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エピソード3

貸与術師とリベンジマッチ

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「よし。まずはこんなものか」

 アルル達と朝食を共にした後に俺は自室の机に向かい、頭の中に青写真として描いていた予定を整理して妖怪退治…もといウィアード退治のスケジュールを組んでいた。この『中立の家』に派遣されてきている十人のギルド員たちはそれぞれが個性的な面子だが、全員が各ギルドではかなりの重鎮揃いなのだ。

 俺が指揮取りの経験がないせいで半数以上を留守番させてしまっており、手持ち無沙汰にしてはさらに申し訳ないと思ってウィアードに関する調査をお願いしていた。正直、あれだけの面々にこんな使い走りのような調査を頼むのは気が引けたのは事実だが、現状俺の実力ではこんな大人数を扱いきれるものではないから致しかたないと、自分で自分を慰めている。

 調査とは言え各々が優秀な能力を持っていて顔も利くせいで、どんどんと噂の正誤が是されてウィアードが関わっていると思しき事件の数が増えていく。

 しかもこの新ギルドを設立する前に個人経営的にやっていた事務所に舞い込んできた事件も解決を急がなければならない。そちらは調査は大方終わっているのだが、反対に言えばウィアード絡みとしか思えない案件しか残っていないのだ。

 とりあえず当面の標的に据えたウィアードは二体。一体は『グライダー』と呼ばれているミグ地区での事件。こちらは今日にでも動く準備は整っているが、問題はもう一つの方。

 巷では『ピーカァ』と呼ばれている女の怪異。こちらは目撃情報から類推して思い当たる妖怪が一体だけある。けど俺が知っている限り条件を満たさないと出没することはない。だからそれに見合った場所と女性の事を調べないとどうしようもない。

「できるだけ早く動きたいけど…」

 そんな独り言を呟いた。が、こればかりは仕方がない。いざ出遭ってしまえれば対処の術はいくつか用意できるものの、対峙できなければ退治のしようがないのだから。

 そう言った意味では今日対処に動こうと思っている『グライダー』という事件も、出遭えないという形で徒労に終わるかもしれない。けど行かないという訳にもいかない。

今回の『グライダー』事件の為の人員も既に選出している。あとは午後一番にみんなを召集して説明すれば大丈夫だろう。

「またハヴァに連絡してもらうか」

 どこにでもいるし、どこにもいない。

 未だに言わんとすることはニュアンスでしか分かっていないけれど、伝言を任せるにはこれ以上ないほど信頼がおける存在だ。「情報」を何よりも尊ぶ『ハバッカス社』のギルド員ならではの芸当と言えるだろう。

 昼食を食べ終えて13時ごろにでも会議室に集まってもらえれば十分事足りる。

「んじゃま、その前に」

 俺はもう一つの事件である「ピーカァ」の情報収集を任せるべく、一人に白羽の矢を立てた。恐らくこの件に関してはハヴァよりも適任だと、漠然とそう思っている。

 いざ彼女の部屋の前に辿り着き、ノックをしようとしたところで俺は一度深呼吸をした。未だ得体のしれない部分が多いから正直二人きりで会うのは怖いというのが本音だった。けども同時にそこまで悪人ではないとも思っている。

 尤もそれを差し置いても年上の女性の部屋にアポもなしに尋ねるのは別の緊張感もあるのだが…まあ、アレだ。ビビりの言い訳を思案してるだけという小心者の性というものだろう。

 そこで俺は自分はギルドマスターで、この家にいる女性陣は全員部下なのだと自分に言い聞かせた。そう思っていざ拳を握りしめると、ほんの一瞬だけ心が大きくなって今の自分は敵なしなんじゃないかと錯覚した。そんな気持ちがしぼむ前に、意を決して部屋の戸をノックした。だが、待てど暮せど扉の奥からは何の気配も漂ってはこなかった。

「いないのかな…?」

 念のためと思って、更にもう一回だけノックをしてみる。やはり返事がないのでいよいよ寝ているか、不在かのどちらかなのだろう。

ま、急いで入るが至急の用という訳ではないから大人しく出直すことにする。そうして部屋の扉に背を向けて歩き出したとき、ふと鍵が外れて件のその人が出てくる気配を感じた。

「だれ…?」

 そう言ってこの部屋の主である、ワドワーレ・ワドルドーベがひょっこりと顔を覗かせたのだった。

 扉に隠れ、首から下は杳として知れないがその顔はいつものような派手なメイクはなくスッピンだ。髪も下しているので正直一瞬別人かと思った。てか、本当にワドワーレだよな?

「あ、おはよう」
「……まさかとは思うけど、今のアンタ?」

 驚きとも怪訝ともとれるような、そんな微妙な表情でワドワーレは俺に尋ねてきた。

「うん。ちょっと個人的にお願いしたい事があってさ、話できない?」
「…ちょっと、待ってて」

 一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたもののすぐに部屋へと引っ込んだ。それから十五分くらいは待たされただろうか。この間に俺は女の人の部屋を急に尋ねた事に対しての罪悪感に苛まれていた。

 やがて、ガチャっという戸の開く音が聞こえた。

 振り返ると、今度は病的な白いだけがにゅうっと伸びてはオイデオイデと手招きをしていた。怖い。

 誘われるままにワドワーレの部屋へとお邪魔する。ワドワーレはいつもの見慣れた格好とメイクをしていた。それで俺は緊張がほどけ、また別の意味で緊張してしまう。

「ごめん、急に。寝てた?」

 言っても、もう昼前だけど。

 俺は緊張をほぐすために敢えてひょうきんを演じてみた。

 が、そんな演技も空しくワドワーレは相変わらず怪訝で、俺の事をよく分からないものを見るような目で見てきていた。

「よくオレの部屋に来る気になったな」

 ワドワーレは俺を招き入れた後、至極尤もな感想を述べた。俺だって正直な事を言えば結構ビクビクしてるし、いざとなったら全力でダッシュできる心構えは持っている。

ただ、矛盾しているようだがワドワーレの事は信用もしている自分がいた。他のみんなは要注意人物だという認識を解かないけれど、俺には根っからの悪人とはどうしても思えないのだ。みんなの場合、ギルドの色眼鏡もあるかもしれないが。

「調査報告書まとめてくれたじゃん? アレを読んでたら一つ思い当たるウィアードがいるんだよ。そいつの特徴的にワドワーレに協力してもらうのが一番だと思ってさ」
「いや、だからって…来るか? 普通」
「正直ちょっとビビってるけど」
「まあ流石にオレだって昨日の今日で手荒なことはしないけど」
「良かった」

 そう言って俺は笑った。

 そうしたところでワドワーレは昨日と同じく俺を迎え入れて、ソファーに座らせてくれた。そして昨日とは変わって決して横柄な態度ではなく、普通に隣に腰かけてきた。

「で? オレは何をすればいいの?」

 俺はポケットから四つ折りにしたメモを取り出して、それを渡した。

「次にウィアードの調査に行く予定はもう決まってるんだ。このあとの会議で詳しく伝達はするけど、それが終わったら調査に乗り出すから、この紙に書いてある条件を満たせる場所と店に心当たりを付けててほしいんだよね」
「オレにそこに行って調査しろって訳じゃなくてか?」
「うん。だってワドワーレ一人で行ってもウィアード相手じゃ危ないよ。俺も一緒に行かなきゃ。帰ってきたら予定を改めて組むから、場所だけ見繕っててほしいんだ」
「二人っきりで…?」
「いや、ワドワーレと相談してもう一人は人選したいと思ってる。俺としては今のところヤーリンはどうかなって思ってるけど」

 するとワドワーレは俺の事を鼻で笑って、ソファーに体重を預けたままつまらなそうに背中をそらした。

「え? 何?」

 俺の問いかけには答えずにワドワーレは体を動かして、結局昨日と同じように俺の身動きが取れないような形になった。ただ唯一違ったのは、膝の上にあるのは足ではなくワドワーレの頭だった。つまりアレだ、俺がワドワーレに膝枕をしてあげる形になっていたのだ。
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