貸与術師と仕組まれたハーレムギルド ~モンスター娘たちのギルドマスターになりました~

音喜多子平

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エピソード1

貸与術師と正体不明の怪物

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 昼間であるのに、黒い靄のようなものを纏っているので、何かとしか形容することができない。その何かは目の前にいた生徒に何かを呟いた。ここからでは距離があり過ぎて聞こえなかったが、生徒たちが戸惑っているとしびれを切らせ、順に腕を使って薙ぎ払い始めた。

「な、なんだ?」
 
「ヤーリンの召喚術か?」

 強さが段違いだったせいで、誰かがそう言った。そんな余裕があったのはその何かから距離のある生徒たちだった。近くにいる奴らは躊躇いなく襲い掛かる脅威に、叫び声を上げて逃げ惑っている。阿鼻叫喚とはこの事だ。

 だが、流石にこれはやり過ぎだ。吹っ飛ばされた中には森の木々にぶつかり、呻き声を上げて苦しんでいる奴だっている。俺は何とかヤーリンの傍に近づいて告げた。

「ヤーリン、召喚獣を引っ込めて。レベルが違い過ぎる」
「違うよ! 私は何も召喚してないの」
「え?」

 ヤーリンの召喚獣じゃないなら、何だって言うんだ? あのレベルの召喚が出来る生徒はヤーリンの他に俺達の学年には居ないはずだ。

 ひょっとして…ウィアード!?

 俺が嫌な予感を払拭しようとしている最中、気概のある何人かは逃げずに黒い何かに立ち向かっていた。

「この野郎」

 ケンタウロスのクルドが火炎を放つ。それは確かに黒い何かに当たったのだが、何事もなかったかのようにピンピンとしている。

「何!?」
「魔法が効いていない…?」

 すると、再び演習場の中にユークリム先生の焦った声が響く。今度のは正真正銘の本物だった。

『緊急事態だ。山頂の池の周囲にいる生徒は退避せよ。それはテストとは関係のない魔物だ』

 その言葉に、俺は過ぎった考えをポロッと口から零してしまう。

「まさか…本当に『ウィアード』なのか?」

 ウィアードは近くにた生徒を吹き飛ばし終わり、目ぼしい敵がいなくなると比較的人数の固まっていた俺達の方に向かって、物凄いスピードで迫ってきた。

「ヤバい。逃げろ!」
「落ち着け。パニックを起こしちゃだめだ」

 俺はそう叫んだが無駄だった。全員が我先にと周囲を蹴散らしながら進もうとすむので、反対に逃げ道を塞いでしまっている。その上、足元にはまだ水の残っているので、思ったように動けない事が更なる焦りを呼ぶ。その結果、最悪の事態を招いてしまった。

 ヤーリンが誰かに力強く突き飛ばされ、短い悲鳴を上げてその場に倒れてしまったのだ。

「ヤーリン!」

 俺はすかさず魔力を集中させて一つの緑魔法を使った。迫る黒い何かの足元に一本の木を生えさせて足を止めようとした。結果として魔力が足りず、黒い何かの軌道を僅かにずらす事しかできなかったものの、おかげで気が付いたことがある。

「魔法そのものは効かなくても実体はあるのか…それなら」

 乱暴になってしまったが、俺はヤーリンを大きく突き飛ばすと、ありったけの魔力を捻出して池の水をかき集めた。それを河口に向かって一気に流す。俺自身も巻き添えを食らう位置だったが、ヤーリンからコイツを引き離せるのなら、そんな事はどうでも良かった。

「押し流してやる!」
「!? ヲルカァァっっっ!!!」

 ヤーリンの悲痛な叫び声は、轟々たる水流に飲まれた俺の耳には届かなかった。

 ◇

『ヤーリンさえ助かれば、それで構わない』。

 その一心で形振り構わず魔法を使ったおかげで、ウィアードごと押し流すことは成功した。山頂から鉄砲水が噴き出して、俺とウィアードは水に飲まれながら共に崖下に落ちていく。俺は幸運にも落ち葉や柔らかい新芽の多い場所に落ちたおかげで、多少の打ち身や切り傷ができたものの致命傷には至っていない。山頂からここまでが案外低かったのも助かった。

 が、俺に安心する暇はなかった。一緒に落ちてきたウィアードは未だに健在だったからだ。俺と違って岩や木々にぶつかっているはずなのに、それでも一切のダメージを感じさせない。逃げる選択肢も浮かんだが、満身創痍な俺の足じゃ振り切れない。事実、何とか脇を抜けようと試みたけれど影が横にスライドをしているかのような独特な動きで俺の逃げ道を悉く塞いでしまう。

 俺は右手をかざし、魔法で隙を作ろうと思った。しかし、それすらも叶わなかった。

「ヤバい。もう魔力が」

 せめてもの抵抗に魔法を使おうとしたが、やはりあの大水を生み出すのに魔力を使い切ってしまい、最早毛程の攻撃も出来ない。それでも鉄砲水で一緒に流されてきたであろう、落ちていた誰かの剣を拾って震えながら構えた。

「ぐっ」

 慣れない剣を握りしめて構えては見たモノの、俺の中ではもう諦めてしまっている。俺の脳裏には優しく笑う両親の顔が走馬灯のように浮かんできて、気が付けば涙を流していた。

 ウィアードは前進が上手くできないのか、振り子のように身体を左右に移動させながらゆっくりと俺に近寄ってくる。

 もうダメだ。

 そう諦めともとらえられる覚悟が胸いっぱいに広がった。

 その時である。

 ウィアードは俺の前までやって来ると、歩みを止め、そしてこう尋ねてきた。

『両足八足。横行自在にして眼、天を差す。これ如何に?』
「…え?」

 ―――――

 その問い掛けで、俺の脳裏に二つの事柄が思い出された。

 一つは、朝のフェリゴとのやり取り。フェリゴの『クイズを出すウィアードらしい』という会話。

 そしてもう一つは、じっちゃんとの思い出。

 忘れたくても忘れようのない回想。血肉よりも身に沁みついている記憶。

 この質問をしてくる奴を、俺は知っている。じっちゃんが描きに描き続けた画集の中に登場するとある怪物。その怪物の背景ストーリーと全く同じ事を聞いてくる。当然、言うべき答えも持っていた。

 ―――――

 そして、ウィアードはもう一度だけ尋ねてくる。

『両足八足。横行自在にして眼、天を差す。これ如何に?』
「それは…『蟹』だ!」

 右手に握りしめていた鉄の剣を、そう叫びながらウィアードの脳天目掛けて投げ撃つ。どんな攻撃や魔法にも怯みすらしなかったのに、まるで粘土に突き刺さるかのように、すんなりと剣がめり込んだ。途端にウィアードはこの世の者とは思えない叫び声を上げて、のけ反るように倒れてしまった。

 すると、ウィアードを覆っていた黒い靄が薄まっていき、巨大な蟹の骸が後に残った。

「やっぱりこいつ、『蟹坊主』だったのか…?」

 俺はじっちゃんの画集に書き残されていた中の怪物の名を呟いた。

 すると混乱にも似た思考の渦巻きが頭の中をヒッチャカメッチャカに掻き乱す。

 …。

 どういう事だよ。クイズを出すウィアードの正体が蟹坊主って事は、他のウィアードも正体はじっちゃんの考えた怪物ってことか? いやあり得ないだろ。そりゃじっちゃんと二人でごっこ遊びとかはやってたけど、それが原因…? んな訳ないだろ、落ち着け俺。というか、このウィアードの死体はどうする? できれば俺が調べたりしてみたいんだけど。いや流石に没収されるか。でも俺が倒したのは事実なんだから、上手いこと言って言い逃れできないか。無理か。なら誰かが来る前に隠しちまう…それこそ無理だ。こんなデカいの一人で運べないし、今は魔法が使えない。

 などと色々な思考が渦を巻いて頭の中を駆け抜けていった。

 そんな事を考えている内に、その蟹の死体も徐々に真っ黒になったかと思うと、砂時計の砂が落ちるように崩れていった。一瞬、絶望が襲ってきたが、すぐに気が付いた。

「何だ、これ?」

 蟹坊主の死体があった場所に、子供が遊ぶようなボールサイズの光る玉が浮かんでいる。

 俺は無意識的にそれに引き寄せられるかのように手を伸ばしていた。そして光る玉は指先がチョンと触れたかと思うと、まるで俺の中に溶けて入り込むかのように消えていったのだった。光る玉に触れた左手の指先からじんわりと熱が全身に伝わっていく。まるでお酒を飲んだかのような陶酔感があった…いや未成年だから知らないけどさ。

 すると背後から俺を必死に呼ぶヤーリンの声が聞こえてきた。

「ヲルカ!」
「ヤーリン」
「無事でよかった」

 ずんっとのしかかる様にヤーリンが抱きついてきた。ヤーリンの腕の暖かさが伝わってくると、やっぱり生きていて良かったなという感情が湧き出てきた。

 これは決してずぶ濡れで制服が張り付いてボディラインがくっきりしている美人な幼馴染の女の子に密着されているから思った訳でじゃない。

「さっきの怪物は?」
「あ、いや…どこかに逃げて行ったよ」

 何となく、隠しておいた方が良いような気がして咄嗟に嘘をついてしまった。

「とにかく無事でよかった…」
「ありがとう」

 泣き出してしまいそうなヤーリンを必死になだめて、それから二人で山頂に戻る。

 試験は一度中断されており、怪我をした生徒の介抱や先生たちが事情を聞いて周ったりとてんやわんやしていた。程なくして試験は再開されたのだが、ウィアードとの一戦のどさくさで俺もヤーリンもサインが破壊されてしまっていたので、終了までの間、適当な木陰で休んでいた。

 ヤーリンには試験に戻るように説得したのだが、断固として聞き入れてくれない。せめて一番初めの池での奇襲が評価されてくれるように祈ったが、そもそも青と緑の魔法が学年でトップなのだから、今更アピールをする必要はないのかもしれない。

 それからの試験は大きな問題もなく、無事に終了した。教室に戻ると、案の定全員がボロボロでいすや机に体重を預けることで何とか自分を支えていられるような状態の奴がほとんどだった。

 試験の結果が出るまでには一週間ほどかかると言われている。今日はホームルームをして帰れるはずだったのだが、俺だけはそうもいなかったようだ。
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