上 下
45 / 52
ご令嬢のストーカーが因縁を吹っ掛けられます

8-6

しおりを挟む

 二人が寮についた時、既に他の皆は出払った後だった。スオキニ先生の命令はあくまで自室待機だったので、誰もいない寂しい廊下を進み部屋の戸を開ける。

 波路はソファに腰かけて不意にできた時間の使い方を検討していたが、デキマは一旦部屋の外に出て行ってしまった。待機命令は波路にだけ課せられたものであるのでデキマには適応されていない。そうして一体何をしているのだろうかと思っていたが、答えはすぐにわかった。

 部屋に戻ってきたデキマは一枚のトレーを持っていた。それに乗っていた物のおかげで部屋の中に豊満で爽やかな香りが立ち込めたのである。

 そして当たり前のようにメイド服に着替えてきたデキマはそれを波路の前のテーブルに上品に置いた。

「どうぞ。紅茶です」
「お、ありがとう」
「クッキーもありますよ」

 木皿に盛られていたのは一瞬、焦げているのかと錯覚してしまうほどに黒いクッキーだった。しかし芳醇な香りは決して失敗作のそれではないことを物語っている。

 波路はまだ温かさの残っているそれを指で抓むと一口齧ってみた。サクリという小気味よい音が部屋に響く。

「あ、うまい」
「光栄です」

 短い時間の付き合いでしかないが、波路が世辞や皮肉で称賛の言葉を紡ぐような人間ではないという事は知っている。美味しいという評価を素直に受け入れ、お礼をしてから給仕に徹した。

 すると波路がまじまじとデキマの事を見て言った。

「なあデキマさん」
「はい。なんでしょうか?」
「もしかしてデキマさんって悪魔の中でも変わり者?」

 波路の問いかけにデキマはふっという息遣いを漏らしてから返事をする。

「もしかしなくても変わり者です。周囲はおろか親兄弟も私の事を変わり者といいますから」
「お。キョウダイがいるの?」
「はい、姉と妹が。と申しますか二人とも今年度の新入生です」
「ん? お姉さんと妹さんなのに同じ学年なの?」
「三つ子なんです。三卵生の」
「三卵生!? すごいな」

 思えば人生で初めて三つ子という奴と遭遇したな、と波路は呑気な感想を持つ。同じ学年であるというのなら、その内に会う機会もあるだろう。きちんと挨拶をしておきたいところだ。

「今度紹介します。私の初めてのご主人さまだと」
「何か誤解を招くような言い方…って、え? 初めてなの?」
「はい」
「にしては、何か手際が良すぎない」

 短い時間の付き合いしかないが、デキマの世話焼きのスキルは一朝一夕で身に着けたものではない事は肌で感じ取れている。きっとこれまでもどこかの誰に従事してきていたのだろうと勝手に推測していた。

「そういう家系なんです。我が家は代々アンチェントパプル家に仕えてきました。なのでこの手の行儀作法はある程度はこなせます」
「アンチェントパプルって…フィフスドルのところの?」
「はい。尤も私は先に申した通り変わり者でしたので、両親からアンチェントパプル家に顔を出すことを禁じられていましたが」
「女装のせいでか?」
「それだけではありませんが…でも姉と妹は優秀ですよ。二人でそのフィフスドル様にお仕えしていますから」

 デキマはそう言って紅茶のおかわりをテーブルに置いた。その時、不意に波路の顔に目線を向け、小さく笑った。

「ふふ」
「え? なんかおかしかった?」
「フィフスドル様をご存じという事は、やはり『七つの大罪』に選ばれて顔見知りになるくらいの成績は納めたという事でしょう? スオキニ先生の事情と態度も考えるとひょっとしたらトップの成績だったのではないですか?」
「…」

 波路の肩がピクリと反応した。そしてデキマにとってはそれが何よりも雄弁な答えとなった。

 誤魔化すか、それとも白を切るかと色々考えている内に結局波路は押し黙ってしまう。白兵戦はともかくとして、テーブル上の戦いでは付け入る隙ができるかもしれないとデキマは思った。

 しかしここで不信感を買うつもりもさらさらない。デキマは補足してあくまで従者としての領分を弁えていることをアピールする。

「ご心配なく。真相を言えぬ事情も何となく察しております。主にあれもこれもと言わせぬのが従者の矜持ですから」

 すると、いつの間にか考え事にシフトしていた波路が手を叩いて立ち上がった。

今度はデキマの方が肩を動かして驚きを表現している。

「よし、決めた!」
「な、何をですか?」
「デキマさん」
「はい」

 テーブルを迂回してデキマに近づいた波路は彼の手を取った。

 お、キスか? とデキマは一瞬思ったが、その目は邪な事などは一切考えていない紳士的な色を放っている。

 そしてその目の色と同じくらい情熱を乗せて、波路はデキマが混乱するような事を言った。

「俺に、従者としての心得を教えてくれ」
「…はい?」

 心底意味が分からなかったので、デキマは取り繕う事も忘れてそんな声を出した。

 若干、混乱気味のデキマとは対照的に波路はすっかり自分の世界に入り込み、身振り手振り込みで自分の今しがた思い描いたばかりの青写真の詳細を語り始める。

「亜夜子さんに仕えると言っておきながら、俺はそういう訓練をしたことがなかった。腕っぷしだけであの人を守ることしか考えたことがない」
「いえカツトシ君の場合、それで十分かと」
「もっと身近でお世話をできるスキルを身に着けないと…もしかしたら亜夜子さんは俺にそのスキルがないから従者の申し出を断っていたのかも知れない」
「絶対違います」

 自分街道まっしぐらになった波路の耳にはデキマの言葉などまるで聞こえなくなった。そして希望に胸を膨らませると、今度はデキマの肩を力強く握りしめ、再度お願いをした。

「だから教えてくれ。どうすれば主人に仕えて身の回りのお世話をできるのかを!」
「まあ、それがご命令とあれば」
「ありがとう」

 波路は満面の笑みでお礼を言った。そしてすぐに明るい未来を夢想した哀れな男の地を這うような笑い声が聞こえてくる。

 ウキウキになっている波路をよそに、デキマはアヤコ・サンモトに対して思いを新たにする波路の姿を見て、刀を握っている時と今の姿とのギャップを埋めるのに苦労していた。

 だが、それと同時に使い魔の丘での体験が癖になってもいた。

つまり今の彼の姿を見て舐めてかかってくるような輩が、波路の実力を目の当たりにして戦意を失い、無様に命乞いをする様子が見れることに期待しているのだ。

 特にあの姉と妹は実に面白い反応をしてくれるだろう。そう思うとデキマはついおかしくなってしまい、フフフと笑った。

 一年生のいなくなった、その寮の一室に妄想にふける二人分の笑い声がこだましていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

私にだけ友達100人いる男の背後霊が見えている

波津井
キャラ文芸
私にはまるで無駄な特技がある、幽霊が見えるの。隣の席の友達多い系陽キャ男に取り憑く背後霊も見えていた。全然関わる気がなかったのに、些細なことから私は背後霊エルナに睨まれてしまう。なんとかしていい感じに卒業までやり過ごせないものかしら……他人に押し付けるとかして。 自分以外大体どうでもいい感情薄め主人公フィシカが徐々に人間味を得て行くしんみりさ少々の日常系学園ヒューマンドラマ。恋愛要素は薄め(ほぼ脇役カプが持って行く)、宗教的な同性愛の忌避概念に触れます。 ・全12話、20000文字足らずで完結 ・表紙は自作ですが背景に商業利用可能なフリー素材を使用しています。

『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります! ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。 稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。 もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作の主人公は「夏子」? 淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。 ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる! 古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。 もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦! アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください! では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!

私を虐げた人には絶望を ~貧乏令嬢は悪魔と呼ばれる侯爵様と契約結婚する~

香木陽灯(旧:香木あかり)
恋愛
 「あなた達の絶望を侯爵様に捧げる契約なの。だから……悪く思わないでね?」   貧乏な子爵家に生まれたカレン・リドリーは、家族から虐げられ、使用人のように働かされていた。   カレンはリドリー家から脱出して平民として生きるため、就職先を探し始めるが、令嬢である彼女の就職活動は難航してしまう。   ある時、不思議な少年ティルからモルザン侯爵家で働くようにスカウトされ、モルザン家に連れていかれるが……  「変わった人間だな。悪魔を前にして驚きもしないとは」   クラウス・モルザンは「悪魔の侯爵」と呼ばれていたが、本当に悪魔だったのだ。   負の感情を糧として生きているクラウスは、社交界での負の感情を摂取するために優秀な侯爵を演じていた。   カレンと契約結婚することになったクラウスは、彼女の家族に目をつける。   そしてクラウスはカレンの家族を絶望させて糧とするため、動き出すのだった。  「お前を虐げていた者たちに絶望を」  ※念のためのR-15です  ※他サイトでも掲載中

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

14 Glück【フィアツェーン グリュック】

キャラ文芸
ドイツ、ベルリンはテンペルホーフ=シェーネベルク区。 『森』を意味する一軒のカフェ。 そこで働くアニエルカ・スピラは、紅茶を愛するトラブルメーカー。 気の合う仲間と、今日も労働に汗を流す。 しかし、そこへ面接希望でやってきた美少女、ユリアーネ・クロイツァーの存在が『森』の行く末を大きく捻じ曲げて行く。 勢い全振りの紅茶談義を、熱いうちに。

処理中です...