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エピソード2
貸与術師と重大責任
しおりを挟むヤーリンも出て行き、一人きりになった広間で、俺は年上の女性にタメ口を使わなければならなくなった気恥ずかしさをどうにか抑えている。するとそれに時間費やしていただけで、昼食の準備が整ったと戻ってきたヤーリンに教えてもらった。
俺はどうやら二時間近くも食堂をうろうろしながら心の平穏を取り戻そうとしていたらしい。
自分で食事の支度をしなくて済むのはありがたいけど、あの十人と一緒にいると思うとまだ気が重くなる方が勝ってしまう。だが、それは杞憂に終わる。
てっきり食事はこの食堂に運ばれてくると思っていたのだが、そうではなかった。ヤーリン曰く、炊事室まで足を運ぶようにとの事だったので、僅かばかりの疑問を残して言われる通りに炊事室に向かった。けれどもヤーリンは俺と別れて自分の部屋へと戻って行ってしまった。
アレ? お昼、食べないのか?
中ではさっきの宣言通り、せっせと炊事場を切り盛りしているアルルの姿があった。
自分を含めて十一人前の昼食を一人きりで作っているのに、とても涼しい顔で迎え入れられた。調理が終わって外した三角巾の下には狼の耳があり、家庭的なエプロン姿と相まってとても魅力的に映ったのだが、何とか顔には出さないように平静を装う。
すると、やってきた俺に弁当箱を手渡してきた。残っているのは俺の分と、アルルの分だけだったので他のみんなは既に受け取っているようだ。それなのにも拘らず皆の姿はどこにもない。
「え? 各自で食べるの」
「うん。部屋に運べるように詰めてあるから」
「あの食堂で食べるんだと思ってた」
その発言にアルルは頬を掻き、目線を空に泳がせながら呟いた。
「あはは…それは、ちょっと難しいかもね」
「何で?」
「ギルドが違うから。って理由で納得してもらえる?」
ジクリと心にとげが刺さったような気になった。頭の中にはいつかのウィアード対策室の事が思い出される。
「…」
「ウチらはヲルカ君の新しいギルドに加入しているけど、今までの溝が無くなった訳じゃないからね…仕事となれば多少は気を使うとは思うけど、余暇とか休憩とか食事の時までとなると…」
「そっか…ありがと」
食べ終わった弁当箱はここに持ってきてね、という言葉を背中に受けて、俺は炊事室を後にした。
広い屋敷の中をトボトボと歩いて自室に向かう。今頃はみんな昼食を食べているからか、誰ともすれ違う事はなかった。
部屋は荷ほどきした荷物をとりあえず運び込んだという状態で、殺風景よりは幾らかマシといった様相だった。それでも十人に囲まれていた時間の後では、嫌でも空しく感じてしまう。俺でさえそう感じるのだから、普段はギルドで大勢の同輩たちに囲まれているであろう他のメンバーはもっと寂しさを感じているのかもしれない。
きっと俺が命令すれば、みんな渋々とはいえそろって食事をするようになるかもしれない。が、それでは根本的な解決にはならないし、俺としても確実にストレスを与える様な命令を出すのは躊躇われる。
千年以上もの間、諍い合い、憎しみ合い、いがみ合いながらやってきたギルドの溝を埋めるのは並大抵のことじゃない。
…。
けど、考えようによってはギルドは争っているかも知れないけれど、ヤーリン達個人が争っている訳じゃないはずだ。他のメンバーにしたって、きっと俺達と同じくかつては学校に通って、ギルドの枠組に縛られないで友人や仲間を増やす機会だってあったはず…ヱデンキアで生活する上では、どうしたってギルドに入らなければならないから仕方なく各々のギルドの方針に従っている側面だってあるような気がする。尤も今となってはそっちの生活が骨身にまで染み付いていそうだけど。
ならヤーリンは?
ヤーリンならまだギルドの毒には染まり切ってはいないだろうから、俺のギルドの中では垣根を越えられるような仕組みを作るのに手を貸してくれるかも…けど、そうはしたくない。必然的にヤーリンを特別扱いすることになるから、他のメンバーの反感を買うかも知れない。それに何かのきっかけで俺のギルドの活動が終わって、『ヤウェンチカ大学校』に戻ることになったら、俺の適当な具策が仇になって彼女の首を絞めることに繋がる恐れもある。
「やっぱり難しいな」
根が深すぎて、どうしていけばいいのか検討もつかない。やっぱり、今のまま必要な時以外は接触をしないように、みんなの判断に任せておけばいいのだろうか…でも何かを変えようと動かなかったら結局何も変わらないままなのは確定だ。
そして現状を変えられる可能性を一番持っているのはどう考えたって俺だ。あれ程人手を欲していたのにも関わらず、いざチームを組むとこういう気苦労も生まれるのか。リーダーって難しい…いや今はまかりなりにもギルドマスターだったな。
「ギルドの問題か…」
というか何で女の人ばっかりが派遣されてくるんだよ、やりにくい。二、三人は男がいたっていいだろうに。そもそも名うてのギルド魔導士たちとはいえ、正体不明の怪物に立ち向かう任務なんだから男を派遣したいと思うのが普通じゃないのか?
こう考えるのも女性差別か? でもでも健全な青少年を捕まえて魅力的なお姉さんと一つ屋根の下にさせられて変な気を起こすとか考えねーのか。いや俺が変な気を起こしたとて全員から返り討ちにされそうだけどさ。
とにかく女性に対して免疫を付けつつ、現状を組織としてまとめ上げるのは並大抵の事じゃない。
となれば少しは強引な方法を取ってでも、みんなで顔を合わせるようして共通の時間を提供すれば少しは仲間意識が芽生えるかも知れない。できることなら十人とも自分から集まる様な形にしたいが、そんなうまい方法があるんだろうか?
そんな事を考えながら、俺は黙々と弁当を食べ始めた。
「…うっま」
え? 何これ。店出せるレベルで美味しいんだけど。と言うか碌に眺めもしないで食べ始めちゃったけど、彩りや食材の形とか盛り付けとか滅茶苦茶凝ってる。
アレか、ギルドマスターになったからか。確かに俺がアルルの立場だったら思いっきり張り切ってこのくらいの弁当は用意しちゃうかもしれない。あ、でもこのキノコのソテーはあまり好きじゃない。何を隠そう俺はブニブニした食感のものが苦手なのだ。だからキノコ類やゼリーとかはあまり食べたくない。食べられないってわけじゃないから残しはしないけど。
ヤーリンだったら好き嫌いしちゃだめだよ、とかは言いそうだけどアルルに言ったら出さないようにしてくれるかな。
…。
そうだよな。そもそも俺ってヤーリン以外のメンバーの事全然知らないじゃんか。こんな状態でまとめろと考えたって土台無理な話だ。
今まで一人で熟してきた探偵稼業も下調べは重要だった。
みんなをまとめるのは確かに難しいかもしれないけれど、それでもみんなの事を知っておいて損なことはないはず。まずは十人について知るところから始めよう。ヤーリンだって一年半ぶりに会うわけだから、互いに変わったところや成長した所だってあるはずだ。
特に『ヤウェンチカ大学校』に所属してから、要するに正式にギルド員になってからのヤーリンとはほぼ初対面な訳だしね。元々人当たりがよくてお喋りが好きなタイプ、新しい友達とか仲間とかできたに違いない…そんな話を振って彼氏ができてたりしたらどーしよ。
いや、別に俺と付き合っているわけじゃないからできてたとしても不思議はないんだけどさ。
あ、やばい。結構いい決意ができたと思ったのに急に怖くなってきた。しかも女性に対してプライベートな事を聞く訳だしな。
俺は弁当を食べる中で数十回と一喜一憂を繰り返していた。
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