貸与術師と仕組まれたハーレムギルド ~モンスター娘たちのギルドマスターになりました~

音喜多子平

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エピソード1

貸与術師とギルドの抗争

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 それにしても、ギルド同士の対立があんなに短絡的で表面立ったものだとは思っていなかった。もっと水面下での足の引っ張り合いみたいなものを想像していた。もしもあの爆発音が聞こえなかったら、一体どうなっていたのか考えたくもない。

 やっぱり、学校で習う事と社会に出てから分かることに落差があるのは、どの世界でも同じようだ。尤も偉そうに語れるほど、オレは前世で社会に出ていなかったけど。

 とは言え、ヱデンキアに十あるギルドの内の二つが相対しただけで、刃物を使うほどの衝突になるという事は、一同に会するウィアードの対策機関はまとまることができるのだろうか…?

 そんな事を考えながら外に出ると、場所を確認するまでもなく爆発のあったところが知れた。救助にあたる者、救助される者、怪我人を回復させる魔導士らしき者に通行人と野次馬とがごった煮のように蠢いていた。崩落した建物は、朝の下見でこの辺りをぐるぐると彷徨っている時に、一つの目印にしていた建物だった。五階建てくらいの大きさだったと記憶しているが、今では見る影もない。瓦礫と土煙とが陰影として残るばかりだ。

『サモン議会』と『ナゴルデム団』は慣れた手つきで救助活動を行っている。俺はどうしようかと思案するばかりで傍目には野次馬と変わらない。それでも何とかサーシャさんに近づけば、何かの指示を貰えるのではないかと思い、彼女を探した。

 ところが。

 サーシャさんを見つける前に、妙なモノに気が付いてしまった。

 それは瓦礫の隙間から人目を掻い潜るかのように、隅の方へ這い出てきた。見ただけで想像したのは、かつて理科の実験で作ったドロドロのスライムだった。限りになく透明に近い青い色をした軟泥状の物体は、あからさまに意思を持っているかの如く、隣接する建物の壁に張り付いたかと思うと、スルスルと慎重にそれでいて迅速に動いて路地の裏へと向かっている。

「なんだ、アレ?」

 余程カモフラージュが上手いのか、それとも瓦解した建物の方に気を取られているのか、他に誰かが気が付いている様子はない。俺は純粋な好奇心だけでソレの後を追いかけていった。

 路地裏には人の気配がまるでない。すぐ近くであれだけの大事故が起こっているのだから、無理からんことではあるのだが。そこはそびえ立つ建物の背が高いせいで、日の当たっているところが一つもない。そのせいで、ただでさえ見えにくかった軟泥状の何かを見失ってしまった。けれども、同時に物陰から何者かが現れる気配を察知した。

「大丈夫ですか?」
「いや~失敗失敗」

 安否を確認したのは、声からして男だと分かった。だが、それに返事をした女の声の主はどこにも姿がない。俺がそう思っていると、男の足元から突如として件の軟泥が突起するように形を変えた。すると、どんどんと人間のような成りになっていき、最終的には女の姿になってしまった。

(『スライム族』か…?)

 心の中でそう呟く。俺のヱデンキアでの十五年の知識から言えば、他に思い当たる種族がいない。

「おかしいな。座標計測は完璧だったはずなんだけど、なんでこんなに位置がずれたんだ?」
「崩壊した建物は『カカラスマ座』のものです。恐らくは低空飛行に移行した際に、奴らのシンボルに吸い寄せられたのではないかと。あれにはシンタオ合金が使われることがほとんどなので」
「まあ、分析は帰ってからでもいいだろう。頭の固い連中が集まってきている。ボクらの仕業だとばれる前にずらかろう」

 と、図らずも今回の建造物崩落事件の犯人の自供を聞いてしまった。どうしたものかと考えていると、向こうの方が俺の存在に気付いてしまった。そうなって初めて、何で俺は隠れなかったんだろうかと自問した。

「ん?」
「…どうも」
「…もしかしなくても聞いちゃってた?」
「まあ…はい」

 スライムの女は女性の陰部にあたる箇所と右肩とを何かの合金で作ったかのような、いかついメカで覆っていた。男と並んで、飽くまで冷静に俺の素性を確認する。

「念のため聞くけど、どこのギルドの子?」
「イレブンですけど」

 スライム女は「イレブン!」と反復したかと思えば、ぱあっと明るくなって屈託のない笑顔を見せた。そしてにわかに歩み寄り、有無を言わさずに手を取ってきた。巨大なわらび餅で手を包まれた様な、ぺトぺトとした感触とひんやりとした温度が電気信号となって脳みそにまで届く。

「そいつは良かった。『ランプラー組』の実験の失敗はヱデンキアの名物。笑って見逃してくれると嬉しいな、ボクは」
「どうぞ。別に僕には逮捕権がある訳じゃないですし」
「実に聡明な見解だ。ボクは『ランプラー組』のラトネッカリ。いつかまた会うことがあればお礼をさせてくれい」

 付き添いの男は名前まで明かす必要はないでしょう、と冷静なツッコミを入れると引率するようにラトネッカリと名乗ったスライム女の腕を引っ張る。

「行きますよ」
「では、少年。ありがとう」

 二人はすぐに対面の人通りの中に消えていった。そこでようやく、建物の救助活動の事を思い出し、再びサーシャさんを探すべく事故現場に向かって走り出した。

 ◇

 騒動からおよそ一時間後。『サモン議会』から応援が駆けつけ、建造物崩落事故の原因調査の引継ぎが終わった。俺は終始、サーシャさんの腰巾着のようにして、微力ながら救助活動や瓦礫の片付けを手伝っていた。

「では、引継ぎをお願いします。我々は本来の任務に戻ります」

 他のギルド員は既に戻っているし、『ナゴルデム団』に至っては原因の特定にはとんと無関心で、救助すべき者がいなくなったことを確認したら、すぐさま撤退していった。むしろ被害者を探すために乱暴に瓦礫を取り除いたものだから、それのせいで新たに怪我人が出たりしててんやわんやな状況だった。

 迅速な対応が信念なのも考え物だと思ったが、『サモン議会』はそれはそれで、何かしらの行動を起こそうと思う度に事前確認やら申請やら許可の受理を待つという徹底したリスクヘッジを行うものだから、見ていて少しイラッとしてしまった。

「ご助力感謝いたします」
「いえ、大したことは…」

 実際、本当に大したことはしていないし、犯人隠蔽に一役買ってしまっているので謙遜で罪悪感をごまかした。

「急ぎ戻りましょう。もう他のギルドも集まっていておかしくはありませんから」
「はい」

 そう言って俺は駆け足気味になる。サーシャさんに至っては飛んでいるので、わざわざ俺の速さに合わせてくれているようだった。

 ところが。ウィアード対策室まで戻ると、先程と同じくらいの騒ぎが起こっていた。建物の前には十のギルドがそれこそ十把一絡げに蠢いており、そこから少し距離を置くようにして通行人の野次馬ができていた。

 サーシャさんは、最も手前にいた『サモン議会』のギルド員の傍に降り立ち、事情を聞いた。

「今度は何事です?」
「それが…我々が施していた魔法措置を『ナゴルデム団』と『マドゴン院』のギルド員たちが解除しようとしております。それを静止した我々と衝突し、それを見て血の騒いだ『ワドルドーベ家』と『カカラスマ座』の構成員も手当たり次第に暴力を…」
「愚かな」

 そう呟くサーシャさんの顔には冷ややかな怒りが満ちていた。ギリっと、歯噛みをした音が聞こえたかと思うと、すぐさま翼を広げ渦中に自分から飛び込んで行った。

「ええ…」

 俺も暴れたり、静観したり、呷ったりするギルド員たちを掻き分けて、何とか建物の中に入る。するとエントランスは外以上に大混戦となっていた。人間、天使、エルフ、ドワーフ、ハーピィ、ミノタウロス、蜥蜴人、ドラゴニュート、マタンゴ、ケットシー、ゴブリン、アルラウネ、スカイキャット、アラクネ、ラミア、ケンタウロスなどなどの五つのギルドに所属する異種族達が互いに武器と魔法の応酬を繰り返し、収拾がつかない状態になっている。

 その中でひと際異彩を放つ五人がいる事に気が付いた。恐らくはウィアード対策室発足のために集まったギルドの代表格にあたる五人だ。その中にはサーシャさんも含まれている。とりあえず、あの五人を落ち着かせれば、一旦の収束は叶うかも知れない。

 俺は五人に同時に隙ができる一瞬を見逃さず、浮遊魔法をかけた。

「今だっ!」

 その五人と俺はまとまって浮かび上がり、二階の広間の前にまで飛ばされる。俺が仕掛けた魔法だという事はすぐにバレ、いかつい顔をしたおっさんたちに凄い顔で睨まれた。

「何をしやがる!?」
「とりあえず落ち着きましょうよ。事件が多すぎていつまでたってもウィアード対策室の発足ができやしない」
「すっこんでろ、ガキが」
「嫌だ。俺はウィアードについての話をしたいからここに来たんです。ギルドのつまらない諍い合いを見にきたんじゃない」

 これは本心だ。ウィアード、引いては妖怪についてのギルドの見解やどこまで調査研究が進んでいるのかを知りたいし、必要とあれば俺の知り得る情報を惜しみなく提供するつもりでいた。だが俺の一言は帰って火に油を注ぐ結果となってしまったこと、俺自身はまだ気が付いていない。

「つまらない?」
「てめえ…どこのギルドだ?」
「俺はイレブンだ」

 俺の返事と態度に五人だけでなく、下にいたギルド員達もざわついた。少なくとも、目論見通り騒動を一時的に収められたので良しとする。

「で、どうするんです? ウィアード対策室の発足に移るんですか、それともまたケンカですか?」

 するとどこかで聞いたこのある声で、俺の意見に賛同しつつギルド間での抗争を仲裁する弁舌がこだました。

「素晴らしい! そのイレブンの少年の言う通りだ。ボクたちは争いに来たわけじゃないだろう?」
「あ」

 見れば一階の隅の方から、先程ラトネッカリと名乗った『ランプラー組』のスライム女が、芝居がかった調子と共に現れたのだった。

「それとも帰って各々ギルドマスターにウィアードよりも、自分たちの名誉とプライドの方が大事ですと伝えるか?」
「…」

 ギルドマスターという単語は、全員に鎮静と冷静な状況判断をさせる魔法の言葉となった。上の五人がそれぞれ武器を納めると、下の階のギルド員もそれに従った。それをしたり顔で見ていたスライム女は、続いて俺を指差して告げた。

「では、イレブンの少年よ」
「はい?」
「君が引き続き仕切ってくれ」

 その弁に俺の隣にいた『ワドルドーベ家』と思しき男が反論した。

 種族の上では俺と同じ人間だが、ヤクザとマフィアを足して二で割ったような風貌をしているので、ある意味誰よりも怖かった。

「ちょっと待て。こんなガキに…」
「いや、ヱデンキアのギルドが全てここに揃ってるんだ。全員に中立であるイレブンに仕切って貰うのが得策だろう」
「あの混戦の中、私達だけを掬いあげたのだって大した腕だ。凡庸な子供という訳ではないだろ」
「…」

 俺がどうしたものかと挙動不審になっていると、いつの間にか二階に上がってきていたスライム女に肩を叩かれる。そして悪戯に笑った顔で言った。

「という訳だ、少年。話し合いに移行しようじゃないか」

 見事に外堀を埋められて引くに引けない状況に立たされてしまった。けれども、諍い合いは止められたし、俺が手綱を握って事を進められるならそれに越したことはない気がする。ギルドの誰かに任せようものなら、また面倒くさいことが起こりそうだし、そもそも誰に仕切らせるかを決めさせようと思ったら、更に半日は掛かるような気さえする。

「じゃあ各ギルドの代表一名が、そこの部屋に集まってください」
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