ出す怪盗のようだ。

 これなら路地だって追いかけられる。ナグワーは無理でも俺がなら余裕で通れるほどの路地なのだから。

 野鉄砲もこれは予想していなかったのか、外壁にある突起物を猿のように飛び渡る逃走方を改め、ムササビのように滑空するようにして逃げ出した。それを見た瞬間、俺はチャンスを確信した。確かにスピードは若干上がったが、縦横無尽に逃げられるよりもよっぽど動きの予想が付けやすい。しかもスピードではナグワーには勝っていないのだ。

 ところが、肝心のナグワーのスピードが思わしくない。

 彼女にしてもこんな変則的な飛行は初めてだろうし、万が一にも俺に怪我を負わせまいとスピードよりも安定感を優先しているようだ。おまけに龍の体格的に真下を確認しながら飛ぶこともできないから、更に気を使っているようだ。結果として野鉄砲が逃げる速度よりも幾分早いくらいのスピードになってしまっている。追い付けそうで追い付けない時間がもどかしい。

 次にまた方向を変えられたら厄介だ。できることならこの路地の終わりが来る前に始末してしまいたい。

「行っっけえええええ!!」

 俺は叫び声を上げるのと同時に右足を鎌鼬の鎌に貸与する。そしてナグワーを信じ、体をあふって勢いを付けた。スナップを利かせて自らを振り子にすると鎌を思い切りよく伸ばした。

 そして。

ナグワーにぶら下がったままに路地を抜け出るのと、足の鎌に何かを切った足ごたえを感じたのはほぼ同時の事だった。

「よっしゃっぁぁぁ!」

 ぐらんぐらんに揺られながら、俺はそんな声をあげた。それだけで野鉄砲を退治できたことはナグワーにも伝わったようだった。ナグワーは器用に空中でブレーキをかけてその場に滞空した。力強い羽ばたきの音が鼓膜を揺らしている。

「このまま他のメンバーの救助に向かいますか!?」
「いや…動かない方がいい」
「え?」
「みんな、ナグワーのところにウィアードをおびき寄せるように動いてるはずだから…」
「いつ、そのような命令を?」
「俺の友達に頼んだ。あいつなら迅速で確実に伝言してくれるはず…」

 俺は学生時代のあいつの耳聡さと伝言の速さを思い出していた。流石にハヴァさんには劣るだろうけど、現状で一番迅速な伝達方法であることは間違いない。その上フェリゴは念願叶って『ハバッカス社』のギルド員にもなっているのだ。俺やヤーリンがこの一、二年の間に研鑽を積んだのと同じように、あいつだって遊んでいたわけじゃないだろう。

 それでも手持ち無沙汰で待つのは申し訳ないし、オレ自身も耐え難い。もっと俺達のいる場所をアピールできる手段はないだろうか。俺もラトネッカリ特性の発煙筒を持っておけばよかった。

 考えた末、結局いい手段は思いつかなかった。だが代わりに今は一人きりじゃない事にも気が付いた。

「ナグワー、念のためにみんなに居場所を教えたい。何か手はない?」
「了解であります」

 そういうとナグワーは大きく肺いっぱいに息を吸い込んだ。そして首を振りながら上空に向かってドラゴンの炎のブレスを扇状に放つ。

花火よりも明るいその炎の息は辺りは一瞬だけ、昼と見紛うほどに明るく照らした。確かにこの上ないくらい、俺達の居場所は伝わった事だろう。その証拠にすぐにナグワーが俺に叫び知らせてきた。

「来ました! タネモネ殿です」

 見れば正面の通りを無数の蝙蝠たちが飛来してきている。その中心には山乳地というウィアードがおり、蝙蝠たちを使って巧みにここへ誘導しているようだった。それを確認した俺は考えるよりも先に身体が動いた。

 体ごとあふって勢いをつけると、鎌鼬に貸与していた腕を元に戻した。その瞬間、ナグワーの手から離れた俺はタネモネが連れてきてくれた山乳地に目がけて飛んでいった。いや、より正確に言えば斜めに落下していく。

「うおらぁぁぁ!」

 無茶で無謀は承知の上。なぜこんなことができたのかと言えば、それは俺にも分からない。さっきまでの出来事のせいでアドレナリンが分泌されまくりなのも原因の一つだろうが、もう一個だけ根拠のない確信もあった。けど、そのおかげで予想外の俺の動きに山乳地は反応すらできていない。頭で考えるよりも早く、右手を蟹坊主のソレに貸与すると落下の勢いに任せて蝙蝠たちをかき分けていく。

 後に残るのは右手の鋏で何かを切断した感触と、もう一つ。

 しっかりと俺の左手を掴む力強く、そして温かい感触。

 見上げれば集合した不敵な笑みを浮かべ、冷や汗を顔に伝わせるタネモネがいた。集合した蝙蝠たちの中から上半身だけが逆さまの宙づりになる形で顕現しており、その様は正しく吸血と呼ぶにふさわしい。だが決して不気味さは感じない。むしろキッと俺を見る赤い瞳と垂れ下がる金髪とが月の明かりに映え、蠱惑的とさえ思っていた。

「…貴殿はここまで無鉄砲だったか?」
「ははっ…何となくタネモネが助けてくれるような気がしたからさ」
「まったく、言葉もない…」

 タネモネは自分でも分からないような困った笑顔を見せた。

 ともあれ、これで三体のウィアードを撃破したことになる。残るは風狸と一反木綿の二体。そしてそいつらと戦っているハヴァとサーシャの応援を急がないといけない。ともすれば次は…。

「隊長! サーシャ殿が旋回してこちらに向かってきています」
「わかった! 応戦する。ナグワーとタネモネは援護を頼む」

 という事は、次は一反木綿が相手か。

 じっちゃんが考えた怪物たちの中でも特に印象的なビジュアルをしている。白いサランラップをそのまま伸ばしたような形をしていて、それに短い手が生えている。何を隠そう子供の頃の俺が真っ先に掛ける様になったのがこいつだ。それくらいフォルムが単純で親しみやすい。

 設定では異世界のマンガに登場するくらいポピュラーらしいが、何故そうなったのか不思議なくらい獰猛で残忍な伝承で語られている。

 一反木綿は黄昏時になるとヒラヒラと空から飛来して、人を襲うと言われている。しかも首に巻き付いたり、顔に張り付いたりして窒息死をさせる、もしくはそのまま空の彼方に連れ去っていくらしい。

 画集には恐らくは教訓を伝えるためにできたような怪物がいくつか見受けられる。「雪女」や「河童」がいい例だろう。かといって鬼や天狗のように特定の場所や領域に立ち入ることを戒めるような要素もない。ただただ行き逢った人間を理不尽に殺す…じっちゃんが考えた怪異譚は数多くあれど、ここまで明確に人を殺傷する設定が盛り沢山のウィアードも珍しい。

 ひょっとしたら今回の一番の強敵になるかも…。

 そんな不安がよぎった時、まるでそれを払拭するかのようにタネモネが俺の名前を呼んだ。

「ヲルカ殿、アレをっ!」

 タネモネは何かを指さした。それは先ほど山乳地を討った辺りだった。そこにはキラキラ輝きながら浮かぶ、ベースボールくらいの大きさの光球がフワフワと漂っていた。もしかしなくても、それは山乳地の核だった。

 タネモネは俺の両脇に腕をくぐらせ、ぐいっと力強く持ち上げてくれた。見た目からでもわかるくらい豊満なアレの感触が背中に伝わる。やばい。

 …いやいや! 戦いの最中に何を考えてるんだ、俺は。不謹慎だぞ。

 とにかく少しでも早く山乳地の核に触れたくて、手を上へと伸ばす。そして指先がちょこんとぶつかった瞬間、光球は例によって溶けるように俺の体の中に入っていく。すると山乳地の妖怪としての能力が、あたかも初めから備わっていたかのように体の隅々にまで行き渡っていた。

 その感覚を信じ、俺は一つの作戦を実行することを決めた。
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