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ご令嬢のストーカーが…
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「人間の怖さ、だ?」
「俗世は娯楽にまみれ、機器や電脳の発達で欲望は駆り立てやすく、かつてに比ぶれば人を堕落させるのは容易くなっています。それは喜ぶべき事ですが、同時に悪魔たちにも弊害を与えてしまいました。いとも簡単に堕落する人間しか見たことのない若い悪魔たちが、人間を侮るようになってしまったのです」
私達に憐憫の眼差しを向けたコォムバッチ校長は、もの悲しく憂いを込めた言葉を続ける。
「しかし我らは敬虔であったり、善良であったり、篤信である人間の強さと怖さを…そしてそう言った者たちに加護を与える神の存在を知っています。そのような人間の怖さを知らずに、人間を侮る悪魔たちが跋扈し、神への信仰を断ち切る術の知らぬ悪魔で溢れかえってしまう。それが恐ろしい」
「…人間サイドからすりゃ有難い話だけどな」
「そんな折、旧友のコルドロンから実に興味深い話を聞きました。極東の島から面白そうな二人が本校を受験するとね。特にあなたの方は想像以上でしたよ、カツトシ・ナミチ」
悪魔と魔術師の視線が一人の男に集中した。この時にはある程度の落ち着きを取り戻し、コォムバッチ校長の言わんとしている事を理解し始めていた私は失意と悔しさとで血がにじむほど唇を噛みしめていた。
今の波路の置かれている立場こそ、私が夢想していたものそのものだったから。
そして当の本人は盛大なため息を吐き出して、張りつめていたオーラを消した。それだけの事なのに、まるで別人のように顔つきや雰囲気が変わってしまっている。
「なるほど…まんまとアンタの用意した舞台に飛び込んじまった訳だ。会場とゲームの内容を直前に変えたのも『七つの大罪』を含め、全員を油断させるためか。急な変化が起こると、どんな奴だってまずそれに対応することに頭を使っちまう…会場に色々と仕掛けてあったのにも気が付きにくくなる」
「そうです。だからこそ、見事にそれに対応して、この場の全員を守って見せたあなたに反論を返せる新入生はいない。そうですね、皆さん?」
拡声器を使っている訳でもないのにコォムバッチ校長の声は新入生全員の耳にすんなりと届いた。耐え難い屈辱と痛みを乗せて。
私達は守られてしまったのだ。
しかも悪意や邪心を持ってではなく、波路は何の見返りも求めずに純粋な思いで私達を庇護したのだ。改めてそれを再認識させられると、歯噛みだけでは収まらず爪が掌に食い込むほどに拳を握りしめていた。
それに気が付いたのか否か、コォムバッチ校長は今度は私を名指しで呼んだ。
「アヤコ・サンモト」
「…はい」
「あなたの魔術的才能は私が知る中でも最高峰、それは誇っていい。しかしあなたには圧倒的に実践経験がなさすぎる。それは今ここで舌を噛んで死にたくなるほど屈辱的に理解しているでしょう?」
「…」
「いいのです。それを学ぶために本校があるのですから」
優しい声音だった。少なくとも私にはそう聞こえた。だからその次に出した圧倒的なカリスマ性を帯びた指導者のような発生に心打たれた。これもまた私が憧れ夢想していた姿の一つだったからだ。
「そしてここにいる全員、心して聞きなさい。貴方たちは全員、辱め、陥れ、堕落させるべき人間に命を救われた。今はその屈辱を悶えるほどに噛みしめなさい。そして心に刻むのです。我々は彼のように力に溺れぬ者を、他者のために命を省みずに動く者を、忠義や信仰を貫く者を破滅させるためにいるのです。その為に在学している間は常に彼のことを考えなさい。もしも卒業までの間に彼を堕落されることができれば、その者は確実に魔界の史に名を刻む悪魔となりえる。心しておきなさい」
「嵌められた…」
屈辱と野望の籠った視線を一身に浴びた波路は眉間に皺を寄せながら呟いた。
波路も波路でいいように利用され、更に与り知らぬうちに新入生たちの野心の餌にさせられたことに対して恨みの乗った視線を校長へと送っている。
「何だか妙な事になったから一端は落ち着こう。リリィさん、亜夜子さんのことをお願いします」
「言われなくても」
私に一礼した波路はそそくさと人を掻き分けて寮の方へと消えていく。それを追って従者たる彼女が後に続いた。この状況の中で唯一動くことが許された二人が名実ともに異質な存在に思えた。
リリィの肩を借りてよろよろと立ち上がった私は波路の背中をもう一度見る。
その時に胸中に止めどなく溢れる感情の名前を私は知らない。ただ、少なくても私にとって良い感情ではない事は心が理解していた。
「俗世は娯楽にまみれ、機器や電脳の発達で欲望は駆り立てやすく、かつてに比ぶれば人を堕落させるのは容易くなっています。それは喜ぶべき事ですが、同時に悪魔たちにも弊害を与えてしまいました。いとも簡単に堕落する人間しか見たことのない若い悪魔たちが、人間を侮るようになってしまったのです」
私達に憐憫の眼差しを向けたコォムバッチ校長は、もの悲しく憂いを込めた言葉を続ける。
「しかし我らは敬虔であったり、善良であったり、篤信である人間の強さと怖さを…そしてそう言った者たちに加護を与える神の存在を知っています。そのような人間の怖さを知らずに、人間を侮る悪魔たちが跋扈し、神への信仰を断ち切る術の知らぬ悪魔で溢れかえってしまう。それが恐ろしい」
「…人間サイドからすりゃ有難い話だけどな」
「そんな折、旧友のコルドロンから実に興味深い話を聞きました。極東の島から面白そうな二人が本校を受験するとね。特にあなたの方は想像以上でしたよ、カツトシ・ナミチ」
悪魔と魔術師の視線が一人の男に集中した。この時にはある程度の落ち着きを取り戻し、コォムバッチ校長の言わんとしている事を理解し始めていた私は失意と悔しさとで血がにじむほど唇を噛みしめていた。
今の波路の置かれている立場こそ、私が夢想していたものそのものだったから。
そして当の本人は盛大なため息を吐き出して、張りつめていたオーラを消した。それだけの事なのに、まるで別人のように顔つきや雰囲気が変わってしまっている。
「なるほど…まんまとアンタの用意した舞台に飛び込んじまった訳だ。会場とゲームの内容を直前に変えたのも『七つの大罪』を含め、全員を油断させるためか。急な変化が起こると、どんな奴だってまずそれに対応することに頭を使っちまう…会場に色々と仕掛けてあったのにも気が付きにくくなる」
「そうです。だからこそ、見事にそれに対応して、この場の全員を守って見せたあなたに反論を返せる新入生はいない。そうですね、皆さん?」
拡声器を使っている訳でもないのにコォムバッチ校長の声は新入生全員の耳にすんなりと届いた。耐え難い屈辱と痛みを乗せて。
私達は守られてしまったのだ。
しかも悪意や邪心を持ってではなく、波路は何の見返りも求めずに純粋な思いで私達を庇護したのだ。改めてそれを再認識させられると、歯噛みだけでは収まらず爪が掌に食い込むほどに拳を握りしめていた。
それに気が付いたのか否か、コォムバッチ校長は今度は私を名指しで呼んだ。
「アヤコ・サンモト」
「…はい」
「あなたの魔術的才能は私が知る中でも最高峰、それは誇っていい。しかしあなたには圧倒的に実践経験がなさすぎる。それは今ここで舌を噛んで死にたくなるほど屈辱的に理解しているでしょう?」
「…」
「いいのです。それを学ぶために本校があるのですから」
優しい声音だった。少なくとも私にはそう聞こえた。だからその次に出した圧倒的なカリスマ性を帯びた指導者のような発生に心打たれた。これもまた私が憧れ夢想していた姿の一つだったからだ。
「そしてここにいる全員、心して聞きなさい。貴方たちは全員、辱め、陥れ、堕落させるべき人間に命を救われた。今はその屈辱を悶えるほどに噛みしめなさい。そして心に刻むのです。我々は彼のように力に溺れぬ者を、他者のために命を省みずに動く者を、忠義や信仰を貫く者を破滅させるためにいるのです。その為に在学している間は常に彼のことを考えなさい。もしも卒業までの間に彼を堕落されることができれば、その者は確実に魔界の史に名を刻む悪魔となりえる。心しておきなさい」
「嵌められた…」
屈辱と野望の籠った視線を一身に浴びた波路は眉間に皺を寄せながら呟いた。
波路も波路でいいように利用され、更に与り知らぬうちに新入生たちの野心の餌にさせられたことに対して恨みの乗った視線を校長へと送っている。
「何だか妙な事になったから一端は落ち着こう。リリィさん、亜夜子さんのことをお願いします」
「言われなくても」
私に一礼した波路はそそくさと人を掻き分けて寮の方へと消えていく。それを追って従者たる彼女が後に続いた。この状況の中で唯一動くことが許された二人が名実ともに異質な存在に思えた。
リリィの肩を借りてよろよろと立ち上がった私は波路の背中をもう一度見る。
その時に胸中に止めどなく溢れる感情の名前を私は知らない。ただ、少なくても私にとって良い感情ではない事は心が理解していた。
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