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メロディアの仕事5
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◇
「それじゃあ残りも気合い入れて行くよ!」
リンダイの気合いのこもった声が厨房に響き渡る。スタッフはメロディアたちを除いても十数人いた。最初は八英女たちの姿に奇異の目を向けてはいたものの、リンダイが一言添えてくれたお陰で文句をつける者はいなかった。
いよいよ仕事開始となったが、メロディアとミリーを除いた残りの七人は多少なりとも料理の心得はあったものの、やはり前述の二人に比べれば児戯程度のことしかできず洗い物や皮剥きなどの下処理に回された。
「お任せください。皮を剥くの大得意ですから! 皮を剥くのは!」
「…」
そんなことを恥ずかしげもなく言って作業に加わっていった面々だったが、メロディアはいつも通りの様子であることに安心し、そして安心してしまった自分に軽い絶望感を覚えていた。
料理に覚えがないとは言え、そこは歴戦の武勇を飾る八英女だ。既に宿舎で働き始めている賄い人の仕事を容易に目で盗み次々と仕事をこなしていく。一芸に秀でるは多芸に秀ずとはよく言ったものだ。
そして包丁を持てない七人がそこまでの活躍を見せたということは、勇者パーティの台所として活躍してきたミリーの手際と働きぶりの凄さは想像に難くないだろう。
更にメロディアも加わった「ミューズ」の面々の仕事の早さを目の当たりにした他の賄い人達の中には手を止めて唖然とするしかない者までいた。が、数人の仕事の遅れなどはまるで問題になっていなかった。
下拵えや残っていた洗い物など済ませても賄い人が全員でお茶を飲めるくらいの猶予は生まれてしまう。皆が口々に「まさか休憩ができるとは思わなかった」と言いながら、食堂に移動してしばしの憩いを楽しんでいた。
その時の事だ。
バンっとけたたましい音と共に扉が荒々しく開かれた。そうして一人の柄の悪い男が入ってくる。格好から推察するに訓練中の新兵なのは伺い知れるが、その人相は町のチンピラと思った方がしっくりとくる。男は食堂には誰もいないと高を括っていたのか、賄い人達が大勢いる事に少し驚いたようだった。が、すぐにニヤッと厭らしい笑みを浮かべて嫌味を述べてきた。
「おいおい。こんなにのんびりしてて夕飯に間に合うのか? それとも今日は只でさえ不味い飯を手抜きすんのかな?」
そう言いながらツカツカと歩み寄ってくる。そしてわざわざ人が大勢いるところを狙ってやって来て絵に描いた横柄さで席を奪い取った。
「? 何ぼさっとしてんだよ。俺にも茶の一杯くらい寄越せよ」
「ならお茶をくれの一言くらい言ったらどうだい?」
「バカか。ここは食堂だぞ? ここに来る理由なんて飯食うか水飲むかしかねえだろ。飯の時間じゃないってことは喉が乾いているんだなって察せ…る訳ねえか。こんなところでしか働いたことのねえ底辺どもじゃ」
「…」
「俺が悪かった。喉が乾いたから何か飲み物、後ついでに小腹が空いたから食える物も」
男はジロッと睨みを聞かせた。隣にいた町娘が短く悲鳴を上げてはすぐに言われた通りに動こうとした。しかしリンダイはそれを手で制止する。
「あ?」
「新兵は訓練中だろう? 油を売ってないで演習場に戻った方がいいんじゃないのかい、ソアド」
ソアドと呼ばれた男はこれでもかと嫌味ったらしく大きな溜め息を吐いた。
「マッジで想像力ないのな。終わったからこっちに来たんだろうが」
「終わった?」
「そ。今日は模擬戦があったんだけど、十数人のしちまったらストップが掛かったんだよ。新入りの中じゃ誰も俺の相手が務まれないって言われて早抜けしてきたの」
それは協調性なく暴れたから体よく追い払われたのでは? とメロディアは出掛かった言葉を飲み込んだ。町中ならいざ知らず、この場で余計な騒動を起こしたくはない。
けれどもこのまま居つかれても迷惑だ。
粗方仕事は終わっていることだし、もう自分と八英女が抜けてもいいだろう。メロディアはチラリと八人に目配せをしてこの場を納めようとアイコンタクトした。すると全員が短く頷き、早速ラーダが動いてくれた。
「お強いんですね、ソアド様は」
「え?」
「よろしければ向こうでお話など聞かせていただけませんか?」
「…あんたは?」
「あはっ、申し遅れました。ラーダと言いまして今日から賄い人として働いています。お見知りおきくださいませ」
その手の漫画に出てくるメイドのように分かりやすく傅くラーダを見たソアドは、やはりその手の漫画に出てくるキャラのように厭らしく笑った。
まるで品定めをするようにラーダを視線で犯す。
「へえ、ここの食堂にもようやく賢い女中が入ったんだな」
「ふふふ、お話を聞きたいのはアタイだけでないようですぜ」
「は?」
すると賄い人の間をスルリと抜け出て残りのミリーがソアドに歩み寄った。黙ってさえいれば美人の八英女を目の前に、ソアドは流石に少しの狼狽を見せる。
その隙をついてラーダとミリーが左右から両の腕を取って移動し始めた。
「さあさあソアド様。あーし達のお相手してくださいよ」
「あ、え、ああ」
「という訳でソアド様のお世話をさせて頂きたく思いますので、厨房の事は一旦はお任せいたします」
「いいんだよ、許可なんか貰わなくって」
そうしてメロディア公認の玩具を見つけた八英女たちは含み笑いを隠しつつ、ソアドを別室に連れて行く。
流石に手放しにはできないし、メロディアもメロディアであの横柄な態度には思うところがあったので、いつの間にか用意したティーセットを手にして最後尾をついていく。
「邪魔されても癪ですし、少しお相手をしてきます」
ソアドの素行の悪さを知り、メロディアの経歴を知らない賄い人達はざわつく。どうしても良い未来が見えないのだから。
しかし唯一事情を知っているリンダイは心底ほっとした様子で答えた。
「すまないね、いつもいつもトラブルを任せて」
「気にしなくて大丈夫です。すぐに戻って仕事に戻りますんで」
「そっちこそこちらの事は気にしないでいいよ。二、三発ぶん殴るくらいならアタシが許すからね」
まるで母親みたいな言い回しにクスッと笑ったメロディアは急いで八英女とソアドを追いかけた。
「それじゃあ残りも気合い入れて行くよ!」
リンダイの気合いのこもった声が厨房に響き渡る。スタッフはメロディアたちを除いても十数人いた。最初は八英女たちの姿に奇異の目を向けてはいたものの、リンダイが一言添えてくれたお陰で文句をつける者はいなかった。
いよいよ仕事開始となったが、メロディアとミリーを除いた残りの七人は多少なりとも料理の心得はあったものの、やはり前述の二人に比べれば児戯程度のことしかできず洗い物や皮剥きなどの下処理に回された。
「お任せください。皮を剥くの大得意ですから! 皮を剥くのは!」
「…」
そんなことを恥ずかしげもなく言って作業に加わっていった面々だったが、メロディアはいつも通りの様子であることに安心し、そして安心してしまった自分に軽い絶望感を覚えていた。
料理に覚えがないとは言え、そこは歴戦の武勇を飾る八英女だ。既に宿舎で働き始めている賄い人の仕事を容易に目で盗み次々と仕事をこなしていく。一芸に秀でるは多芸に秀ずとはよく言ったものだ。
そして包丁を持てない七人がそこまでの活躍を見せたということは、勇者パーティの台所として活躍してきたミリーの手際と働きぶりの凄さは想像に難くないだろう。
更にメロディアも加わった「ミューズ」の面々の仕事の早さを目の当たりにした他の賄い人達の中には手を止めて唖然とするしかない者までいた。が、数人の仕事の遅れなどはまるで問題になっていなかった。
下拵えや残っていた洗い物など済ませても賄い人が全員でお茶を飲めるくらいの猶予は生まれてしまう。皆が口々に「まさか休憩ができるとは思わなかった」と言いながら、食堂に移動してしばしの憩いを楽しんでいた。
その時の事だ。
バンっとけたたましい音と共に扉が荒々しく開かれた。そうして一人の柄の悪い男が入ってくる。格好から推察するに訓練中の新兵なのは伺い知れるが、その人相は町のチンピラと思った方がしっくりとくる。男は食堂には誰もいないと高を括っていたのか、賄い人達が大勢いる事に少し驚いたようだった。が、すぐにニヤッと厭らしい笑みを浮かべて嫌味を述べてきた。
「おいおい。こんなにのんびりしてて夕飯に間に合うのか? それとも今日は只でさえ不味い飯を手抜きすんのかな?」
そう言いながらツカツカと歩み寄ってくる。そしてわざわざ人が大勢いるところを狙ってやって来て絵に描いた横柄さで席を奪い取った。
「? 何ぼさっとしてんだよ。俺にも茶の一杯くらい寄越せよ」
「ならお茶をくれの一言くらい言ったらどうだい?」
「バカか。ここは食堂だぞ? ここに来る理由なんて飯食うか水飲むかしかねえだろ。飯の時間じゃないってことは喉が乾いているんだなって察せ…る訳ねえか。こんなところでしか働いたことのねえ底辺どもじゃ」
「…」
「俺が悪かった。喉が乾いたから何か飲み物、後ついでに小腹が空いたから食える物も」
男はジロッと睨みを聞かせた。隣にいた町娘が短く悲鳴を上げてはすぐに言われた通りに動こうとした。しかしリンダイはそれを手で制止する。
「あ?」
「新兵は訓練中だろう? 油を売ってないで演習場に戻った方がいいんじゃないのかい、ソアド」
ソアドと呼ばれた男はこれでもかと嫌味ったらしく大きな溜め息を吐いた。
「マッジで想像力ないのな。終わったからこっちに来たんだろうが」
「終わった?」
「そ。今日は模擬戦があったんだけど、十数人のしちまったらストップが掛かったんだよ。新入りの中じゃ誰も俺の相手が務まれないって言われて早抜けしてきたの」
それは協調性なく暴れたから体よく追い払われたのでは? とメロディアは出掛かった言葉を飲み込んだ。町中ならいざ知らず、この場で余計な騒動を起こしたくはない。
けれどもこのまま居つかれても迷惑だ。
粗方仕事は終わっていることだし、もう自分と八英女が抜けてもいいだろう。メロディアはチラリと八人に目配せをしてこの場を納めようとアイコンタクトした。すると全員が短く頷き、早速ラーダが動いてくれた。
「お強いんですね、ソアド様は」
「え?」
「よろしければ向こうでお話など聞かせていただけませんか?」
「…あんたは?」
「あはっ、申し遅れました。ラーダと言いまして今日から賄い人として働いています。お見知りおきくださいませ」
その手の漫画に出てくるメイドのように分かりやすく傅くラーダを見たソアドは、やはりその手の漫画に出てくるキャラのように厭らしく笑った。
まるで品定めをするようにラーダを視線で犯す。
「へえ、ここの食堂にもようやく賢い女中が入ったんだな」
「ふふふ、お話を聞きたいのはアタイだけでないようですぜ」
「は?」
すると賄い人の間をスルリと抜け出て残りのミリーがソアドに歩み寄った。黙ってさえいれば美人の八英女を目の前に、ソアドは流石に少しの狼狽を見せる。
その隙をついてラーダとミリーが左右から両の腕を取って移動し始めた。
「さあさあソアド様。あーし達のお相手してくださいよ」
「あ、え、ああ」
「という訳でソアド様のお世話をさせて頂きたく思いますので、厨房の事は一旦はお任せいたします」
「いいんだよ、許可なんか貰わなくって」
そうしてメロディア公認の玩具を見つけた八英女たちは含み笑いを隠しつつ、ソアドを別室に連れて行く。
流石に手放しにはできないし、メロディアもメロディアであの横柄な態度には思うところがあったので、いつの間にか用意したティーセットを手にして最後尾をついていく。
「邪魔されても癪ですし、少しお相手をしてきます」
ソアドの素行の悪さを知り、メロディアの経歴を知らない賄い人達はざわつく。どうしても良い未来が見えないのだから。
しかし唯一事情を知っているリンダイは心底ほっとした様子で答えた。
「すまないね、いつもいつもトラブルを任せて」
「気にしなくて大丈夫です。すぐに戻って仕事に戻りますんで」
「そっちこそこちらの事は気にしないでいいよ。二、三発ぶん殴るくらいならアタシが許すからね」
まるで母親みたいな言い回しにクスッと笑ったメロディアは急いで八英女とソアドを追いかけた。
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