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勇者と魔王の帰還

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 魂の叫びをこだまさせたメロディアはふとファリカの事が目に入った。その瞬間、天啓としか言えない妙案を思いついたのである。

「そうだ、ファリカさん!」
「うぇ!?」
「以前、蛇の体を変身させた時に使っていた魔法陣ありますよね。アレを応用すれば父さんの姿を元に戻せるんじゃないでしょうか」
「あ、確かに。少なくとも見た目は変えられますね」
「貸してください。術式を父さん用に組み直してみますので」
「了解です!」
「えー、このままでも良かろうものを…」
「母さんは黙ってて!」

 メロディアは少女スコアとファリカの手を引くと風のように駆け出した。部屋に置いてあった件の魔法陣をふんだくるように借りると急いで父と二人で自分の部屋に入っていた。

 口を挟む余地さえなかったファリカはすごすごと下の階へと降りていくことしかできない。

 しかし彼にはそんな事を気にしている余裕はまるでなかった。少女スコアをベットに座らせると、急いで式を書き直し始めたのだ。

 そんな息子の姿を見るとスコアは申し訳無さと不甲斐なさと情けなさを掛け合わしたような声を出す。

「色々と悪いな、メロディア。ただでさえ一人にしたりしているのに」
「…いいよ。とりあえず生きててくれたんだから」
「ああ…それにその…」
「八英女の事?」
「黙っててすまない。まさかこんな事になるとは」
「そりゃ誰も予想できないって。父さんが言いたくない理由もはっきりと分かったしね」

 これまでの珍道中を思い出ししたメロディアは苦虫を噛み潰したような顔になる。むしろ黙っていて、悪堕ち以前の話をしてくれたことが何よりも嬉しい。

 それと同時に思う。頑なに彼女たちの事を秘していたのは、何れはどうにかしようと思っていたからだと。メロディアは二人きりになったのを良いことに、今まで思うだけに留めていた事を聞いた。

「ねえ、父さん。ずっと思ってたんだけど」
「ん?」
「母さんとの馴れ初めって半分嘘でしょ?」
「…な、何が?」
「二人して一目惚れだったって聞かされたけどさ、一目惚れしたのは母さんだけ。父さんは別。ドロマーさん達の話を考えるとそうはならないもの」
「…」
「流石に今も好きじゃないとは思わないよ。少なくとも僕がいるって事は、出会いは置いといても今はキチンと好きなんだろうから」
「お前には敵わないな」
「当然でしょ。僕はね、勇者と魔王の息子なんだからね」

 そう言うと部屋の中に少しだけ朗らかな笑い声が響いた。その笑いが収まると、スコアは深く息を吸ってから覚悟を決める。

「お前の言う通りだ。アイツらを封印した後に俺は玉座に向かって母さんと対峙した。その時は既に俺に殺される覚悟を持ってただ無防備に座っていた。そしたら急に身の上話を始めてな…八英女を悪堕ちさせるのによっぽど魔力と体力を消耗したらしくて、アイツらが負けたなら自分も死ぬつもりでいたそうだ」

 スコアは当時を振り返りながらゆっくりと真実を語る。

 ◇

 当時の魔界は、内紛や飢餓で存亡の危機にあったそうだ。そこで魔王の忠臣たちが人間界に問題解決の糸口を求めた。古文書によればかつて人間界と魔界とはポータルによって自由な行き来ができていたらしい。

 ところが原因は不明だがそのポータルが突如として閉じ、二つの世界が断絶されたのだ。

 魔王には信頼の置ける十人の忠臣と幾重にも協議を重ね、和平交渉を念頭に入れた上でポータルの修繕を開始した。

 だが、実際にポータルを開けてからは予想だにしない出来事が起こったのである。

 人間界にはかつてポータルが閉じた時に魔界に戻りそこねた魔族達が絶望から理性を失い、魔獣と化して人々を襲い恐れられていた。猛威を振るう魔獣の起源が魔界にあることは歴史から証明されており、突如としてその大元の魔界から現れた魔王たちは侵略者と誤解された。

 一人二人の誤解であれば、交渉によって難を逃れられたかも知れない。

 しかしながら個人はおろか一国の王までもが魔族に対しての疑心暗鬼を払拭できず、一方的な交戦をけしかけられた。一度戦いが始まってしまっては魔王も統治者として振る舞う他ない。こうして双方が大義を持たぬままに戦いの火蓋が切って落とされ、戦禍は隣国にまで派生するといつの間にか魔界対ムジカ大陸の構図が出来上がってしまっていたのだ。

 和睦を望んでいた魔王にとってそれは深く心を傷つけた。けれどもそれ以上に彼女の精神を壊す事が起こってしまった。

 魔王が長年に渡り信頼し続けてきた十人の忠臣が人間界との戦争の責任を全て魔王に押し付けたばかりか、その機に乗じて玉座を奪うべく謀反を企てていたのである。

 その事に気が付いた魔王は自分でも驚くほど冷酷に、忠臣たちを始末するかを考え出したのだという。魔王が自分の残忍さを自覚すると、虚無感と同時に勇者に対して強い怨嗟を抱くようになった。自分だけがこれだけ多くの物を失っていると言うのに、勇者は八人の仲間たちに囲まれ、世界からも求められ自分を殺そうとしている。

 魔王はそこで暗い欲求を自覚した。

 自分が信頼していた者に裏切られたとあれば、勇者にも同じく仲間に裏切られる悲痛さを味わわせて然るべきだと。

 こうして何はなくとも八英女を魔に堕とすことにだけ固執するようになった結果、八英女はラーダを皮切りに全員が悪堕ちしたというわけだ。ただ、そうなってもスコアを思う気持ちは歪みこそすれ反転することはなかった。

それも魔王にとっては絶望だった。自分にはそこまでの思いを持ち続けられる仲間ができることはないのだろう、と。

 魔王は八英女を封印によって退けた勇者を前に、自分の想いを全て吐露した。こうなってはせめて勇者に後味の悪さを押し付けて落命するくらいしか自らの鬱憤を晴らす術がなかったのである。

 しかし、ここでも誤算があった。

 勇者はそんな話を聞かされた後で感情に任せて剣を振るう男ではなかったという点だ。

 その時のスコアは既に八英女を封印してしまっていた。命を落とした訳でないせよ、スコアにとっては半身を失ったのと同じ程の心理的ショックを受けていたことは紛れもない事実だ。

 それでもスコアは剣を引いた。魔王を殺さずとも戦いが終わるのであれば、剣を振り下ろす理由がない。せめてこの話を封印術を行使する前に聞きたかったと、スコアは自分の背負っている運命の悪戯を呪った。

 ◇
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