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勇者と魔王の帰還

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 すっかりと変貌したレイディアントを初めて目の当たりした魔王は少しだけ戸惑いの色を見せつつも、優しく彼女を撫でていた。

 本物の母性に包まれ多幸感に包まれつつも、レイディアントの深層心理は複雑だ。

 恐らくはスコアか八英女達からこの悪癖について聞き及んだ事はわかるが、この甘え癖は相手に悪意や敵意を感じないからこそ顕現することを誰よりも知っている。つまりは少なくとも現状では親愛の念を向けられている何よりの証。

 いつぞやのドロマーの言葉がレイディアントの頭の中に反響していた。

「ふふふ。愛い奴じゃ、メロディアは増せていてすぐにわっちの手から離れてしまったからのう」

 魔王の放つ聖母のような雰囲気に圧されつつ、残りの七人もようやく平静というか、突然の再会による衝撃をなだめて普通に話すことができるくらいには落ち着けた。

 かつては敵対し、そして自分たちを魔道に引きずり込んだ張本人。その上スコアという想い人と添い遂げたという恋敵とも言える存在だ。

 はなから敵対心を燃やしていたレイディアントとは違い、七人の胸中にはとてもじゃないが形容できない複雑な感情が溢れんばかりだった。

 しかし。やっとのことで落ち着いて話ができるかも知れないというタイミングでメロディアが戻ってきた。

 短時間のウチに軽食とツマミになるようなものを拵えるのは流石の一言で、酒もこの人数には不釣り合いなほど多い。だがメロディア本人は呑兵衛の母と八英女の事を思うと、これでも足りないと考えていた。

 そうして一頻りの支度が終わるとその場の面々はぎこちなさを感じながらも食卓に着いた。

「でさ、母さん」
「ん?」
「そろそろ教えてよ。父さんは? あとこの子はどうしたの?」
「…そうじゃな。隠し通せるでなし、正直に伝えるが…良いかや?」

 魔王は何故か麦わら帽子の少女に許可を得た。少女も少女で観念したような神妙な面持ちでコクリと頷く。

 そして魔王は徐ろに語り始めた。

「良いかメロディア、そして八英女。心して聞け。勇者スコアは……死んだ」

 その刹那、メロディアは飲みかけていたコップの水を盛大に吹き出して、珍しくも噎せ返った。

「はあ!?」

 魔王の突然の告白によるショックは当然八英女も受けていた。

 予期せぬ再会と予期せぬ訃報とで八人の頭は混乱を遥かに通り越した状態になる。傍目には落ち着き払っている様に見えても、眼の前の景色すら映っていなかった。

 その様子を見て見ぬふりをして魔王は言葉を続ける。

「わっちらは最後にパンクー帝国を訪れておった。敏いお主らならパンクー帝国と聞いてある程度の事は想像できるじゃろう?」
「…パンクー帝国か」 

 このクラッシコ王国の隣国だ。千年以上の歴史を持ち、他ならぬクラッシコ王国から独立して建国されたという史実がある。

 絵に描いたような中央集権制の国家であり、何よりも武力を重んじる国民性を有している。かつて魔王が存在し、侵攻してくる魔族との戦いでは近隣諸国の希望の星として立ち振る舞っていたのだが、勇者に魔王を討たれ敵を失った現在では魔族との戦争時に培われた武力兵団や戦争ありきの経済活動が自国を圧迫して内部崩壊の危機に晒されている。

 その余した力と武器との活用法として他国に戦争を持ちかけるのではないかと実しやかに囁かれもしている。

 故にパンクー帝国の上層階級の者たちは魔王を討った勇者スコアを快く思っていないきらいがある。

 和平交渉の為に勇者スコアがクラッシコ王国の使者と共にパンクー帝国を訪ねると、必ずと言っていいほど大小様々な小競り合いが起きると、メロディアも聞き及んでいた。

 こう聞かされると嫌な予感は妙な現実味を帯びてくる。

「今回は各所を回る一環での挨拶だったのじゃが、奴さんの目にはついでに映ったようでな。言いがかりのような難癖を付けられた。あまつさえ…」

 鮮明にその時の事を思い出した魔王はギリッと歯をこすった。

「会食の席で一服盛られたのじゃ」
「…なっ!?」
「毒…というよりも呪いじゃな。食っただけではないも起こらん。故に油断した。ある薬草を煮出した汁に呪いを掛け、料理とともにスコアの体の中にいれる。次に別の呪いを掛けた場所に踏み入ったところで式が発動する仕掛け。その呪詛のトリガーを来賓用の寝室に掛けられてありんした」
「…」

 メロディアと八英女はありありとその様を想像した。ベットの上で悶える勇者スコアの姿を。

 いつしかその場の全員が込み上げてくる怒りにわなわなと震え出していた。

 誰が物言わずとも、皆の心は定まっているのを感じる。冷たく、慈悲の一切を捨てた眼差しを静かに作っていた。

 その時だ。

 例の麦わら帽子の少女がピョンっと飛び上がり、魔王の頭にチョップをかましたのだ。
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