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エピソード1
貸与術師と最後の学生生活
しおりを挟む学校へたどり着くと、査定結果が掲載された掲示板の前は黒山の人だかりとなっていた。まあ黒髪じゃない奴がほとんどなんだけど。
教室に行くにはどの道そこの前を通らなければならないで、自然と近づく形になる。遠目にはヤーリンとフェリゴの姿も見えた。他にもクラスメイトも何人かいたのだが、俺の事が目に入ると全員が、挨拶もそこそこに言葉に詰まったり、気まずそうに顔を逸らしてしまった。ところが一人だけ顔を逸らすどころか、わざわざ前に出てきた奴がいる。他ならぬタックスだ。
「ようやく憐れな男のお出ましか」
タックスは一週間前に見た夢よりも更に品の悪い笑みを浮かべては、クククっと堪えた笑いを俺に向けてきた。
その理由はすぐに分かった。
掲示されている結果表には各クラス毎の生徒の氏名が載っており、その隣にはどこのギルドからの勧誘があったのかが記されていた。どの生徒にも最低一つのギルドの名称が書かれており、二つ以上の勧誘のある生徒もチラホラいる。ヤーリンに至っては八つのギルドからの勧誘があったようで、その中に『ヤウェンチカ大学校』と書かれていた事に俺はほっと胸をなで下ろした。
良かった。ヤーリンは自分の希望通りの進路に進めそうだ。
ところで。肝心の俺の進路についてだが、掲示されているリストには俺の名前の隣にギルドの名前は一つも書かれていなかった。
ぽっかりと空いた白い空間が侘しさを強調してきている。
「ヲルカ…」
俺が来たことに気が付いたヤーリンは、スルスルと近づいては潤んだ瞳を真っすぐに向けてきた。そう言えば査定以来、ウィアードの事にかまけていたので、会うのも一週間ぶりだった。
「こんなのっておかしいよ。あの『ウィアード』を倒したのはヲルカなのに…」
「評価は正当にされたんだよ、ヤーリン。こいつの実力を見て、こいつを欲するギルドはなかった、それだけのことだ」
「けど…」
「なにもそんなに必死にならなくたっていいだろう。またイレブンの魔法学校にでも通いながら研鑽を積んで、次の機会を伺えばいい。まあ、その頃にはキャリアも実力も天と地ほどの差ができているだろうけどね」
ここまで晴れ晴れとしたタックスの顔見たのは初めてかも知れない。大体は鬱屈な皺のよった悔し顔か、怪談の挿絵にできそうな不気味な笑い顔だったので、卒業のいい記念と思っておくことにする。
しかし、そんな暢気な事を考えて俺がうんともすんとも言わずにいるので、タックスだけでなく、ヤーリンも他のクラスメイトもどうしていいか分からない風になった。
「ヲルカ?」
「え? どうしたの?」
「悔しくないの?」
「…正直な事を言うと、別に」
「な、なんで?」
「だって元々入りたいギルドはあってなかったようなもんだし、ヤーリンは希望通りに推薦を貰っているし、あの『ウィアード』の騒ぎは収まってるし…誰も困ってないじゃん」
ま、実を言うと他にも理由があるんだけど、ここで言う必要もない。無事ヤーリンが希望通りの進路に進めることが分かったから、後でこっそりと教えよう。
「けど…」
「負け惜しみにしてはいい言い訳だな、ヲルカ。学年で唯一どこからも勧誘がなかったが、みんなが幸せならそれでいいっていう事か?」
「実際問題そうだしな」
「っく」
タックスは俺がよく知っている、いつも通りの顔に戻った。やっぱりお前はそっちの顔の方がしっくりくるな。
「でも、やっぱり…キチンと評価されないのは納得いかないよ。私、抗議してくる」
「ち、ちょっと、ヤーリン」
義憤に燃えるヤーリンは暴走気味に教務員室に向かおうとした。
が、すぐさまフェリゴが前に躍りだしてそれを止める。
「待った待った」
「フェリゴ君」
「落ち着きなよ、ヤーリン。ヲルカはきちんと評価されてるからさ」
「は?」
という声を出したのはヤーリンではなく、タックスだ。
タックスはフェリゴの発言を笑い飛ばすと、掲示板を強く指差して罵った。
「おい、フェリゴ。妖精の目にはこの結果発表が見えないのか? どのギルドからも勧誘が来ていないじゃないか」
「それに書いてあるのは飽くまで『ギルドからの勧誘』なんだろ?」
肩を竦めてそれだけ告げると、フェリゴは俺の顔を見て、
「だよな? ヲルカ」
と言った。
本当にどこまで耳が早いんだ、コイツは。俺はその呆れっぷりを苦笑いで返してやった。
「どういう事だ?」
「ま、今日の卒業式終わりにでも分かるよ。さ、遅れる前に行こうぜ」
教室へ着くと、卒業セレモニーの前に最後の出欠確認があった。 窓の外から見える景色には、校門をくぐり続々と保護者たちが集まってきている。
「先生。よろしいですか?」
いよいよ、最後のホームルームも終わるかと思ったところで、タックスが立ち上がり皆の視線を集める。
「どうした?」
「ヲルカ・ヲセットの試験の結果、どこのギルドからも勧誘がない件について色々な意見や不満を持っている者が多いのですが、実際のところどうなんですか? 彼の結果はあの発表通りなんでしょう?」
真っすぐに俺のことを指差し、侮蔑的な視線を送ってくる。しかし、先生の返事にすぐに間抜け顔になってしまう。
「ヲセットは勧誘がなかったわけではないぞ」
「え?」
そんな反応をしたのはタックスだけではない。フェリゴを除くクラス全員が、どういう事だかわからないという顔になった。あの掲示板には乗っていなかったのだから、それも仕方ない。
「本人から聞いていないのか? ヲセット、私から話して構わないのか?」
「あ……はい」
そう聞かれたらダメとは言えないじゃないですか。言わなかったとしても、後で質問の嵐になるだろうし。
「ヲルカ・ヲセットの試験の結果を見て、ヱデンキアの全てのギルドからの勧誘通知が来ている。十あるギルド全てからの勧誘があると言うのは、この学園始まって以来の快挙だ」
先生がそう言うと、タックスの驚愕をきっかけにクラス中がにわかにざわめきだしてしまった。
「…はあ!?」
「ヲルカ、本当なの?」
「うん。まあ、全部断っちゃったけど」
「「はあ!?」」
大声と共にクラスの全員が俺に顔を向ける。なんかの漫画みたいだと思うと、ちょっとおかしかった。
「な、なんで?」
「いや、特に行きたいところがなかったから…」
俺の答えに今度は唖然と言ったような表情になる。コロコロと顔が変わるのが、やはり面白い。人間じゃない種族の顔の変化は多岐に渡るので尚更の事だった。
そして先生はクツクツと笑いながら続ける。
「ヲセットがそんな調子だったものだから、異例のギルド会議が開かれた。彼の獲得を巡ってギルド抗争に発展しかねないと判断されたんだろう」
「納得できない。ヲルカの何にそれほどの価値が…」
「それは彼のウィアードを撃退した実績が大きく評価されたからだ」
「なんですって?」
「最近になってウィアードという新種の魔物がヱデンキア全土を騒がせているというのは皆も知っているとは思うが…」
ウィアードの出現とそれによってもたらされる被害を各ギルドは、俺の予想よりももっと大きく受け止めていたのである。ウィアードにどのように対処するのかは、全ギルドの中で最も重要かつ早急に解決すべき問題だと提起されていた。
そこで数百年ぶりに全てのギルドのギルドマスターがの署名のもとに停戦協定が定められて『ウィアード』専門の対策機関が創設されることになった。これは極めて異例の事だ。ギルド同士が同盟を結ぶと言う事実に、クラスの一同は驚きなど遥かにすっ飛ばした顔になり、言葉まで失っている。
「ヲルカ・ヲセットはその機関の創設メンバーになる」
「なにぃ!!?」
「なんで教えてくれなかったの!?」
「だってヤーリンとか他のみんなの試験の結果は今日にならないと分からないからさ。ひょっとしたら希望のギルドに通らなかった奴もいるかも知れないのに、大きな声でそんなこと言えないよ。ヤーリンだってそうだろ?」
「うん…まあね」
それから、しんっと静まり返ってしまった教室に、改めて先生の俺たちに当てた卒業の祝辞と激励とが響く。
「ともかくこの学校の歴代で最も優秀と謳われるような魔導士やギルドの垣根を超えるような機関の創設メンバーに選ばれるような生徒もいたりと、この学期を過ごした君たちは他の生徒に比べればとても刺激的な経験を多くできたと思う。これから先、道は違えど各々努力と研鑽を忘れずに励むことを祈っている」
上手くまとめられた先生の一言で締め括られる。
かくして、俺の中等部生活は幕を閉じたのであった。
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