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堕ちた魔法拳闘士
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突如としてミリーがどす黒く、それでいて強大無比な魔力を発したからだ。それは爆弾のように拡散し、周囲の残骸もろともメロディアを大きく吹き飛ばした。寸でのところで後ろに飛び退いていた彼はその勢いを殺して、何とか着地することはできた。
鍋釜が吹き飛んだとか、半壊で済んでいた家が完全に倒壊したとか思うことは色々あったが、まずは目の前の脅威に対応しなければならない。
闇よりも黒い魔力の煙が徐々に収まるとミリーらしき誰かが現れた。姿形はさっきまで対峙していた彼女のそれと同じなのにまるっきりの別人が立っている。
髪は魔力と同じく真っ黒に染まり、両目は紫色の眼光を放っており、冒険家仕様になっていた拳法着も妖艶な魅力を醸し出す黒のチャイナ服になっている。スリットの隙間からはニーソックスに仕立てられたアーマースキンが見えた。
それよりも何よりも全身から発せられる殺気と魔力が尋常ではない。わざわざ確認するまでもなく破壊と殺戮を求めている者の気配だった。それを感じ取ったのか、近くの森にいた動物達がこぞって逃げ出すのが雰囲気で伝わってくる。
変身した、と言葉で言うのは単純だったが変化の落差がありすぎて理解が追い付かない。
「驚いたか? スコアのガキ」
「…一応確認しますけど、ミリーさんですよね?」
「ああ。正真正銘、あーしが八英女の一人、音無しのミリーだよ。ついさっき聞いてきただろ? 堕落したはずのあーしから魔族の気配が漂ってこないって。今はどうだ?」
「漂いすぎて痛いくらいです」
唖然とするメロディアを見たミリーは「ククク」と愉快そうに笑い、鋭い犬歯を光らせた。そして自分の身に起こった堕落の経緯を話して聞かせてきた。
「ドロマーと会ったと言ったな? あーしのことはどこまで聞けたんだ?」
「レイディアントを除いた全員が堕ちていること、蜘蛛籠手のラーダが裏切ったこと、孤立無援の戦いを強いられた後に一人ずつ捕まり堕落させられたこと、くらいですね」
「ほとんど全部じゃねえか」
「そうでもないですよ。八英女個々人がどうやって堕ちたかは知りません。ただ父からは音無しのミリーは何よりも正義を信じ、弱者の為に拳を振るう戦士だったと聞かされてました。あなたは何がきっかけでそれを捨てたんです?」
「弱者の為に、ねえ」
そう呟きながら、ミリーは足元に這っていた一匹の虫を嗜虐的な笑みを浮かべながら踏み潰した。
「あーしとしては今も昔も堕ちたとは思っていないんだ。魔王様に力の本当の使い方を教えてもらったってだけでね」
「力の使い方?」
「ああ。魔王様には元々十人の幹部がいた。いずれも名うての精鋭揃いさ、全員ぶっ殺してやったけどな」
「…」
その話は知らない。そう言えば自分は母親が勇者スコアと出会う前にどんな暮らしをしていたのかほとんど知らない事をメロディアは思い出した。
「あーしは孤立した後に単身で捕まった仲間達を救出しに出向いた。ま、呆気なく捕まったんだけどよ。その時に魔王様から提案をされたのさ、十人の幹部と戦って勝つことができたらあーしら全員を見逃すってね」
「それで?」
「どの道戦わなければならない連中だ。そんな提案がなくても戦ってたさ。問題はその後。最初に戦った幹部の一人が負けそうになったときに命乞いをしてきた。そりゃ無様な土下座だったぜ」
「…」
「それを見たとき、あーしの中に味わったことのない快感と力が溢れてくるのを感じた。圧倒的な力で弱い奴を蹂躙して、ねじ伏せて、叩き潰すのが堪らなく気持ちいいんだ。その感情に気が付いたとき、あーしはこの姿になってた。そうして周りを見たら、残りの幹部の連中も死体になって転がってたよ」
その時の場面を思い出したのか、ミリーはひひひと不気味に笑った。
「魔王様は十人の部下と引き換えにあーしの本性を【覚醒】なさったのさ。圧倒的な暴力で全てを支配するためにな。現にあのスコアでさえ手玉に取れるくらいに強くなれた」
「けど、さっきのあなたは僕に逃げろと言った。つまり、あなたはその力を使うことを望ましく思っていないのでは?」
「ああ、表のあーしはそうみたいだな」
表? そう表現するってことは、彼女の中では別の人格として認識し合ってるってことか?
母さんの魔力と謀略によって生み出された後天的な二重人格、もしくは優越感を強調され力の制御が不能になっている…どっちも昔の母さんがやりそうな手法ではある。
しかしミリー本来の人格は力の暴走を恐れ、忌避しているきらいがある…なんだかハルクみたいな人だな、とメロディアはそんなことを考えていた。
ただ、ミリーが堕ちた原因と手段はさておき、今目の前にいる彼女が放ってくるプレッシャーと強大な魔力は本物だ。あれを拳や蹴りに乗せて撃たれたらマズイことになる。
鍋釜が吹き飛んだとか、半壊で済んでいた家が完全に倒壊したとか思うことは色々あったが、まずは目の前の脅威に対応しなければならない。
闇よりも黒い魔力の煙が徐々に収まるとミリーらしき誰かが現れた。姿形はさっきまで対峙していた彼女のそれと同じなのにまるっきりの別人が立っている。
髪は魔力と同じく真っ黒に染まり、両目は紫色の眼光を放っており、冒険家仕様になっていた拳法着も妖艶な魅力を醸し出す黒のチャイナ服になっている。スリットの隙間からはニーソックスに仕立てられたアーマースキンが見えた。
それよりも何よりも全身から発せられる殺気と魔力が尋常ではない。わざわざ確認するまでもなく破壊と殺戮を求めている者の気配だった。それを感じ取ったのか、近くの森にいた動物達がこぞって逃げ出すのが雰囲気で伝わってくる。
変身した、と言葉で言うのは単純だったが変化の落差がありすぎて理解が追い付かない。
「驚いたか? スコアのガキ」
「…一応確認しますけど、ミリーさんですよね?」
「ああ。正真正銘、あーしが八英女の一人、音無しのミリーだよ。ついさっき聞いてきただろ? 堕落したはずのあーしから魔族の気配が漂ってこないって。今はどうだ?」
「漂いすぎて痛いくらいです」
唖然とするメロディアを見たミリーは「ククク」と愉快そうに笑い、鋭い犬歯を光らせた。そして自分の身に起こった堕落の経緯を話して聞かせてきた。
「ドロマーと会ったと言ったな? あーしのことはどこまで聞けたんだ?」
「レイディアントを除いた全員が堕ちていること、蜘蛛籠手のラーダが裏切ったこと、孤立無援の戦いを強いられた後に一人ずつ捕まり堕落させられたこと、くらいですね」
「ほとんど全部じゃねえか」
「そうでもないですよ。八英女個々人がどうやって堕ちたかは知りません。ただ父からは音無しのミリーは何よりも正義を信じ、弱者の為に拳を振るう戦士だったと聞かされてました。あなたは何がきっかけでそれを捨てたんです?」
「弱者の為に、ねえ」
そう呟きながら、ミリーは足元に這っていた一匹の虫を嗜虐的な笑みを浮かべながら踏み潰した。
「あーしとしては今も昔も堕ちたとは思っていないんだ。魔王様に力の本当の使い方を教えてもらったってだけでね」
「力の使い方?」
「ああ。魔王様には元々十人の幹部がいた。いずれも名うての精鋭揃いさ、全員ぶっ殺してやったけどな」
「…」
その話は知らない。そう言えば自分は母親が勇者スコアと出会う前にどんな暮らしをしていたのかほとんど知らない事をメロディアは思い出した。
「あーしは孤立した後に単身で捕まった仲間達を救出しに出向いた。ま、呆気なく捕まったんだけどよ。その時に魔王様から提案をされたのさ、十人の幹部と戦って勝つことができたらあーしら全員を見逃すってね」
「それで?」
「どの道戦わなければならない連中だ。そんな提案がなくても戦ってたさ。問題はその後。最初に戦った幹部の一人が負けそうになったときに命乞いをしてきた。そりゃ無様な土下座だったぜ」
「…」
「それを見たとき、あーしの中に味わったことのない快感と力が溢れてくるのを感じた。圧倒的な力で弱い奴を蹂躙して、ねじ伏せて、叩き潰すのが堪らなく気持ちいいんだ。その感情に気が付いたとき、あーしはこの姿になってた。そうして周りを見たら、残りの幹部の連中も死体になって転がってたよ」
その時の場面を思い出したのか、ミリーはひひひと不気味に笑った。
「魔王様は十人の部下と引き換えにあーしの本性を【覚醒】なさったのさ。圧倒的な暴力で全てを支配するためにな。現にあのスコアでさえ手玉に取れるくらいに強くなれた」
「けど、さっきのあなたは僕に逃げろと言った。つまり、あなたはその力を使うことを望ましく思っていないのでは?」
「ああ、表のあーしはそうみたいだな」
表? そう表現するってことは、彼女の中では別の人格として認識し合ってるってことか?
母さんの魔力と謀略によって生み出された後天的な二重人格、もしくは優越感を強調され力の制御が不能になっている…どっちも昔の母さんがやりそうな手法ではある。
しかしミリー本来の人格は力の暴走を恐れ、忌避しているきらいがある…なんだかハルクみたいな人だな、とメロディアはそんなことを考えていた。
ただ、ミリーが堕ちた原因と手段はさておき、今目の前にいる彼女が放ってくるプレッシャーと強大な魔力は本物だ。あれを拳や蹴りに乗せて撃たれたらマズイことになる。
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