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妖怪屋敷のご令嬢が寮の代表生徒に選ばれます

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「ほら、オラツォリス様。こちらのようですよ」
「あ、アーネ。引っ張らないで・・・」

 と、溌剌とおどおどが対照的なオラツォリスとその侍女たるアーネがやってきた。アーネの方が顔立ちが大人びているかつ、女子にしては身長が高く、更に絶妙なプロポーションをしているせいで、オラツォリスのショタっぷりがより一層際立つ形になっている。

「あら、オラツォリス。ごきげんよう」
「あ。皆さん…こんばんは」
「制服、よくお似合いですわよ」
「あ。ありがとうございます。お二人も素敵ですよ」

 挨拶を終えると、オラツォリス共々食卓についた。ビュッフェ・スタイルのようだが、流れ的に従者に持ってこさせるのが正解らしい。長年オラツォリスに付き添っているであろうアーネは何も聞かずに料理を取りに行ったが、昨日初めて会った私達ではそう簡単には行かなかった。

「申し訳ありません、アヤコ様。何をお取りしましょうか?」
「何でもいい。適当に見繕って」
「かしこまりました」

 待っている間、水を飲んでいると前に座っていたウェンズデイとサドニーズの会話が自然と耳に入ってくる。

「しかし…お嬢様と食卓を共にするのは恐れ多くて、緊張いたしますね」
「従者とはいえ校則の上では学友ですからね。気にすることはありませんわ。何なら私の事もウェンズデイと呼んでもよろしくてよ?」
「滅相もございません。席を並べられるだけで光栄です」

 …なるほどね。そりゃ主従関係の者同士が同じ食卓を囲むのは確かに稀だ。ウチにいた父の家来たちも幹部クラスを除けば別の部屋でご飯を食べていた。彼らにとってはかなりの珍事なのだろう。

 ま、私としてはどちらでもいいことだ。リリィとは主従の契約を結んだが、二割くらいは友達としても見ている。食卓を同じくするくらいは何とも思わない。

 そうしてリリィとアーネの二人が戻ってきて、夕食を食べ始めた時。またドアが開いた。しかも今度は些か乱暴だ。

「狭い部屋だけど・・・ま、ここで食えというのなら仕方がねえか」
「…」

 チラリと一瞥すれば案の定、イガルームが入ってきたところだった。誰もがサイズが合っている制服を着ているのに、アイツだけは妙にパッツンパッツンだ。筋肉を誇張でもしたがっているのか?

 そしてその隣には相変わらず頭巾を被って沈黙を貫くヒドゥンの姿もあった。正直目をやらなければ入ってきた事に気が付かなかっただろう。しかも頭巾が制服と合わせるかのように白ベースになっている。それが妙におかしかったが、何とか笑うのは堪えられた。

 従者を従えていなかった二人は、自分たちで皿に料理をよそっている。イガルームが山盛りを用意するのは予想できたが、それに負けず劣らずの量を持ってきたヒドゥンは意外だった。

 席に着くなり、イガルームは品もマナーも言葉すら知らないような態度で料理を貪り始める。一つ席を開けて座ったヒドゥンは、流石にそのまま食事をする訳もなく頭巾を脱いだ。その頭巾を取った顔に、私のみならずその場にいた全員が注目した。

 中性的なその顔はまるで人形のようだ。青い瞳が小奇麗に整えられた金髪の下で潤んでいた。勝手に不細工を想像していた分、ギャップにやられそうな気分に陥ってしまう。

 ヒドゥンは手を組み、食事の前に神に祈りを捧げ始める。ピシッと一瞬だけ部屋の空気が悪くなった気がしたが、気のせいとも思えるような短い時間のことだった。それよりも私は祈りを捧げる彼の声に聞き入っていた。日本にいた友達の一人が声フェチで、声で恋したことがあると言っていた。その時はよく分からない話だったが、今ならその気持ちも理解できる。そう思えるくらい、耳に心地いイケボだった。

 やがて食事も中盤に差し掛かったところで、私は未だに現れない二人の事を何の気なしに言葉に出した。

「そう言えば、フィフスドルとあのバカの代わりに入った方はまだ見えませんね」
「ああ、フィフスドルは元より、繰り上げになったトゥザンドナイルという方も吸血鬼という話ですわよ」
「…へえ。そうなのですか」

 なぜ吸血鬼だと食卓を別にするのかは聞かなかった。なんか恥ずかしい。後でリリィにでも聞いて確認しよう。そう思っていたら急にイガムールが私に向かって挨拶もなく喋りかけてきた。

「そういやお前んとこのカツトシ・ナミチって従者な…」
「イガムールさん。あいつは従者じゃないです」

 私は引きつった笑顔を見せながら、おほほと不自然に笑う。それでもお構いなしに向こうは言葉を続けてきたが。しかも中々に衝撃的な内容だ。

「食堂で女連れてたぜ?」
「はい?」
「シクレットのハンター。お前も見ただろ?」
「…」

 ヒドゥンも声を出しこそはしないが、無言で頷き肯定した。

 波路が女子を連れていた? イガルームが何を見たかは知らないが、連れていたと表現するという事は、仲良さげに出もしていたのか。私はつい押し黙ってしまうと、肩を微妙に震わせた。

 男女の事に如何にも関心が強そうなウェンズデイが声を爛々と輝かせている。

「あら。以外に手が速いのかしら。隅に置けませんわね」
「ふふ」

 波路が他の女子を連れている。

 そう思うと私はついつい溢れてくる笑いを堪えることができなくなっていた。驚いたようにしてる隣にいたリリィを見ると、何故か箍が外れてしまい、声に出しながら不気味に笑った。

「ふふふふ」
「ど、どうしましたの?」
「やっとあいつの関心が他所に向いたと思ったら、自然と笑いが。すみません…ふふ」

 全員が言葉を失っていた。そんな中、私のにじみ出た笑いだけが部屋の中にこだましている。

「ほ、本当に嫌だったんですね…アヤコさん」
「あの方の純愛が全く届かないなんて…いいものを見れましたわ」

 私は再び食事をし始める。何の変哲もないパンやハムの味がこの上なく極上の味わいに感じられた。

 ここまで晴れ晴れとした思いになったのはいつぶりだろう。アイツの他人との恋路なら心の底から祝福してやってもいい。その代わりに二度と私の人生に関わらないでほしい。
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