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妖怪屋敷のご令嬢がパーティの準備をします
5-4
しおりを挟む「よい従者と契約されたのですね」
「ええ。こちらの文化風習は疎いので助かってます」
「従者と言えば、カツトシ君は?」
「なぜあんな大馬鹿の名前が出てくるのでしょう? おほほほ」
「あれだけ劇的な人でしたからね。どうしたって気になります。魔法が使えないにも関わらず僕たちの誰よりも早く試験に合格した…彼には失礼だが、まさか人間に後れを取るとは思ってもみなかった」
「あの男に対してはどんなことを言ったとしても失礼にはならないのでご安心を」
ふと話の風向きが変わった様な気がした。けれども私はそれに気が付いても話題を変えることができなかった。それがフィフスドルの魅力のためか、それとも彼のふった話のせいだったのかは定かではない。
肝心のフィフスドルは折り曲げた指で上品に口元を隠し、くすくすと笑うばかりだ。
とはいえ、波路の合格については色々と気にはなっていたも事実だ。一瞬でも波路の事を考えてしまった私は、不覚にも思った言葉を何の検閲も掛けずに外に出してしまった。
「けれど…本当にどうやって私達より先にゴールできたんだろう…」
「僕が到着した時点では既にゴールしていたので詳しいことは分かりませんが…本当に魔法に頼らず自分の足で走ったんだと思います」
驚きと吹き出しそうな笑いが打ち消し合い、私は何とも言えない表情でそれに反論してしまった。
「ま、まさか、そんな事は…人間の足で魔女や悪魔が飛ぶよりも早く動けたと?」
「ええ。貶めるつもりはありませんが、ヒドゥン君だって魔法なくしてアヤコさんよりも早くゴールできた人間です」
「…あの人も魔法が使えないのですか?」
「ええ。彼は僕ら魔に属する者達と敵対する一族ですから。魔法は使いません、代わりに別の力を使うようですが」
「別の力?」
「ええ。尤も悪魔である僕にはそれは知る由もありません。強いて言えば『神に対する祈りの力』とでも言えばいいのか…」
「…」
シクレット家は悪魔祓いの名門だ。魔に対する防衛術や対魔法用の術式などを扱う事は容易に想像できた。ただフィフスドルに言われた通り、神に従い悪魔と戦う家系の者が魔法を使うとは思えない。正直盲点だった。あるいは彼の力は同じく闇の眷属たる妖怪たちと戦うのに役に立つかもしれない…。
フィフスドルは考え込んだ私を見て、言葉を失っていると思ったようで自分の話を続けた。
「カツトシ君もきっと魔法ではない別の力を使うのかも知れません。そしてそれを行使する彼はとても強いのでしょう。僕も敵わないくらい」
「そんな…」
…そんなバカな事があるだろうか。
「本当です。覚えているでしょう? あの儀式の時、コォムバッチ先生に魔法を放たれてそれを防いだ彼の動き」
「あれはコルドロン先生からもらっていたブローチに込められていた収納魔法です。そこから武器を取り出しただけの事、何か特別なことをした訳では…」
「ええ。それは分かっています。ただ…いつあの剣を取り出したのかが、僕には見えなかったんですよ」
「え?」
どういうこと?
私はあの時のことを思い出す。記憶の中には確かにコォムバッチ校長の魔法を防いだ…と、結果論的に判断せざるを得ない波路の姿があるだけだ。フィフスドルの指摘通り、私自身も武器を取り出した波路を目視できていない。と言うか、私の場合は波路との口論に夢中になるあまり、攻撃されていることにすら反応が遅れていた。
フィフスドルは立ち上がると、私もよく使う見慣れた収納魔法を発動する。あの時の波路の動きを模倣して一振りのサーベルを取り出したが、やはり一連の動作は目で捉えられる。
「僕も収納術くらいは使えるので、あれから何度か試してみたんです。けれど、どれだけやっても剣を取り出す場面は見えるでしょう? けど、彼は違う。気が付いた時にはもう剣でコォムバッチ先生の攻撃を防いだ後だった。いつ武器を取り出したのか、僕は見えなかった」
「それは、その…」
私は今度こそ、紡ぐべき言葉を失った。そして何よりも名門であるアンチェントパプル家の吸血鬼にここまで注目されている波路に底知れぬ感情を抱いていた。
だからこそ、ドアを開けてにぎやかしく食堂に入ってきたウェンズデイとオラツォリスの二人組が場の空気を乱してくれたことがありがたかった。
「あら? フィフスドルじゃありませんか」
「あ。ど、どうも」
「皆さん、ごきげんよう」
すると二人が開け放ったドアの奥から妙な喧騒が聞こえてきた。一般の学生用の食堂の方で何かがあった様な気配が伝わってくる。
「ん? なんだか外が騒がしくない?」
「カツトシさんが妙な事をしてまして…」
「え゛?」
「草でできたシートの上に座ってお食事をしてますの。アレはジャパニーズ・セイザというものでしょう?」
セイザって正座?
草のシートは……ゴザか?
ゴザに正座してご飯を食べるって事? 何やってんだ、アイツ。
いっそ殴り込んでやろうかという衝動を私は抑え込むと、笑顔でウェンズデイとオラツォリスの二人のその従者たるサドニーズとアーネを迎え入れ、朝食のひと時を楽しむことにした。
フィフスドルの話はとても頭に残る内容だが、私の中に残る波路という人物の記憶と照らし合わせると、どう考えてもそこまで警戒をされるような人間には思えないのだった。
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