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妖怪屋敷のご令嬢が寮の代表生徒に選ばれます

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 けれども、そんな感傷に浸ったのも束の間、すぐにスオキニ先生が私達に向かって指示を出してきた。

「諸君らは、まずは寮へ行ってもらう。まもなく他の合格者たちの寮への振り分けが終わる頃だから、諸君らは自分が冠している寮へ入れ。詳しいことは寮長や先輩諸氏から聞けばいい。この場で手っ取り早く説明するならば、自分らの学年のまとめ役をするということだ」

 と、改めて言及されると不思議と身が引き締まる。むしろこの緊張感が本来あるべきモノであるはずだ。

 スオキニ先生の先導で私達はぞろぞろと講堂を出始める。その時、後ろからコォムバッチ校長の声で一同は引き留められた。

「ああ、それともう一つ言い含めることがあります」
「なんでしょうか?」
「試験の順位が変わったことは他言無用でお願いしますね。この順位は今後の学生生活に関わる重要なもの。それに不備があったとなると本校の沽券にかかわります。勿論、告発は自由ですがそれなりの結果を覚悟して頂くことになります」

 柔らかい口調と文言ではあるが、誰がどう聞いても脅迫だ。学園の権威に傷をつけたら容赦はしないということだろうか…けど、それも妙な話だと思った。それならばさっきの騒動で例外を認めず、無理に順位など変える必要はないのに。

 ま、その騒動の原因の発端は私だし、一番恩恵を受けたのも私だから細かいことは考えなくてもいっか。

 私はこの学年の長として、ここにいる皆の代表の意味を込めて返事をした。

「承知しました。校長先生」
「ありがとうございます。では、寮へ移動を」

 そうして私達はようやく講堂を出ることが叶った。ニヤリと不敵に笑う校長に見送られながら。尤もそれを知る由は私達にはなかったのだけれど。

 廊下に出ると夜の冷気に肌をつねられた。コツコツと八人の歩く足音だけが響いている。

 すると不意にウェンズデイが声をかけてきた。

「ところで、アヤコ。一つ聞かせていただいてもよろしくて?」
「何をですか?」
「そろそろ貴女とカツトシ・ナミチの関係を教えてくださらない?」
「え゛?」

 私は心臓を氷で刺されたかのように、冷たく固まってしまった。そう言えば私が諦めることで終わらせた厄介事も、ウェンズデイ達から見れば未だに何がどうなっているのか分からない珍事件なのだ。

「勢いに流されてしまいましたけど、どういう方で、どういうお知り合いですの?」
「ど、どうしてそんな事を…?」
「あれを見せつけれられて正体が気にならない訳がないでしょう。たとえ人間でもあのコルドロン・アクトフォーの元で修業をしたあなたのような魔女が上位成績を収めるのなら話は分かりますが、彼は魔法を使えないただの人間だと言っていますし」

 ウェンズデイの後ろを見れば全員が全く同じような好奇の瞳を向けてきていた。誤魔化しきれないと瞬時に悟れるほどに。一体どうしたものかと思案している内に、私はヘマをした。波路に先手を許してしまった。

「それなら俺がお答えしますよ。えっと…?」
「ウェンズデイ・ウェットグレイブですわ」
「失礼、ウェンズデイ殿」

 あっと言う間もなく、私が口を挟む余地を奪われてしまう。

「アヤコさんと俺との関係を一言で言えば、主従関係です」
「あら? 従者でしたの?」
「はい」
「はい、じゃない。それはアンタが勝手に言ってるだけでしょ」

 慌てて否定をすると、それにつられて九年分の恨み節が止めどなく溢れて出てきてしまった。コイツは私に対してやってきたことを美談のように語るつもりだったのかもしれないが、こっちからしてみればストーカー行為と何ら変わらない。

 登下校中の追跡行為、学校内での執拗な接触、所かまわず愛の告白まがいの宣言などなど、挙げ始めればきりがない。そのせいで私が認めていないのに公認の恋人扱いをされたことだってあるのに。

 私がいい終わる頃には好奇の瞳は侮蔑と憐憫の表情へと変わっていた。

「…それは従僕の精神と言うよりも恋愛感情なのでは? しかも大分偏執的な」
「いえ、違います。確かに一人の女性としても魅力を感じますが、俺はアヤコさんを守る騎士になりたいんですよ…いや俺の場合、騎士じゃなくて侍か」
「サムライ?」
「サムライってってあのサムライか!? ブシドーとかショーグンとかの?」
「そうそう。波路家は代々、士道を説き武術を教える家でして、俺も小さい頃からサムライになるべく育てられたんです」
「す、すごいですね…」
「そういえば、さっき使われた武器もサムライ・ソードでしたわね」

 そんな訳あるか。確かになんかの道場をやっているとは聞いた事はあるが、所詮はそれだけだ。この現代に侍だ、武士道などがあるはずもないのに。流言飛語も甚だしい。日本に疎いアメリカ人でも騙せるものじゃない…と思っていたのに思いの外、みんなの食いつきがいい。

 むしろアメリカ人ほど侍とか忍者に食いつくのは仕方ないことなのかな?

 …って、なんで私の方が疎外感を感じなきゃならないの!?

 やっぱり駄目だ。こうやって人を無意識のうちにでも巻き込んでしまう性分も嫌いな要素の一つだった。

「あれ? そう言えば『七つの大罪』以外はどうやって寮を決めるんです?」
「抽選だ。すでに寮選びは終わっているからまずはリーダーとして寮生の皆をまとめあげることだな」
「そうなると、俺はどの寮に? 亜夜子さんと一緒がいいんですけど」
「そんな勝手は許されん」

 …よし!

 私もうっかり忘れていたけど、まだ寮の問題もあった。このバカと同じ学校になってしまったのは痛手だが、せめて寮生活だけでも離れられば精神衛生的に幾分マシになる。

 抽選という事は確率的に七分の一だ…だいぶ低いと言っていいだろう。いざとなれば理屈をこねて同席して、魔法で細工をすることも厭わない。

 などと希望的観測で一人舞い上がっていた私だが、すぐに奈落に突き落とされるような感覚を味わうことになった。

「…だが、運がいいな。お前のおかげで『七つの大罪』に昇格した生徒は「高慢」の寮生だ。そこと交換するからお前はアヤコ・サンモトと同じ寮になる」
「やった!」
「ちょっと待ってください。それだけは…そうだ、コイツにも抽選させましょう。お願いします」
「一人のためだけに抽選を用意する訳がないだろう。交換することでもう決着している。あきらめろ」
「そん、な」
 
 ガクッと膝から崩れ落ちなかった自分を褒めてやりたい。そのくらい受け入れがたい現実のインパクトが強かった。

「よろしくお願いします、亜夜子さん!」
「ぐう…」

 殴りたいこの笑顔。

 奥歯を食いしばるギリッという嫌な音が頭の中に響いた。

 ニコニコと溌剌な波路とこの世の終わりの様な悲壮感を漂わせている私のオーラはコントラストとなり、何物も寄せ付けない結界となってしまう。それ以降は慰みの言葉も、好奇心からくる質問も飛んでくることはなく、一層私の陰鬱さが増したのだった。
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