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エピソード3

貸与術師とギルド『サモン議会』

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「晴れ晴れとして良い天気ですね」
「そ、そうだね」

 耳にはサーシャの翼の音と鈴のような声が届く。尤も、俺はサーシャの首や背中に手を回して落ちないように必死だったのだが。

 体に掛かる重力から察するにサーシャは窓から飛び出したあとに『中立の家』の上空を旋回しながら登って行っているらしい。やがて満足な高さに達するとサーシャは滞空モードに入り、腕に力を込めギュッと俺を抱きしめた。お互いに相手の肩にアゴを乗せるような形で抱擁を交わす。

「ヲルカ君は『サモン議会』のギルドの本拠地を尋ねた事はありますか?」
「一回だけ」
「え、本当ですか?」
「うん。中学の時のギルド見学で」
「なるほど。ではきっと、ヲルカ君は昇降機に乗ったのでしょうね」
「そうそう。ぎゅうぎゅう詰めだった。囚人気分だったから、悪い事はしないようにしようとか思ってたな」
「ふふふ。賢明な判断です」

 当時の事を思い出す。『サモン議会』の本拠地は空中に浮かぶ巨大な岩石なのだ。

 初めて見た時、電気妖怪カミナリの空飛ぶ岩を思い出した(誰が分かるというのか)。

 その浮遊岩の内部をくり抜くようにして部屋を造り、本拠地として機能させている。浮かんでいるという特性上、自分で飛行が叶わない種族は飛行機械を使うか、さもなくば備え付けの昇降機を使うことになる。

 その時、希望した生徒は囚人用の昇降機や収容所を見学することができるのだが、好奇心旺盛だった俺は迷うことなくそのコースを選択した。そして後悔した。

 窓もなく、無味乾燥な昇降機の中は閉塞感で満ち満ちて、ひどく気分が落ち込んだ。冬場でもないのに、何故か身震いするほど寒かったのを覚えている。サーシャにも言ったように、絶対に犯罪を犯すまいと思った生徒は多かったはずだ。

「ヲルカ君は何故わたくし達のギルドが浮かんでいるか、地上の建物にあったとしても最上階に設立されるか知っていますか?」
「あ、そう言えば…知らない」

 そう。ヱデンキアにだって重力はある。おいそれと浮遊する建造物などは作ることはできるはずもなく、『サモン議会』のギルドの支部は地上の建造物に設けられる。ところがその支部は一つの例外なく設置される建物の最上階に設置されるのだ。

 そしてサーシャはしみじみとその理由を教えてくれる。

「司法の権威を示すため、とわたくしは教わりました」
「権威?」
「はい。童話や昔話にあるでしょう? 神様が見ているから正しい行いをしましょうと」
「うん」
「悪を取り締まる者はそれを監視して迅速に対処するために、目を高い所に置かなけばならない。分かりやすく言うと、そういうことになります」
「足の裏の眼ってやつね」
「流石です。よくご存じで」

 足の裏の目。

 それはヱデンキアに伝わる童話だ。この世界に司法をもたらした神のような存在が雲上から下界を見るために足の裏に目を作ったという。要するに

 ちなみに取り締まられる側の犯罪者や他のギルド員たちは、「足の裏に目があったところで雲しか見えない」と『サモン議会』を揶揄するときの常套句にしているのは、言わなかった。言ったところで場を乱すだけだしね。

「まあ、ちょっとは勉強してるつもりだしね」
「そういう風に言えば確かに堅物で高慢で、ヱデンキアで最も融通の利かぬギルドと揶揄されてしまうのも頷けます。かくいうわたくしも新米の頃は先輩方の正義感や排他主義的な活動に反感を持つことも多くありました」
「え? そうなの?」

 意外だ。サーシャは生まれた時から今に至るまで厳格そのものを押し通してきたような印象を勝手に抱いていた。『サモン議会』に入るべくして生まれ、『サモン議会』で活動するために生きるような人だと…。

 俺がそんな印象を持っていたというのは、その反応で伝わったらしくサーシャのクスッと笑う気配が耳から入ってきた。

「しかし、いざ『サモン議会』の活動に従事してみると、如何に規則を厳守することや、例外を認めない事、効率化を図ることが、どれほど大切であるかが身に染みてくるのです。そうでなければ守れないものが多すぎる。それほどまで、ヱデンキアは危うく、多くの人々が連日危機的な状況に立たされているのです」
「…」

 確かにヱデンキアの治安はお世辞にもいいとは言えない。日本で生まれたことがどれほど恵まれた事だったのかと、転生した後に思い知った事は一度や二度ではない。魔法というモノはこの世界の住人にとって善悪表裏一体の存在だ。

だからこそ十あるギルドはそれぞれの信念によってこの世界の統一と安寧を図っている。そしてだからこそ、その信念によってぶつかり合っているのだ。

 所詮イレブンの俺は黙していることしかできない。さもなければ…。

 俺は自分でも何を言うべきか分かっていないのに、何かを言おうとして口を開いた。

 だがその瞬間、下の方から甲高い悲鳴が聞こえてきた。

「なんだ?」
「強盗の様ですね」

 サーシャは冷静にそう告げた。が、俺の方からは何が起こっているのかはさっぱり見えなかった。けど。

「助けに行かないと」
「心配はいりませんよ。近くに『サモン議会』の魔導士がいます」

 そう言ってサーシャは翼を器用に使ってくるりと回って様子を見せてくれた。言う通り『サモン議会』と思しき天馬隊やグリフィンが迅速に強盗を束縛魔法で絡め取っていた。

ところで急に動くものだから身体がずり落ちそうになり、ついサーシャを抱きしめる手に力が入ってしまう。ということはそれだけ彼女との密着具合が高まったということだ。ヤバイ。

 そんな邪な考えの俺とは裏腹にサーシャは、優しくそれでいて冷静な声で言う。

「ヲルカ君の持っている『サモン議会』のイメージは確かに存在します。しかし平和とはそれほどまでに脆く、移ろいやすいのです。決して利己的に法律を利用し、私欲のために権威を振りかざしている訳ではない事をご理解ください」
「…わかった」
「ありがとうございます」

 お礼を言う彼女の顔は見えなかったが、きっと天使のような微笑みを見せてくれているという事は何となく察することができた。
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