上 下
37 / 52
ご令嬢のストーカーが魔術アカデミーに入学します

7-1

しおりを挟む
 ◇

 時間は『高慢の寮』でくじ引きにて部屋決めをしていた頃まで戻る。

 ◆

「ああ…亜夜子さん…」

 波路は心底消沈していた。

 亜夜子と同じ魔法の師にこの学校の事を聞き、亜夜子の長年の世話役から出立の日を教えてもらってまで追いかけてきたのにこれでもかと拒絶されたからだ。しかも日本にいた時よりも拒絶反応が強くなっている気さえする。

 尤も亜夜子の立場を思えば当然の反応なのだが。

 実を言えば波路も自分の行為が褒められたものではないとは承知している。ただ、これ以外に自分の誠意を伝える方法を思いつかないだけだ。

 むしろ波路は最初こそは、至極一般的な伝え方をしていた。亜夜子が本来持つ豪快さゆえに、ここまでのアプローチをしないと相手にしてもらえなかったことも起因の一つではある。

 まあ、それでも波路が引くほど諦めが悪いという事実に変わりはない。

 どちらにしても亜夜子の先制攻撃は見事に決まり、『高慢の寮』の一年生たちは波路のことを質の悪いストーカーだと認識してしまっていた。恋路が叶わない男など、悪魔にとっては娯楽以外の何者でもない。しかも波路が射止めんとしているのは、学年主席のアヤコ・サンモトだ。余計なちょっかいや手出しをして彼女の反感を買う事だけは絶対に避けたい。

 つまりは波路を孤立させて、遠巻きに静観するのが最も賢い楽しみ方となっているのだ。

「お隣よろしいですか?」
「どうぞ…」

 波路は思わず返事をしたが、こんな状況の自分に声をかけてくるのは一体誰だろうかと。

 隣には黒を基調としたヨークフリルワンピースを着た可愛らしい女子生徒が座っていた。好奇心か興味本位で話しかけてきたとも思えたが、波路とこの女子生徒は初対面ではなかった。

「あれ? あんたは確か」
「はい。先ほどはありがとうございました。改めてお礼とご挨拶、それにお願いがあって伺いました」
「はあ」

 それは入学試験の会場に向かう森の中の出来事だ。あの森には四方八方に食人植物が生育されており、波路は道中でその植物から彼女を助けたのである。互いに合格し、偶然にも同じ寮になったからお礼にきたらしい。随分と律義な人だと波路は思った。

 そして、礼には及ばないと言おうとしたところで彼女の利いていなかった事に気が付いたのだ。

「次は、デキマさんの番だよ」

 レオツルフが彼女のもとにやってきて部屋割のクジが入った箱を差し出してきた。

「申し訳ありませんが、飛ばしていただけますか。この方とお話していたいので」
「どうぞ」

 そう言って順番を飛ばしたレオルツフの目は好奇に満ち満ちていた。

「改めましてデキマと申します。」
「カツトシ・ナミチだ。今ここにいるって事は同じ寮ってことだな。よろしく」
「はい。よろしくお願いしますね。それに先ほどは助けていただき、ありがとうございます」

 デキマと名乗った女子生徒に礼を言われ、波路は押し黙った。そして改めて彼女のことを上から下まで一瞥し、再確認した。あの程度の魔法植物に遅れを取るほど弱い奴じゃないと。

「何か?」
「あの時は咄嗟の事だったからつい助けちまったけど、必要なかっただろ? デキマさんの実力じゃ、あのくらいの相手は軽くいなせただろうし」
「気が付いていたのですね」
「そりゃ底は知らないけど、強いか弱いかくらいはわかる。だから別にお礼なんていらないさ」
「分かりました。お礼は取り下げましょう」

 話の本題はそこにはないようで、デキマはあっさりと波路の意見を飲み込んで話題を変えた。

「それでは改めてお願いがございます」
「何か?」

 ポーカーフェイスの熱い眼差しに、波路は並々ならぬ何かを感じた。こんな自分に一体何を期待しているというのか。そうでなくても同年代の女の子のお願いを叶えられる自信など彼は持っていない。

 だが、デキマの言うお願いとやらは波路の足りない頭で予想したもののいずれでもなかった。

「私を従者にしてください」
「…はい?」

 波路が自分のお願いに当惑するのは予想済みだったようで、デキマは波路に向かって自分を従者にすべき理由を滾々と解説しだした。

「お生まれになった国とこことでは文化がかなり違ってお困りの事も増えるかもしれません。それに悪魔の事もあまり深くご存じではないでしょう。ですから私を手元において頂けないかとお願いしています」
「…いや、確かに俺は助かるかもしれないけど…アンタに旨味がないだろう」
「あら? ボランティアの精神はお嫌いですか?」
「人間のボランティアは素敵だと思うけど、悪魔がボランティアをやる訳がない」

 コルドロン先生の下では魔法は最後の最後まで一片たりとも習得することができなかったが、それでも魔法そのものや悪魔の知識は最低限学んできた。悪魔が無償で動くことなどありえない。

 波路は彼女への警戒度を一段階上げた。

 しかし、デキマは引くような素振りは見せず、ポーカーフェイスを崩さずに自分の考えを打ち明けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天鬼ざくろのフリースタイル

ふみのあや
キャラ文芸
かつてディスで一世を風靡した元ラッパーの独身教師、小鳥遊空。 ヒップホップと決別してしまったその男がディスをこよなく愛するJKラッパー天鬼ざくろと出会った時、止まっていたビートが彼の人生に再び鳴り響き始めた──。 ※カクヨムの方に新キャラと設定を追加して微調整した加筆修正版を掲載しています。 もし宜しければそちらも是非。

望月何某の憂鬱(完結)

有住葉月
キャラ文芸
今連載中の夢は職業婦人のスピンオフです。望月が執筆と戦う姿を描く、大正ロマンのお話です。少し、個性派の小説家を遊ばせてみます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

失恋少女と狐の見廻り

紺乃未色(こんのみいろ)
キャラ文芸
失恋中の高校生、彩羽(いろは)の前にあらわれたのは、神の遣いである「千影之狐(ちかげのきつね)」だった。「協力すれば恋の願いを神へ届ける」という約束のもと、彩羽はとある旅館にスタッフとして潜り込み、「魂を盗る、人ならざる者」の調査を手伝うことに。 人生初のアルバイトにあたふたしながらも、奮闘する彩羽。そんな彼女に対して「面白い」と興味を抱く千影之狐。 一人と一匹は無事に奇妙な事件を解決できるのか? 不可思議でどこか妖しい「失恋からはじまる和風ファンタジー」

ようこそ猫カフェ『ネコまっしぐランド』〜我々はネコ娘である〜

根上真気
キャラ文芸
日常系ドタバタ☆ネコ娘コメディ!!猫好きの大学二年生=猫実好和は、ひょんなことから猫カフェでバイトすることに。しかしそこは...ネコ娘達が働く猫カフェだった!猫カフェを舞台に可愛いネコ娘達が大活躍する?プロットなし!一体物語はどうなるのか?作者もわからない!!

学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~

トベ・イツキ
キャラ文芸
 三国志×学園群像劇!  平凡な少年・リュービは高校に入学する。  彼が入学したのは、一万人もの生徒が通うマンモス校・後漢学園。そして、その生徒会長は絶大な権力を持つという。  しかし、平凡な高校生・リュービには生徒会なんて無縁な話。そう思っていたはずが、ひょんなことから黒髪ロングの清楚系な美女とお団子ヘアーのお転婆な美少女の二人に助けられ、さらには二人が自分の妹になったことから運命は大きく動き出す。  妹になった二人の美少女の後押しを受け、リュービは謀略渦巻く生徒会の選挙戦に巻き込まれていくのであった。  学園を舞台に繰り広げられる新三国志物語ここに開幕!  このお話は、三国志を知らない人も楽しめる。三国志を知ってる人はより楽しめる。そんな作品を目指して書いてます。 今後の予定 第一章 黄巾の乱編 第二章 反トータク連合編 第三章 群雄割拠編 第四章 カント決戦編 第五章 赤壁大戦編 第六章 西校舎攻略編←今ココ 第七章 リュービ会長編 第八章 最終章 作者のtwitterアカウント↓ https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09 ※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。 ※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。

押しが強いよ先輩女神

神野オキナ
キャラ文芸
チビデブの「僕」は妙に押しの強い先輩に気に入られている。何もかも完璧な彼女に引け目を感じつつ、好きな映画や漫画の話が出来る日々を気に入っていたが、唐突に彼女が「君が好きだ」と告白してきた。「なんで僕なんかと?」と引いてしまう「僕」だが、先輩はグイグイと押してくる。オマケに自分が「女神」だと言い出した。

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

処理中です...