上 下
94 / 163
堕ちた魔法拳闘士

4ー3

しおりを挟む
「気を付けて行ってきてくださいね」

 そうして細かな指示を出し終えるとメロディアは二人に見送られつつ、店を出た。道中で騎士団の駐屯所に立ち寄ると先発調査の報告、もとい事件が解決したことを報告した。

 まさかこの短期間で事件解決までこぎ着けるとは思っていなかった騎士団は大いに喜んだ。尤もレイディアントの身元を預かっている手前、大分事件と犯人像を脚色したのだが。ともあれ平和的に解決したのは間違いないので良しとした。

 メロディアは騎士団の倉庫から木杭と木の板をもらうと、注意書きを認めた。誰がか森の自宅を訪ねてきたときに街の方へ来て貰うためだ。屋台が潰れ、食堂を再開することを伝えると彼は駐屯所を後にする。この騎士団に宣伝すれば、自ずとクラッシコ王国の城下町に情報が伝わることだろう。

 やがて思い付いていた用事をすべて済ませた彼は看板を肩に担いで城下を出た。

 こうして家が破壊されるのは初めてのことじゃない。魔獣や腕試しが目的の冒険者に家を襲われることは儘あることだったのだ。

 そんな事を懐かしみながら、メロディアは半壊した家へ辿り着く。すると妙なことに気がついた。

 誰もいないはずの倒壊した家の敷地から煙が出ていた。火事でないことはすぐにわかった。きな臭さはまるでない。むしろ森の中に漂ってくるのはとても美味しそうな料理の香りだった。

「誰か…来ているのか?」

 メロディアは一応の用心をして家に近づいた。

 すると、やはり即席で作られた竈に鍋がかけられていた。しかもこれはメロディアが使っていたものだ。誰かがここを訪ねて、半壊した家の周りを捜索しながらついでに見つけた鍋釜で料理をしている…といった具合だろうか。

 ここに姿が見えないのは森に足りない食材か、薪でも取りに行ったからだろう。

 ◇

 一体誰がいるのか、ということはもちろん気になったがそれ以上にメロディアの関心を集めたものがある。それはお察しの通り、鍋でグツグツと煮込まれている料理だ。覗き込めば家の保管庫に備蓄してあった保存食が入っている。家がこの有り様なのだ。食料ごと放棄されたと思われても仕方がない。

 空腹な人のお腹を満たす為に活用されたのなら文句はない。とりあえず来訪者は大いに野外料理に慣れている人物であるということはわかった。ともすれば貴族やお偉いさんではなく、冒険者である可能性が高い。

 鍋一つ見ただけでそんな推測をしていると、メロディアは後ろから声をかけられた。

「よう、ガキンチョ。腹減ってるのか?」

 メロディアは少し驚きながら振り返った。声をかけられるまで彼女の気配にまるで気がつかなかったからだ。油断もあっただろうが、ここまで他人の接近を安易に許したのは久しぶりだ。

 まるで獲物に近づく猫のように足音がない。

 そして声をかけてきた女性の姿を見て、メロディアはある程度納得してしまった。

 そこには脇に薪を担いだ猫の半獣人がいた。

 ムジカには半獣人と呼ばれる種族が一定数存在している。彼らはその名の通り犬や猫などの四足獣と人間の両方の性質を兼ね揃えている。動物の能力を有している分、往々にして一般的な人間よりも身体能力に優れ、様々な冒険者ギルドや騎士団等で重宝される存在だ。

 もしかしなくてもこの人がこの家を訪ね、鍋で料理をしていた張本人とみて間違いないだろう。

 彼女は竈の傍に薪を下ろすと、ちらりと料理の様子を見た。そして木の皿にそのごった煮のようなスープをよそうと八重歯のような猫の牙を見せながら笑い、それをメロディアに差し出してきた。

「いっぱいあるからよ。遠慮しないで食っていきな」

 そう言われてメロディアは確信した。ああ、この人はいい人だ、と。

 特に空腹ではなかったが、メロディアは料理人として彼女の作る料理に強い興味があった。なのでありがたくそれを頂戴した。保存用に加工した肉とこの辺りで採れる野草や木の実が入ったスープだ。この木の実はジャコロブといって出汁が採れる上に具にもなるのでスープ料理にはもってこいだ。やはりただの料理上手と言うわけでなく、サバイバルの知識も豊富らしい。

 さて、肝心のお味は…。

「美味しいです」
「へへ、良かった。もう一品あるんだけど、食うか?」
「え?」

 メロディアはそう言われて辺りを見回した。しかし、目の前の竈以外に料理をしている気配はない。すると彼女は鍋をどけて焚き火の下の土を掘り返し始めた。まだ炎の熱はかなり残っているのに、まるで気にすることなく素手で掘っていく。するとカチカチになった土塊を取り出す。

 それを砕くと中から蒸し鶏が出てきた。味付けや香り付けは済んでいるようで、ふわっとした食欲をそそる香りが広がる。

 いつかどこかで調理器具を使わない料理の仕方の一つとして聞き齧ったことがある。名前は確か…。

「もしかして乞食焼き、ですか?」
「お、よく知ってるな」
「フライパンも鍋もまだいっぱいあるじゃないですか」

 メロディアはその辺りにまとまって置かれている調理器具を指差して言う。

「たまに作らないと感覚が鈍るのさ。あーしは外で料理することが多かったから、定期的にやらないとむずむずしちまう」

 そう言って笑う彼女の顔をみたとき、メロディアの脳裏に一つの記憶が思い起こされた。それは父、勇者スコアから聞かされていた冒険譚と『八英女』の一人である魔法拳闘士・音無しのミリーの話だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

錆びた剣(鈴木さん)と少年

へたまろ
ファンタジー
鈴木は気が付いたら剣だった。 誰にも気づかれず何十年……いや、何百年土の中に。 そこに、偶然通りかかった不運な少年ニコに拾われて、異世界で諸国漫遊の旅に。 剣になった鈴木が、気弱なニコに憑依してあれこれする話です。 そして、鈴木はなんと! 斬った相手の血からスキルを習得する魔剣だった。 チートキタコレ! いや、錆びた鉄のような剣ですが ちょっとアレな性格で、愉快な鈴木。 不幸な生い立ちで、対人恐怖症発症中のニコ。 凸凹コンビの珍道中。 お楽しみください。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

処理中です...