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最終章 メロディアの最後の仕事
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しおりを挟むそして独善的な理想郷の入り口を閉めると改めて言う。
「よし。じゃあ色々支度しておこうかな 」
「え? まだどんな食材が来るか分からないのに?」
「ふふ。リトムにはネタばらしするけど、どんなダンジョンでどんなクリーチャーが出てくるかは設定済みなんだ」
「そうなん?」
「うん。『アイスエイジ』って極寒のダンジョンになるように細工してて、しかも『セブンシックス』ってクリーチャーしか出てこない」
「セブンシックスって何?」
リトムはキョトンと首を傾げた。
彼女が知らないのも無理はない。セブンシックスは魔界にしか生息しておらず、その魔界えあっても神話級の扱いを受ける魔物の名前だ。強靭な鱗に覆われた蛇の怪物で、一説には龍をも殺すとされている。その巨体もさることながら、例えバラバラに引きちぎろうとも再生しうる生命力が厄介さに拍車をかけるという。一説には七つに切り裂く事を六度繰り返してようやく息絶える事からその名が付いたと記す伝記もある程だ。
そんな説明を聞かされたリトムは青ざめて答えた。
「大丈夫なの、それ」
「んー、あの十人だったら…平時なら敵にはならないと思うけど、寒さと事前情報がないってところがネックかな。元々パーティを組んでいたとは言え八英女と父さんの間には二十年分のブランクがあるし、悪堕ちでパワーアップした力をどうコントロールできるかは未知数。母さんは母さんで団体で戦うってのは殆ど初めてのはず。最初は100%混乱するだろうからそれをどう建て直せるか。一度連携が取れちゃえば後は攻撃を加え続けるだけだけど、寒さとブリザードがそう簡単には許さない。けど大丈夫でしょ」
「大丈夫な要素が何も聞こえなかったんだけど」
「あの十人は勇者と魔王と八英女。だから大丈夫!」
普段の言動については物申したいことが山のようにあるが、父達の性根と腕前については誰よりも信頼を置いている自信がメロディアにはあった。
そしてまだ浅い年月の付き合いでしかないが、メロディアは決して根拠のない事を言わないという確信がリトムにはあったのだ。
メロディアはリトムを客席に座らせると食事を出した。この後手伝ってもらうとなると今しか何かを食べる時間は確保できないので、これから勇者パーティに出す料理の試食の意味もあった。食後にはリトムの好きな紅茶を淹れ、最大限に労う。店内はがらんとしていて寂しげな雰囲気だが彼女の格好が整っているだけに、まるで令嬢が午後のティータイムを過ごしているかのようだった。
支度についてもリトムが到着する前の段階で既に粗方が終わっており、リトムがした手伝いと言えばテーブルセットに少しばかり手を貸した程度のことだった。
「なんか、先に頂いちゃって居たたまれないなぁ」
「そこは気にしないでよ。むしろこっちが申し訳ない、今くらいしかまともな相手はできないだろうから」
「そっちこそ気にしないで。魔王様と悪堕ちした八英女に会えただけで嬉しい」
「なら良かった」
「はあ…それにしても結婚したら義理の母が九人か。普通の姑問題が可愛く見えるね」
「それについては何とも言い難い」
「ん~? アタシと結婚すんのは否定しないの?」
「うん、しないよ。出来ることならリトムとはずっと一緒にいたい」
何の迷いも躊躇いもなく、メロディアは真っ直ぐ言い切った。
途端にリトムは顔を背けたが、それは真っ赤になった顔を見られたくないというところまで筒抜けだったし、筒抜けだということも彼女は察しがついていた。だからもう悪態をつくくらいの選択肢しか残ってなかった。
「っとに、アンタって」
「ふふ」
「その余裕たっぷりな感じも腹立つ。年下の癖に」
「まあ、思春期にとっては強烈なのがいっぱいいたから。このくらいの事は照れなくなったよ…」
「それって八英女のお姉さま達の事?」
「まあね」
「メロディアは…悪堕ちしないの?」
「まだ言うか」
「だってカッコいいと思うけど。いっそのこと勇者スコアと一緒に親子で悪堕ちしちゃいないよ!」
「親子で温泉にでも行ってきなよ、みたいなノリで言わないでよ…」
メロディアが遠い目をしながら答えると、リトムは反対に覚悟を決めた目付きになった。
顔は赤いままに唇をすぼめてメロディアに突き出す。誰がどうみてもキスをねだっていた。流石にそれは予想外だったようでメロディアは若干狼狽えた。しかし意を決した恋人を蔑ろにする事はしたくなかった。
珍しくぎこちない動きで椅子に腰かける吸血鬼と唇を重ねた。
その時の事だった。
壁に張り付けた『独善的な理想郷』が轟音と共に破れたのだ。
「!?」
タイミングがタイミングなだけに二人は昼寝を邪魔された猫のように飛び上がった。
破かれた『独善的な理想郷』は紙吹雪に変わり、中途半端に閉ざされた出入口からはブリザードが吹き付ける。十人は雪崩れ込むようにして食堂に入ると、どうにかこうにか仕留めてきたセブンシックスの一部を床においた。続いて魔術に明るいメンバーが結託して崩壊しかけている出入口を塞いでしまった。
全員が頭に雪をかぶり、ブルブルと体を震わせていた。
「お疲れさまです。思ったよりも早かったですね」
「お疲れさまです。じゃねーだろ!」
「何なのだ、あのダンジョンは!?」
「雪と寒さはまだしも、セブンシックスがいましたよ! しかも特大の!!」
「そりゃ勇者パーティーに元魔王が加わったんですよ、生半可な条件と相手じゃつまらないでしょう」
メロディアは悪びれることなくあっけらかんと言ってのける。悪意がない、というよりもそれは信頼の表れと十人はポジティブに捉えることにした。
だがげっそりとした様子の勇者スコアとトーノも珍しく恨み節を我が子に当てる。
「バトンとメトロノームを返してくれなかったから、その程度のダンジョンだと思っていたのに」
「流石に得物がないのは堪えたでありんす…」
「あ、返すの忘れてた…よく勝てたね」
「おいぃっ!」
セブンシックスの状態を見ながらメロディアは青ざめた。本当に忘れていたのだ。
やっちまったと自責の念が生まれると同時にどうやって戦えたのかが気になる。
「わっちは剣がなくとも魔法である程度の事はできるでありんす」
「そうだろうね、でも父さんは」
「ふっふっふ」
メロディアの質問に何故かラーダが自信たっぷりに答えてくる。
「それはね…この子のおかげだよ!」
「え? これってスライムですよね?」
「そだよー」
ラーダは掌に乗った青色のスライムをこれでもかと見せつけてくる。スライムもスライムでぐねぐねと動いては自己主張をしているようだった。
「アタイに寄生してスライム。旦那のおかげで分離はできたんだけどさ、ほっぽり出すのも忍びないじゃん? だからこうして使い魔になってもらいました的な。ちなみに名前はスライムのスラを取って『イム様』っていうの!」
「スライムに五老星より権力持ってそうな名前付けんなよ…で? このスライムをどうしたんです?」
「あのダンジョン、目茶苦茶寒かったでしょ。そしたらイム様が剣の形っぽく固まちゃってさ。丁度良いから旦那に渡したら八面六臂の活躍を」
「うん。セブンシックスの鱗を切るくらいには固くなってたよ」
「すごいな、イム様」
メロディアが呆れたように褒めるとイム様は嬉しそうにぷるぷると震えていた。
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