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エピソード3
貸与術師と再招集
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◇
「じゃあみんな集まったから会議を始めます…っていっても会議というよりは報告なんだけどね」
例によって会議室に全員を召集させると、そう言って口火を切った。四角い円卓に座っている十人がオレの事を見据える。この緊張感はまだ慣れない。だって小学生の学級委員だってやったことがないだもの。
本当なら俺が進行を務めるべきなのだろうけど、緊張が伝わってしまったのかサーシャが議題を質問する形で提起してくれた。助かる。
「例の飛行能力の有無の件でしょうか?」
「え? 飛行能力?」
ハヴァと事前に彼女から話が通っていたサーシャ、ナグワー、タネモネの四人は火の灯った眼差しになったものの、何も聞かされていなかったであろう残りのメンバーはキョトンとして成り行きを見計らっている。
助け船があったおかげで、俺は白紙の状態からでもペラペラと言葉を紡ぐことができた。
「そうそう。『グライダー』って事件のこと。相手が空を飛ぶウィアードの可能性が高いから、こっちも空を飛べるメンバーで行きたいと思って。事前に調べた限りだと、サーシャ、ハヴァ、ナグワー、タネモネの四人が空を飛べるって聞いたから今回の調査に同行をお願いしたいんだけど…」
「もちろんだ。ヲルカ殿の期待には必ず応えて見せよう」
「ありがと」
胸を張って高らかに宣言するタネモネとは対照的に、ヤーリンは渋い顔をしてうつむき加減で唸るような声を出す。
「うぅ」
「じゃあこの後すぐに今言った四人と詳しい作戦を相談するから、残ったみんなにはまた詳しい調査をしてもらいたい」
俺は前回の調査報告を鑑みた上で、未だ全容の分かっていない事件のリストを留守番組に配る。地味な作業で申し訳ないけれど、これをやっておかないと手当たり次第にあちこち出向かなきゃならなくなってしまう。時間と経費を削減し、確実にウィアードに接触を図るためには必要不可欠な仕事なのだ。
少し前まで、この作業も俺一人でやっていた。今のこの状況を思うと無謀もいいところの重労働だ。その上、全員が雑務とは言えかなり精度の高い調査報告を出してくれるから二重で助かっている。
「ま、今回は仕方ないかな」
「儂も前回の不甲斐なさを挽回したいが…また機会を待つとしよう」
リストを受け取ったカウォンとマルカがそんな事を呟いてきた。この二人は『パック・オブ・ウルブズ』事件の時に、千疋狼の術に見事にはまってしまっていたから遺恨が残っているのだろう。けど、今回は涙を飲んでもらうほかない。
そうしたところでもう一つ、今回だけ特別に考えている策を発表する。せっかく個性豊かかつ、ヱデンキアを代表するギルドの重役たちが集まっているのだから、彼女たちの特色やギルドのコネを使わない手はないと思ったのだ。
「で、それともう一件、当たりをつけている事件があって、そっちの対策も同時進行でやって行こうと思ってる」
「この赤くしてある箇所のことかや?」
カウォンの指摘に俺はコクリと頷いた。今度はリストを貰っていない飛行チームの四人もキョトンとする番だった。これはハヴァにも伝えていないから仕方ない。尤もハヴァの事だから本当は知っているのかもしれないけど。
「同時進行というのは?」
「うん。一人で事務所やってるときは絶対無理だったけど、十人もいると当然できることの幅広がるよね。その上、十人ともすっげえ仕事できるし」
「ふふふ。いいよ、もっと褒めてくれたまえ」
いつものように胸を張るラトネッカリだったが、いつもの事なので誰も取り合わず全員が俺の言葉の真意を待っていた。
「それで、そのもう一件の事件は誰がどのように?」
「実は今朝に個人的にお願いしに行ったんだけど、ワドワーレに頼んである」
「え?」
ワドワーレという名前を出した途端、飛行チームの四人の目の色が変わった気がした。まるで墨を落としたように暗く重い表情へと変わっていく。
そしてその陰鬱さが蔓延する前に、当のワドワーレがおちゃらけた明るい声を出して場の空気を自分のモノにした。
「はいはーい。キチンと調べておくよ、ハニー」
「うん、よろしく」
…ん?
ハニーって何? あまりに自然に呼ばれたものだから疑問すら感じなかった。しかし一度すんなりと受け入れてしまったのもだから、何となくどういう意味かと問いただすのに気が引けてしまう。
しかし、そんな俺の気持ちを汲んだのかそうではないのか、ヤーリンが代わりにワドワーレに問いただしてくれた。
「ハ、ハニーって何ですか、ワドワーレさん」
「おかしかった?」
「おかしいですよ!」
「そう? だってさ、ヲルカがオレ達に敬語を使わないでほしいって言った時、カウォンは何て言ったか、覚えてない?」
「え?」
不意に名指しされたカウォンに全員の目が集中する。が、当の本人はどこ吹く風だ。まあ注目を集めるのは慣れてるだろうし。百歳越えの現役アイドルだしね。
それよりも何よりもみんなでワドワーレの言葉の意味を考え、思い出そうとしている。
俺が全員に敬語を止めてとお願いしたとき、カウォンは何て言っていた…?
「儂は確か…恋人と接するように、と言ったか?」
パチンっとワドワーレが指を鳴らした。
そう言えば確かにそんなような条件だったような気がする。
「でしょ? オレは案外甘えん坊だから恋人の事はハニーって呼んじゃうんだよね。そりゃ厳密には恋人じゃないけど、ヲルカが飲み込んだ条件は恋人みたいに接することでしょ? じゃ、仕方なくない?」
「あ、ウウ」
上手い反論が思いつかなかったのか、ヤーリンは唸り声を上げて押し黙ってしまった。何故か俺を鋭く睨みながら。
「なんで俺を睨む」
「知らない」
見るからに不機嫌になったヤーリンがぷいっと顔を逸らす。そんな事言われてもどうしようもないじゃない。
だから俺もどうせ無駄だと分かっているのに元凶たるワドワーレの事を恨めしく睨んでやった。しかし、案の定ノーダメージの様子で返事をしてきた。
「ま、とにかく与えられた仕事はちゃんとこなすから安心してな」
そうして微かに笑い、ウインクしてきた彼女にちょっとときめいてしまったのは内緒だ。ややこしくなりそうだしね。
「じゃあみんな集まったから会議を始めます…っていっても会議というよりは報告なんだけどね」
例によって会議室に全員を召集させると、そう言って口火を切った。四角い円卓に座っている十人がオレの事を見据える。この緊張感はまだ慣れない。だって小学生の学級委員だってやったことがないだもの。
本当なら俺が進行を務めるべきなのだろうけど、緊張が伝わってしまったのかサーシャが議題を質問する形で提起してくれた。助かる。
「例の飛行能力の有無の件でしょうか?」
「え? 飛行能力?」
ハヴァと事前に彼女から話が通っていたサーシャ、ナグワー、タネモネの四人は火の灯った眼差しになったものの、何も聞かされていなかったであろう残りのメンバーはキョトンとして成り行きを見計らっている。
助け船があったおかげで、俺は白紙の状態からでもペラペラと言葉を紡ぐことができた。
「そうそう。『グライダー』って事件のこと。相手が空を飛ぶウィアードの可能性が高いから、こっちも空を飛べるメンバーで行きたいと思って。事前に調べた限りだと、サーシャ、ハヴァ、ナグワー、タネモネの四人が空を飛べるって聞いたから今回の調査に同行をお願いしたいんだけど…」
「もちろんだ。ヲルカ殿の期待には必ず応えて見せよう」
「ありがと」
胸を張って高らかに宣言するタネモネとは対照的に、ヤーリンは渋い顔をしてうつむき加減で唸るような声を出す。
「うぅ」
「じゃあこの後すぐに今言った四人と詳しい作戦を相談するから、残ったみんなにはまた詳しい調査をしてもらいたい」
俺は前回の調査報告を鑑みた上で、未だ全容の分かっていない事件のリストを留守番組に配る。地味な作業で申し訳ないけれど、これをやっておかないと手当たり次第にあちこち出向かなきゃならなくなってしまう。時間と経費を削減し、確実にウィアードに接触を図るためには必要不可欠な仕事なのだ。
少し前まで、この作業も俺一人でやっていた。今のこの状況を思うと無謀もいいところの重労働だ。その上、全員が雑務とは言えかなり精度の高い調査報告を出してくれるから二重で助かっている。
「ま、今回は仕方ないかな」
「儂も前回の不甲斐なさを挽回したいが…また機会を待つとしよう」
リストを受け取ったカウォンとマルカがそんな事を呟いてきた。この二人は『パック・オブ・ウルブズ』事件の時に、千疋狼の術に見事にはまってしまっていたから遺恨が残っているのだろう。けど、今回は涙を飲んでもらうほかない。
そうしたところでもう一つ、今回だけ特別に考えている策を発表する。せっかく個性豊かかつ、ヱデンキアを代表するギルドの重役たちが集まっているのだから、彼女たちの特色やギルドのコネを使わない手はないと思ったのだ。
「で、それともう一件、当たりをつけている事件があって、そっちの対策も同時進行でやって行こうと思ってる」
「この赤くしてある箇所のことかや?」
カウォンの指摘に俺はコクリと頷いた。今度はリストを貰っていない飛行チームの四人もキョトンとする番だった。これはハヴァにも伝えていないから仕方ない。尤もハヴァの事だから本当は知っているのかもしれないけど。
「同時進行というのは?」
「うん。一人で事務所やってるときは絶対無理だったけど、十人もいると当然できることの幅広がるよね。その上、十人ともすっげえ仕事できるし」
「ふふふ。いいよ、もっと褒めてくれたまえ」
いつものように胸を張るラトネッカリだったが、いつもの事なので誰も取り合わず全員が俺の言葉の真意を待っていた。
「それで、そのもう一件の事件は誰がどのように?」
「実は今朝に個人的にお願いしに行ったんだけど、ワドワーレに頼んである」
「え?」
ワドワーレという名前を出した途端、飛行チームの四人の目の色が変わった気がした。まるで墨を落としたように暗く重い表情へと変わっていく。
そしてその陰鬱さが蔓延する前に、当のワドワーレがおちゃらけた明るい声を出して場の空気を自分のモノにした。
「はいはーい。キチンと調べておくよ、ハニー」
「うん、よろしく」
…ん?
ハニーって何? あまりに自然に呼ばれたものだから疑問すら感じなかった。しかし一度すんなりと受け入れてしまったのもだから、何となくどういう意味かと問いただすのに気が引けてしまう。
しかし、そんな俺の気持ちを汲んだのかそうではないのか、ヤーリンが代わりにワドワーレに問いただしてくれた。
「ハ、ハニーって何ですか、ワドワーレさん」
「おかしかった?」
「おかしいですよ!」
「そう? だってさ、ヲルカがオレ達に敬語を使わないでほしいって言った時、カウォンは何て言ったか、覚えてない?」
「え?」
不意に名指しされたカウォンに全員の目が集中する。が、当の本人はどこ吹く風だ。まあ注目を集めるのは慣れてるだろうし。百歳越えの現役アイドルだしね。
それよりも何よりもみんなでワドワーレの言葉の意味を考え、思い出そうとしている。
俺が全員に敬語を止めてとお願いしたとき、カウォンは何て言っていた…?
「儂は確か…恋人と接するように、と言ったか?」
パチンっとワドワーレが指を鳴らした。
そう言えば確かにそんなような条件だったような気がする。
「でしょ? オレは案外甘えん坊だから恋人の事はハニーって呼んじゃうんだよね。そりゃ厳密には恋人じゃないけど、ヲルカが飲み込んだ条件は恋人みたいに接することでしょ? じゃ、仕方なくない?」
「あ、ウウ」
上手い反論が思いつかなかったのか、ヤーリンは唸り声を上げて押し黙ってしまった。何故か俺を鋭く睨みながら。
「なんで俺を睨む」
「知らない」
見るからに不機嫌になったヤーリンがぷいっと顔を逸らす。そんな事言われてもどうしようもないじゃない。
だから俺もどうせ無駄だと分かっているのに元凶たるワドワーレの事を恨めしく睨んでやった。しかし、案の定ノーダメージの様子で返事をしてきた。
「ま、とにかく与えられた仕事はちゃんとこなすから安心してな」
そうして微かに笑い、ウインクしてきた彼女にちょっとときめいてしまったのは内緒だ。ややこしくなりそうだしね。
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