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エピソード2
貸与術師とギルド『マドゴン院』
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「まず初めに。『マドゴン院』はヱデンキアの医療の大元を牛耳ってます」
「それは知ってる」
「元々『マドゴン院』は今の『アネルマ連』みたいに農耕に従事してたギルドだったんだけど、大昔に薬草の栽培が成功して以来、そっちの研究が盛んになってヱデンキアに医療機関として貢献するようになったの」
鼻高々に胸を張りながら、張り切った声で説明が続く。
「その延長的な役割として、ゴミ処理とか下水処理、公共衛生を担う保健機関の役割も担うようになっていった。さっき言ったみたいに難民救助もやっているからね、端的に言えばヱデンキアの社会基盤の底を支えているのはアタシ達『マドゴン院』なんだよ! カッコいいでしょ?」
「そこら辺は社会科見学で見たことあるよ」
数年前の記憶が反芻される。初等部の各ギルドの見学は花形イベントだったからよく覚えている。
他にも介護福祉だったり、粗大ゴミを使ってアート作品ににするリサイクル・パフォーマンスを見たりもした。俺は当時からじっちゃんの影響で絵の他にも芸術全般に興味があったからワクワクしながら見ていた。
確かに医療や社会福祉、災害復興に強いノウハウを持つギルドには違いない。けど何事にも表があれば裏もある。俺は子供の頃からよく聞く『マドゴン院』の噂の真相を思い切って訪ねてみることにした。
「一ついい?」
「なあに?」
俺が興味を持って質問をしたのが余程嬉しかったのか、マルカは柔和でおっとりとした笑顔を向けてきた。束ねられた髪が尻尾のように揺れている。
「『マドゴン院』がやってる死体を使って怪しい実験をしてる、って言う噂は?」
「あ、それ? ホントだよ」
…。
信憑性が高いから本当だろうなとは思っていたけど、そこまで明け透けに認められると何とも妙な心持になってしまう。当のギルド員本人も、まるで何でもない様な顔と態度で追加説明してくる。
「そんなに怖い話じゃないよ。死ぬっていうのは生き物として当然のサイクルでしょ? そしてできる限り生きていたいっていう欲求も生物としては当たり前の感覚だし。生と死は別に相反する概念じゃなくて、二つで一つのもの。そのサイクルを適切に、効率的に世界に反映させるのがアタシ達の務めなんだよね。死体の研究と利用はその一環なだけ」
「…」
「医学の進歩の上で解剖は必須でしょ? ヲル君だって風邪を引くし、ご飯を食べている。けどその治し方はどうやって分かったと思う? この食べ物には毒はない、あったとしてこうすれば食べられるようになるって分かったと思う? これまでの膨大な死のデータを適切に解析してきたからこそ、あたし達は今を安全に生きて行けている。そして未来の子供たちの為に死体を研究する。それだけだよ」
魔法や屍術が当たり前に存在しているこのヱデンキアという世界において、死体の研究をするというのは尋常ではない狂気を感じる。いや、魔法のない世界であったとしても死体の研究と言われたら、例えそれが医学的だったとしても生理的な嫌悪感を持つのが普通の感覚だろう。
素直な感想を言ってしまえば少し怖い…けど、生と死が相反するものではないという考え方は同意だ。頭ごなしに否定はしたくないし、そもそも否定するほど非人道的な事は言っていない。
思ったよりも心に刺さった言葉を落とし込もうとしていると、俺の耳にマルカの含み笑いが聞こえてきた。
「エヘヘ」
「なに?」
「ヲル君が今の話を聞いて、否定的な態度を取らなかったってだけで、お姉ちゃんは満足」
マルカは滑るように俺の眼前に陣取る。お互いに息の掛かる距離にまで顔を近づけているというのに女性と対峙している緊張感も恥ずかしさも出てこないのは、俺が今、恐怖しているからだろう。
何となくだが、マルカの目の光りが鈍くなったように思えた。何もしていないはずなのに、部屋が妙に寒く感じる。
あれ? 知らない間に地雷踏んだりした?
不吉な執着心が滲み出る。早い話がアレだ、このマルカというアウラウネはヤンデレっぽい何かを心に抱えている感じがしてならない。
蛇に睨まれた蛙の心境だ。
「ヲルカとマルカって一文字違いだし、なんか運命感じない?」
「いえ、特に」
「…もう、いじわる」
そしてマルカは自分の右手の人差し指を強引に俺の口の中にねじ込んできた。その瞬間、舌の上にトロリとした甘い何かが広がった。
「何これ…甘い」
「アタシの花の蜜。友愛の証に、ね?」
それがアウラウネにとってどんな意味を持つ行動だったのか、俺は知る由もない。指を俺の口から抜いたマルカは何かのスイッチが切れたかのように淡白な態度になってしまい、それが殊更不気味さとなってしまった。
しかし、それでも決してマルカに対して否定的な感情を持つことはない。それが花の蜜のせいなのかどうなのか、俺には判断が付けられない。
病的な笑みに見送られるままに部屋を出ると、廊下で必死に呼吸を整えた。そこまでして俺はマルカの迫力も然ることながら、彼女自身にも見惚れていことに気が付く。メロドラマ的な表現だけど、あの瞳に吸い込まれそうになっていた。
ふと懐中時計を見ると丁度昼食時となっていた。
例によってアルルから弁当を受け取った俺は、それを携えてとある部屋に向かって歩き出していた。
「それは知ってる」
「元々『マドゴン院』は今の『アネルマ連』みたいに農耕に従事してたギルドだったんだけど、大昔に薬草の栽培が成功して以来、そっちの研究が盛んになってヱデンキアに医療機関として貢献するようになったの」
鼻高々に胸を張りながら、張り切った声で説明が続く。
「その延長的な役割として、ゴミ処理とか下水処理、公共衛生を担う保健機関の役割も担うようになっていった。さっき言ったみたいに難民救助もやっているからね、端的に言えばヱデンキアの社会基盤の底を支えているのはアタシ達『マドゴン院』なんだよ! カッコいいでしょ?」
「そこら辺は社会科見学で見たことあるよ」
数年前の記憶が反芻される。初等部の各ギルドの見学は花形イベントだったからよく覚えている。
他にも介護福祉だったり、粗大ゴミを使ってアート作品ににするリサイクル・パフォーマンスを見たりもした。俺は当時からじっちゃんの影響で絵の他にも芸術全般に興味があったからワクワクしながら見ていた。
確かに医療や社会福祉、災害復興に強いノウハウを持つギルドには違いない。けど何事にも表があれば裏もある。俺は子供の頃からよく聞く『マドゴン院』の噂の真相を思い切って訪ねてみることにした。
「一ついい?」
「なあに?」
俺が興味を持って質問をしたのが余程嬉しかったのか、マルカは柔和でおっとりとした笑顔を向けてきた。束ねられた髪が尻尾のように揺れている。
「『マドゴン院』がやってる死体を使って怪しい実験をしてる、って言う噂は?」
「あ、それ? ホントだよ」
…。
信憑性が高いから本当だろうなとは思っていたけど、そこまで明け透けに認められると何とも妙な心持になってしまう。当のギルド員本人も、まるで何でもない様な顔と態度で追加説明してくる。
「そんなに怖い話じゃないよ。死ぬっていうのは生き物として当然のサイクルでしょ? そしてできる限り生きていたいっていう欲求も生物としては当たり前の感覚だし。生と死は別に相反する概念じゃなくて、二つで一つのもの。そのサイクルを適切に、効率的に世界に反映させるのがアタシ達の務めなんだよね。死体の研究と利用はその一環なだけ」
「…」
「医学の進歩の上で解剖は必須でしょ? ヲル君だって風邪を引くし、ご飯を食べている。けどその治し方はどうやって分かったと思う? この食べ物には毒はない、あったとしてこうすれば食べられるようになるって分かったと思う? これまでの膨大な死のデータを適切に解析してきたからこそ、あたし達は今を安全に生きて行けている。そして未来の子供たちの為に死体を研究する。それだけだよ」
魔法や屍術が当たり前に存在しているこのヱデンキアという世界において、死体の研究をするというのは尋常ではない狂気を感じる。いや、魔法のない世界であったとしても死体の研究と言われたら、例えそれが医学的だったとしても生理的な嫌悪感を持つのが普通の感覚だろう。
素直な感想を言ってしまえば少し怖い…けど、生と死が相反するものではないという考え方は同意だ。頭ごなしに否定はしたくないし、そもそも否定するほど非人道的な事は言っていない。
思ったよりも心に刺さった言葉を落とし込もうとしていると、俺の耳にマルカの含み笑いが聞こえてきた。
「エヘヘ」
「なに?」
「ヲル君が今の話を聞いて、否定的な態度を取らなかったってだけで、お姉ちゃんは満足」
マルカは滑るように俺の眼前に陣取る。お互いに息の掛かる距離にまで顔を近づけているというのに女性と対峙している緊張感も恥ずかしさも出てこないのは、俺が今、恐怖しているからだろう。
何となくだが、マルカの目の光りが鈍くなったように思えた。何もしていないはずなのに、部屋が妙に寒く感じる。
あれ? 知らない間に地雷踏んだりした?
不吉な執着心が滲み出る。早い話がアレだ、このマルカというアウラウネはヤンデレっぽい何かを心に抱えている感じがしてならない。
蛇に睨まれた蛙の心境だ。
「ヲルカとマルカって一文字違いだし、なんか運命感じない?」
「いえ、特に」
「…もう、いじわる」
そしてマルカは自分の右手の人差し指を強引に俺の口の中にねじ込んできた。その瞬間、舌の上にトロリとした甘い何かが広がった。
「何これ…甘い」
「アタシの花の蜜。友愛の証に、ね?」
それがアウラウネにとってどんな意味を持つ行動だったのか、俺は知る由もない。指を俺の口から抜いたマルカは何かのスイッチが切れたかのように淡白な態度になってしまい、それが殊更不気味さとなってしまった。
しかし、それでも決してマルカに対して否定的な感情を持つことはない。それが花の蜜のせいなのかどうなのか、俺には判断が付けられない。
病的な笑みに見送られるままに部屋を出ると、廊下で必死に呼吸を整えた。そこまでして俺はマルカの迫力も然ることながら、彼女自身にも見惚れていことに気が付く。メロドラマ的な表現だけど、あの瞳に吸い込まれそうになっていた。
ふと懐中時計を見ると丁度昼食時となっていた。
例によってアルルから弁当を受け取った俺は、それを携えてとある部屋に向かって歩き出していた。
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