152 / 163
勇者と魔王の帰還
13-4
しおりを挟むすっかりと変貌したレイディアントを初めて目の当たりした魔王は少しだけ戸惑いの色を見せつつも、優しく彼女を撫でていた。
本物の母性に包まれ多幸感に包まれつつも、レイディアントの深層心理は複雑だ。
恐らくはスコアか八英女達からこの悪癖について聞き及んだ事はわかるが、この甘え癖は相手に悪意や敵意を感じないからこそ顕現することを誰よりも知っている。つまりは少なくとも現状では親愛の念を向けられている何よりの証。
いつぞやのドロマーの言葉がレイディアントの頭の中に反響していた。
「ふふふ。愛い奴じゃ、メロディアは増せていてすぐにわっちの手から離れてしまったからのう」
魔王の放つ聖母のような雰囲気に圧されつつ、残りの七人もようやく平静というか、突然の再会による衝撃をなだめて普通に話すことができるくらいには落ち着けた。
かつては敵対し、そして自分たちを魔道に引きずり込んだ張本人。その上スコアという想い人と添い遂げたという恋敵とも言える存在だ。
はなから敵対心を燃やしていたレイディアントとは違い、七人の胸中にはとてもじゃないが形容できない複雑な感情が溢れんばかりだった。
しかし。やっとのことで落ち着いて話ができるかも知れないというタイミングでメロディアが戻ってきた。
短時間のウチに軽食とツマミになるようなものを拵えるのは流石の一言で、酒もこの人数には不釣り合いなほど多い。だがメロディア本人は呑兵衛の母と八英女の事を思うと、これでも足りないと考えていた。
そうして一頻りの支度が終わるとその場の面々はぎこちなさを感じながらも食卓に着いた。
「でさ、母さん」
「ん?」
「そろそろ教えてよ。父さんは? あとこの子はどうしたの?」
「…そうじゃな。隠し通せるでなし、正直に伝えるが…良いかや?」
魔王は何故か麦わら帽子の少女に許可を得た。少女も少女で観念したような神妙な面持ちでコクリと頷く。
そして魔王は徐ろに語り始めた。
「良いかメロディア、そして八英女。心して聞け。勇者スコアは……死んだ」
その刹那、メロディアは飲みかけていたコップの水を盛大に吹き出して、珍しくも噎せ返った。
「はあ!?」
魔王の突然の告白によるショックは当然八英女も受けていた。
予期せぬ再会と予期せぬ訃報とで八人の頭は混乱を遥かに通り越した状態になる。傍目には落ち着き払っている様に見えても、眼の前の景色すら映っていなかった。
その様子を見て見ぬふりをして魔王は言葉を続ける。
「わっちらは最後にパンクー帝国を訪れておった。敏いお主らならパンクー帝国と聞いてある程度の事は想像できるじゃろう?」
「…パンクー帝国か」
このクラッシコ王国の隣国だ。千年以上の歴史を持ち、他ならぬクラッシコ王国から独立して建国されたという史実がある。
絵に描いたような中央集権制の国家であり、何よりも武力を重んじる国民性を有している。かつて魔王が存在し、侵攻してくる魔族との戦いでは近隣諸国の希望の星として立ち振る舞っていたのだが、勇者に魔王を討たれ敵を失った現在では魔族との戦争時に培われた武力兵団や戦争ありきの経済活動が自国を圧迫して内部崩壊の危機に晒されている。
その余した力と武器との活用法として他国に戦争を持ちかけるのではないかと実しやかに囁かれもしている。
故にパンクー帝国の上層階級の者たちは魔王を討った勇者スコアを快く思っていないきらいがある。
和平交渉の為に勇者スコアがクラッシコ王国の使者と共にパンクー帝国を訪ねると、必ずと言っていいほど大小様々な小競り合いが起きると、メロディアも聞き及んでいた。
こう聞かされると嫌な予感は妙な現実味を帯びてくる。
「今回は各所を回る一環での挨拶だったのじゃが、奴さんの目にはついでに映ったようでな。言いがかりのような難癖を付けられた。あまつさえ…」
鮮明にその時の事を思い出した魔王はギリッと歯をこすった。
「会食の席で一服盛られたのじゃ」
「…なっ!?」
「毒…というよりも呪いじゃな。食っただけではないも起こらん。故に油断した。ある薬草を煮出した汁に呪いを掛け、料理とともにスコアの体の中にいれる。次に別の呪いを掛けた場所に踏み入ったところで式が発動する仕掛け。その呪詛のトリガーを来賓用の寝室に掛けられてありんした」
「…」
メロディアと八英女はありありとその様を想像した。ベットの上で悶える勇者スコアの姿を。
いつしかその場の全員が込み上げてくる怒りにわなわなと震え出していた。
誰が物言わずとも、皆の心は定まっているのを感じる。冷たく、慈悲の一切を捨てた眼差しを静かに作っていた。
その時だ。
例の麦わら帽子の少女がピョンっと飛び上がり、魔王の頭にチョップをかましたのだ。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
異世界災派 ~1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す~
ス々月帶爲
ファンタジー
元号が令和となり一年。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。
対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。
これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。
防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。
損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。
派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。
其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。
海上自衛隊版、出しました
→https://ncode.syosetu.com/n3744fn/
※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。
「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。
→https://ncode.syosetu.com/n3570fj/
「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。
→https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~
尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。
だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。
全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。
勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。
そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。
エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。
これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。
…その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。
妹とは血の繋がりであろうか?
妹とは魂の繋がりである。
兄とは何か?
妹を護る存在である。
かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる