52 / 86
エピソード2
貸与術師と『ハバッカス社』のハヴァ
しおりを挟むおやすみ、と挨拶をしてからタネモネの部屋を出た俺は自室に向かって歩き出した。その途中でギルドの話を聞く順番を記したメモをもう一度見てみる。『タールポーネ局』の下には『ハバッカス社』と書かれていた。つまり、次に話を聞くのはハヴァということになる。
彼女の名前を思い出すと、いつも思う事が一つある。
どこにでもいるし、どこにもいない。
ハヴァのよく言う言葉だが、その意味はよく分かっていない。ただ言えるのは呼べばすぐに姿を見せてくれるという事だけ。こんな時間の、ぽっと思い付いただけでも来てくれるのだろうか。試さない理由もないので、空に向かって呼びかけてみる。
「ハヴァ、いる?」
「お呼びでしょうか?」
そんな声が背後から聞こえた。改めて思うけど忍者みたいだ。
これも普通の人間の反応なら、驚いたり不気味に思ったりもするのだろうか。特にハヴァっていわゆるところの幽霊だし。
「全員に今日は休んでって伝えてくれるかな。特に『パック・オブ・ウルブズ』退治にきてくれたヤーリン達にはゆっくり休んでって」
「承知いたしました。他に言伝はございますか?」
「そうだな…ハヴァって飛べるよね?」
「え?」
まるで想定していなかった質問だったようで、珍しく面食らったような表情を見せてくれた。とは言っても、普段の彼女の顔を知っているからこそ気が付けた微妙な変化だけども。
一瞬の間をおいてハヴァはつらつらと俺の質問に対する答えを教えてくれた。
「飛行能力ということでしたら、ございます。尤も正確に言えば浮遊に近いのですが」
「ウチのメンバーの中で他に飛べるのは?」
「このギルド内ですと、私共のほかにはサーシャ様、ナグワー様、タネモネ様の三名が確実な飛行能力を有しております。その他のギルド員に関しては物理、魔法の両点から飛行は不可能かと」
「そっか、ありがとう…」
目新しい情報はなく。俺が知っている通りだった。
次に対応を試みようとしているウィアードは空を飛ぶ妖怪だ。十中八九が空中での戦闘を強いられるだろう。俺自身が空中を飛べないとなると、少なくとも自分は飛べるようなメンバーを募った方が心強い。
四人という事は今回の出動と同じ人数だし、指揮教導の心得がないうちはあまり大人数で動きたくもないしで理想的といえる。
「その飛べるメンバーにだけ、内緒で伝えてくれるかな。明日に力を貸してもらうかもって。ハヴァも含めてね」
「承知しました。伝言に向かいます」
「あ、それとさ」
「なんでしょうか?」
真っすぐで生気のない瞳でじっとこちらを見据えてくる。
「それが終わったら、『ハバッカス社』のことを聞かせてもらってもいい?」
「勿論でございます。心待ちにしておりました」
「じゃあよろしく」
「畏まりました」
そう返事をしたハヴァはほのかに青鈍色に光ったかと思うと、徐々に風景に溶けるように消えていった。
レイスとはつまりは幽霊だ。という事は、彼女は一度何かの理由で死んでいるという事になる。何で亡くなったのか、どうしてレイスになってまで『ハバッカス社』に従事しているのか、気になることは幾つかあったが、流石にそれを聞くのは憚られる。
…。
あれ? そう言えばどこで話をするのか決めていなかった。まあ、ハヴァの事だからきっと俺がどこにいても関係ないだろうけど。
そう思った俺は廊下で立ち尽くしている理由もないので、もう一度自室に向かって歩き出した。
◇
「ヲルカ様。お待たせ致しました」
案の定、ハヴァは報告を兼ねて俺の部屋に現れた。ノックもなく、ドアを開けた様な気配も一切ないので、いきなり声をかけられるとビクッと反応してしまった。
サーシャ達にまとめてもらっていた読みかけの資料を机に置くと、俺は声のした方へと向き直ると、もう一度驚いてしまった。
「あれ? 着替えたの?」
「はい。無用かとは思いましたが、私共の正装です」
つい、まじまじと彼女の恰好を見てしまった。
似合っているけど……黒い。いや黒いからこそ似合ってるのか…?
余計な装飾や模様が全くない黒いドレスは、ハヴァの腕も足も覆い隠している。手には手袋、足はタイツを履いており、その上更に黒のヴェールを被っているので彼女の肌はどこも空気に触れていなかった。
印象的だったのは靴を履いていない点だったが、地面に足を付けることがないのだから元々必要ではないのだろう。
「えっと…どこで話をしようか?」
「ご迷惑でなければ、こちらのお部屋で結構です」
「あ、そう」
「ご不満がおありでしたか?」
「いや、基本的にみんな自分の部屋に来てって言ってたからさ…あれ? そう言えばハヴァの部屋ってどこにあるの?」
「私共はどこにもおりませんが、どこにでもおります」
出た、ハヴァの代名詞。
部屋の場所を隠しているのかも知れないし、本当にどこにもないのかも知れないと思った。
「…もうその一言だけで『ハバッカス社』の事が分かった気がする」
「それは最大級の賛辞でございます」
ハヴァは丁寧にお辞儀をしてきた。そして顔を上げると、無表情ながら、それでいて満足そうな雰囲気を醸し出して、
「今後ともご入用の際はどこででも声をおかけくださいませ」
と言って、踵を返してしまった。
俺は慌てて出て行こうとしている彼女を呼び止める。
「え? 終わり?」
「はい。以上でございます。」
「だって何も聞いてないし」
俺の持ってるイメージとか、聞いたりしないの?
するとハヴァはくるりと向き直り言った。
「ヲルカ様は今しがた『ハバッカス社』の事が分かった気がすると仰いました。それで十分でございます。もし私共のギルドに何かしらの風聞をお聞き及んでいたとしても、どう解釈なされるかはヲルカ様のご判断にお任せいたします。『情報』とはそういうモノでございますので」
「いや、けど…」
俺は食い下がった。何か申し訳ないような気になったからだ。ひょっとして、こうやって俺に気を持たせる作戦だったりするのかな? そうだとしたら見事にはまってしまっている訳だけれど。
しかし、ハヴァはそんな様子はまるで見せずに、冷たい声で続けた。
「強いて申し上げるのであれば『ハバッカス社』の本質は《謎》にございます。ギルド員の私共でさえ、『ハバッカス社』の全容は分かりません。それこそが『ハバッカス社』なのだとご理解いただければ幸いです」
「…わかった」
本当か? わかったなんて返事しちゃったけど。
けどハヴァ自身がこう言っている以上、あまり引き留めるのは返って申し訳ない。
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
「うん。そう言えばさっき伝言をお願いした時、ナグワーはどうだった? すんなり終わったから次に話を聞こうと思ってたんだけど」
「ナグワー様とお会いになる場合は、今夜よりも明朝の方がよろしいかと。彼女は『ナゴルデム団』の所属です。朝の訓練は欠かさずに行うはずです」
「そっか。ありがとう」
思えばもう夜更けと言って差し支えない時刻になっている。明日の朝に会えるのならそれで十分だ。今更ながら女の人の部屋を夜に尋ねるのは気が引けるしね。
これで残すところは『ナゴルデム団』と『サモン議会』と『ヤウェンチカ大学校』の三つに絞られた。この調子ならば明日の内に全員から話を聞くことができるだろう。ウィアードにも対応する準備もしなければならないし、皆がまとめてくれた報告書と俺の調査記録の照合作業もこなさなくては。
そんな雑務の事を考えると、途端に眠気の虫が騒ぎ始めた。回復しているとはいえ、限界は迎えてしまったようだ。いや、むしろ回復というよりも千疋狼を取り込んだことでハイになっていただけかも知れない。
欠伸を噛み殺そうと顎に力を入れると、出て行きかけたハヴァが最後にこんな事を言ってきた。
「それから、明日からの事なのですが?」
「え?」
「私共もお食事の席を同じくしたいと思います」
「ホント? 待ってるよ」
「ありがとうございます」
その時、俺は三度目の驚きを得た。
黒いヴェールの下にあるハヴァの顔は確かに笑顔だったからだ。俺は慌てて立ち上がって再びまじまじと彼女に視線を送った。しかし、ハヴァはいつの間にか消え失せてしまっていた。
ヴェールの下にあった少女の笑みは心に棘を残す様な儚く憂いを帯びており、石が水に沈むようにこちらを引き込む魅力を孕んでいた。
何故か胸が高鳴り、すっかり目が覚めてしまった俺は眠くなるまでの間に事務的な作業を終わらせることにした。
28
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※毎週、月、水、金曜日更新
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
※追放要素、ざまあ要素は第二章からです。
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
*****************************
***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。***
*****************************
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅
聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

劣等生のハイランカー
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す!
無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。
カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。
唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。
学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。
クラスメイトは全員ライバル!
卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである!
そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。
それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。
難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。
かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。
「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」
学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。
「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」
時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。
制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。
そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる