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ご令嬢のストーカーが…
9-1
しおりを挟む「頑張りましょう。亜夜子さん」
「ナチュラルに隣に立つんじゃねえ」
翌日。
波路にとっての『新入生の祭り』は亜夜子のサイドキックを食らうところから始まった。雷の魔法によって強化されていた亜夜子の蹴りはサッカーボールよりも容易く吹き飛んでいった。
普通の人間であれば肋骨が砕かれているくらいの衝撃はあったのだが、幸いにも彼は普通の人間ではないのだ。咄嗟に蹴りの力の逃げる方向に飛び上がったので、受け身を取れれば大事には至らない。うまいこと茂みに吹き飛ばされたのも幸運だった。
ぞろぞろと『高慢の寮』の一年生が会場に向かって消えていく。やがて最後尾が角を曲がって見えなくなったところで、わざと立ち止まっていたデキマは波路の安否を確認しに行った。
「大丈夫ですか、カツトシ君」
波路は茂みの上に寝そべりながら今の一連の流れの反省をしている。当然のようにダメージは見受けられなかった。
「あっれぇ? デキマさんに教わった通り自然に溶け込めていたと思ったんだけど」
「むしろアレは忍び寄っていたのでは?」
「『最も理想的な従者とは、仕事をする影である』だよね? 難しいな従者って」
「適材適所と言う言葉もあります。カツトシ君の場合は物理的な護衛などではないですか?」
「それでも自然と傍にいるスキルは必要だろ」
「まあ…そうですね」
「ま、とにかく一度二度の失敗じゃ諦めないぜ。置いてかれないうちに追いかけよう」
デキマはもうすでに置いていかれています、とは言わなかった。
◇
それから二人は寮生たちを追いかけ始めた。そうはいっても『新入生の祭り』の行われる会場は事前に知らされている。置いてけ堀を食らったところでさしたる問題にはならない。
ならないはずだった。
しかし実際は知らされていた講堂に寮生達の姿はなく、会場からは人っ子一人いないような冷たい気配しか漂っていない。
二人はすぐに様子がおかしい事に気が付いたが、その疑問の答えはすぐに誘導員として待機していた教師が教えてくれた。
「この土壇場で会場の変更…講堂で何かあったのでしょうか?」
「その『Steal the Bacon』って遊びはやるのに場所を選ぶのか?」
「いえ。基本的には人数さえ揃えばどこででもできます」
「じゃあ問題はないだろ。案外俺みたいに暴れた輩でも居たのかも知れないよ」
「そうかもしれませんね」
何せ何が起こってもおかしくはない魔法学園だ。新入生が派手にやらかすこともあるだろうし、上級生がしたたかにやらかすことだってあるだろう。
二人は差し当たって特に何かを思うでなく、辛うじて見える同寮の学友たちの背中を追いかけ始めた。
◇
やがて波路とデキマは指示された演習場へとたどり着いた。全寮の一年生が一堂に会する様は流石に圧巻だ。まかりなりにもあの試験を突破した者達なのだから、放っている雰囲気もただならぬ奴らが多い。
波路はこういう緊張感が決して嫌いではない。
むしろ戦いであれば自分の事でも、他人の事でも強い関心を示すタイプだ。その上、今回は敬って止まない亜夜子と共闘ができるチャンスでもある。テンションが上がらない理由がない。
『揃いましたね』
その時上空から何かで拡散したような声が響いた。自然と皆の視線が上になる。
見れば箒に乗った教師と思しき人が魔法で拡声しながら今年度の『新入生の祭り』の会場が急に変わった旨、それに伴いゲームのルールを変更したことなどを説明するところだった。
トルグイーと名乗ったその教師の説明の中で、特に波路とデキマが反応したのは『七つの大罪』の従者に属している生徒は強制的に不参加となる、という点だ。ルールが変わったせいで援護防衛の関係性を形成させないことで、ゲームの面白みを保とうとするやむを得ない措置ではあった。
「『七つの大罪』の従者に属している生徒は参加資格を失うそうですけど、どうしますか?」
デキマは答えが分かりきっていることを、念のために聞いてみた。
「当然、参加しない。亜夜子さんと戦うのはもっての外だし、護衛もできないルールならせめて陰ながら応援に努める。残念なのは確かだけど」
「わかりました。ならば私も不参加で」
「悪いな」
「いえ。そもそも参加したいとすら思っていませんので」
それは本心だった。『新入生の祭り』自体、心底どうでもいいと思っている。それよりもデキマは従者に属している生徒の方に関心があった。全員の素性を確かめた訳ではないが、確実に顔を合わせるであろう者を二人ほど知っている。
ぞろぞろとSteal the Baconの準備に向かう生徒たちの流れに刃向かって、波路とデキマの二人はトルグイー先生の指示にあった石段の上に登った。少し高めに作ってある石段であったので、ゲームの全容が見られるようになっている。
既に他の従者たちは集まっており、波路とデキマが最後だった。そうしてやってきた二人を見て『七つの大罪』の従者たちは、それぞれがぎょっとした表情を見せた。
その場で唯一、込み入った事情などはなかったトルグイー先生だけが何の感情もなく淡々と業務的な対応を見せてきた。
「えっと…あなたは誰の従者ですか?」
「こちらのカツトシ・ナミチ君の従者です」
「え? 強制不参加は『七つの大罪』の従者だけですよ?」
「存じております。ですが主が参加しない以上、私も出る理由がありませんので」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔とはこういうものだというような表情になったトルグイー先生は、少し狼狽しながらそう諭すように言った。しかし肝心のデキマが一歩も引きさがる様子を見せないので、仕方なく隣にいた波路の顔を見た。
「あ、ではあなたがヒドゥン・シクレットか、もしくはイガムール・スソムルガの従者で?」
「いえ。違います」
「違うの!?」
「私はアヤコ・サンモトの従者になる予定の者です」
「は、はあ…予定?」
トルグイー先生はいよいよ混乱がピークに達し、あと一つでも余計な事が起これば泣き出してしまいそうな顔になっている。そこに付け入るかのように波路は笑顔で応答をする。
いつの間にか二人の立場が逆転してしまっていた。
「混乱もおありでしょうが、とにかく私にはアヤコ・サンモトに弓引けぬ理由があるので辞退を申し出ました。どうぞ気になさらず」
「ま、まあ…事情があるのは分かりました」
「ありがとうございます」
上手いこと丸め込まれたトルグイー先生は箒に跨ると、急いだ様子で空高く飛んでいった。彼にはゲームの進行や審判としての役割が残されているのだからあくせくするのは仕方のないことだ。
そうして向こうまで飛んでいったトルグイー先生の姿から目線を元に戻すと、疑心と警戒と軽蔑的な視線をこれでもかと向けられていた。リリィを筆頭に『七つの大罪』の従者たちと波路たちとで明確な隔たりができている。
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