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最終章 メロディアの最後の仕事

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 所変わって、例の地下室。

 キングサイズが子供に見える程の大きなベッドの上に勇者スコアと八英女、そして魔王の十人が半裸で眠っていた。全員が楽園で過ごしている様な安らかで心の底から満ち足りた寝顔をしている。その装いを見るに昨夜に何があったのか想像に難くはなかった。

 問題なのはその十人が眠るベッドの真横に金髪を掻き上げた筋骨隆々の大男と如何にも仕事ができる執事風のダンディな老紳士が佇んでいた事だろう。二人の男たちは一度目線を合わせると目の前の惨状を振り返り、ため息をついた。

 最初は声を掛けたり、ベッドを蹴って揺すったりしていたのだが十人はむにゃむにゃと寝ぼけた反応を示すだけだ。すると筋肉男は痺れを切らし、怒りの声と共にベッドを引っくり返したのだった。

「さっさと起きやがれぇっ!!」

 某親父のちゃぶ台返しくらいに見事に引っくり返ったベッドの上にいた十人は突然の事態にも関わらず猫のような反射神経で着地や受け身を決める。特にスコアはベッドを跳ね退けるとあられもない姿の八英女と魔王にシーツを被せた。

 十人は眠っていたとはいえまるで気配を感じさせず、ここまでの接近と先制攻撃を許してしまったことに驚きながらも正体不明の男らを見た。

「だ、誰…?」

 その問いかけに二人は答えない。老紳士はふふふと笑い、筋肉男は不機嫌そうに扉を指さすばかりだ。

「メロディアが飯作って待ってる。さっさと着替えろ、ヤリチンと阿婆擦れ共」

 甚だしく無礼な物言いだったが十人の耳には特に不愉快なく入っていった。初対面であることは間違いないのに、妙な安心感と言うか親密感がある。何とも不思議な感覚を味わいながらいそいそと服を着ていた。

 支度の整った十人と二人は階段を黙々と登っていく。その最中にも後ろでひそひそと一体どこの誰なんだと囁きあっていた。

 やがて食堂へたどり着くと丁度良くキッチンからメロディアが飛び出してくるところだった。

「あ、皆さん。お早うございます。とは言ってもまもなくお昼ですけど」
「おう」
「二人もありがとう」
「酷い一晩だったが、まあご覧の通りだ」
「ほっほっほ」

 と、メロディアに関しては旧知の間柄のようだ。スコアは一体どこの誰なのかを聞こうとしたのだが、それよりも前にメロディアが動いていた。

 筋肉男と老紳士の手を握ったかと思えば、突如二人の姿が変化した。淡い光が収まったかと思えば男たちの姿はなく、変わりにメロディアが二振りの剣を握って立っているばかりだ。

 そう、彼の手には聖剣バトンと魔剣メロトロームがあったのだ。

「…えええっっ!!??」
「うわっ!? びっくりした!」
「ちょっと待って。今の二人は…まさか」
「え? あ、うん。バトンとメトロノームだよ。擬人化したね」
「さらっと言ってるけど、どういう事!?」
「父さんと母さんに借りてたじゃん? で僕の魔力を浴びてたらもう一段階レベルが上がってさ、気が付いたら能力が身に付いてたんだって」
「ふむ。斬魄刀…いや刀剣乱舞みたいなものでありんすか?」
「言っちゃえばそうだね」
「更に言えば筆者の別作品の『魔王に捨てられた剣を振るのはパーティに捨てられた勇者(仮)』という小説にも同様の設定が見られるでござる」
「…」

 シオーナの妄言を聞き流したメロディアだったが、八英女全員から発せられる雰囲気の違いは見て見ぬふりができなかった。

 依然として魔性は感じられるものの、今日までの彼女らのそれと比べれば清純も同然だ。

 メロディアの胸は高鳴っていたのだが、あくまでも平静を装ってみた。

「どうやら僕の父は勇者だったみたいですね」

 皮肉めいたジョークを飛ばす。すると八英女は皆が聖女のように微笑み返して来た。

「はい。正しく勇者でした」
「本人は違うと言うが、確かに救ってもらった」
「ま、そこがスーらしいけどな」
「確かにそうですね」
「それにメロディア君にもご迷惑とご心配を掛けました」
「図々しいけどさ、コレを機にアタイ達ともやり直してくれると嬉しかったり」
「右に同じ。これまでの恥辱は雪がせて頂きたい」
「差し出がましいですが、私達に名誉挽回の機会を」

 凛とした眼差しを、そして英雄としての気高さを見せ付けられた事でメロディアは珍しく気圧された。しかしそれを押して余りある嬉しさがこみ上げてくる。

 物心ついた頃から憧れていた歴史上の英雄とようやく相見える事が叶ったのだ。十代の年相応の感動を覚えて何が悪いこともない。

「ほ、ホントに完全復活したんですね、皆さん」
「ええ。メロディア君、改めてあなたが憧れていた八英女が一人、正真正銘の竜騎士ドロマーとしてご挨拶させてください」
「…なら物は試しに」
「え?」

 半信半疑に加え、好奇心も出ていたメロディアは恥を忍んでドロマーを試した。具体的には全力でショタっ子を演じたのだ。

「お姉ちゃん、大好き♡」
「ぬわーーっっ!」

 ドロマーは眉間にシワを寄せ、身悶えをした。パパスの断末魔を上げながら。その様はどう考えたって必死に襲いかかりたい衝動を我慢している。

「ギリギリじゃねーか」
「お待ちください。あのドロマー姉さまが性衝動の我慢を覚えたのです。これは猿が二足歩行を始めた程の快挙でございませんか?」
「そのフォローはどうなのだ…?」

 レイディアントは呆れたようにこめかみを押さえた。しかしドロモカの言う事も一理ある。欲望をコントロールできるようになったというのは真人間の証だろう。

 メロディアもそれ以上の追求や言及はせず、単純に八英女の復活と妙に晴々としている母の事をお祝いした。

 そしてブランチを振る舞いながら今日の夕飯の事を伝えた。

「で、皆さん。今日の夕飯を僕にご馳走させてください」
「今もご馳走になってるけど…」
「そうじゃなくて勇者スコアと八英女と魔王ソルディダが真に和解したことについてですよ。本当なら歴史的瞬間ですけど、今更魔王も八英女も生きてました…なんて公表できないでしょ?」
「まあ、良く考えなくても混乱を招きますね」
「大々的にできませんが二人の息子として、そして八英女のファンとしては是が非でもお祝いしたいんです!」

 目を爛々と輝かせているメロディアを見ると決してノーとは言えない。そもそも断る程の理由も見つからない。強いて言うならばスコアとトーノはこういう時くらいは親らしい事をしてやりたいという寂しさ、八英女らはこれまでの事を思うとむしろ自分たちが持て成しをしたい葛藤があった。

 それをメロディアに伝えると彼は「んー」と微かな唸り声を出した。

「なら父さんと母さんと皆さんにお願いしたい事が…」
「何でありんすか?」
「こんな日くらい我儘を言ってくれ」
「是非とも会わせたい人がいるんです。今日の夕飯に呼ぶんでお相手してくれますか?」
「そりゃあもちろん…」
「誰でありんす? そんな含んだように言うにはわっちらも知らぬ御方かや?」
「リトムって女の子。女の子って言っても僕より若干年上だけどね。スラムに住んでる吸血鬼なんだけど魔王を崇拝してて、前々から会いたがってるんだ。魔族だから八英女が悪堕ちしてるってのは話っちゃった。あとどうせバレるから言っておくけど、僕の恋人だからよろしく」
「待って待って待って。情報が多い!」

 スコアは目に見えて狼狽した。ところがそれに反してトーノと八英女はキラキラと目を光らせていた。まるでうら若き乙女のように黄色い声を上げてはメロディアに詳細を聞いて来た。

「いつです? いつからのお付き合いです?」
「…まだ一年経ってない程度ですかね」
「おおっ!? 結構続いてんじゃん」
「ヤッバ! 可愛い系? 美人系?」
「…どっちかと言えば美人かな」
「まあ! メロディア君ったら早速惚気話ですか?」

 と、メロディアを置き去りにしてきゃいきゃいと盛り上がって行く。

 それとは反対にメロディアは偉く冷静になっていくばかりだ。

「なんか盛り上がり方が怖いんですけど」
「将来我が娘になるかもしれん女の子だ。気にもなるでしょう」
「は? 娘?」
「そうですよ。昨晩に色々ありまして、ボク達はこの度めでたくスコアお兄ちゃんと結ばれましたから。つまりメロディア君にとってボク達は継母」
「ともすればメロディア殿の結婚相手とは拙者らの娘も同然」
「結婚と同時に息子と娘が出来ようとは、人生は奥深いものでございます」
「うむ。わっちに遠慮することはない。八人ともママと呼んでやれ」
「呼ばねーよ!」

 メロディアは声を荒げた。全員と結婚するなんて事をまるで予想していなかったからだ。いや、頭の何処かではこうなりそうとは思っていたのに目を背けていただけかも知れない。

 いずれにしても母親呼びするつもりは毛ほどもわかない。

「というか、母さんはそれでいいのか!? 酷なようだけどやってることは複数又の不倫だよ!?」
「腐ってもサキュバス、インモラルな程に燃えるのが性でありんす。それにメロディアには黙っていた事が…」
「な、何?」

 改まって真剣な表情をされたことでつい尻込みをしてしまう。

 そんなメロディアにトーノは毅然として言葉を紡ぐ。

「黙っていんしたが実はわっちは…NTR好きでありんす」
「おい、やめろ。母親にアブノーマルな性癖を暴露される十四歳男子がどんな感情を抱くと思ってんだ、コラ」
「昔から英雄、色を好むと言う。つまりはお主の父親が真に勇者であることの証と言えなくもない」
「いや~」
「…」

 スコアは照れ臭そうに頭を掻いた。

 その能天気な様を見るとメロディアは何だかどうでも良くなってしまう。そもそもこの面子を捕まえて常識だ、倫理だを説くほうがバカバカしく思えてくる。

 そして。

 何よりも当人たちが例外なく幸せそうなオーラを出しているのだから、自分がとやかく言う権利はないと結論を導き出してしまった。
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