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妖怪屋敷のご令嬢が入学試験に挑戦します
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気が付くと、私は一瞬のうちにかなり開けた場所に立っていた。
そこは森の中には違いないのだけれど、今まで歩いていた森とは様子が違っている。人工的に広場になるように整地されていて、夜だと言うのに不便を感じない程に明るい。周りを見れば不気味な形状の古めかしいランプが無数に折り重なる枝々に無造作にぶら下がっていた。
けど。それよりも目についたのは、やはりここに集まっている人数だった。ざっと見ただけでも二、三百人はいるだろう。
ただ黙って立っている奴、キョロキョロと落ち着かない奴、ナンパに精を出す輩にそれが満更でもない女子、魔導書らしきものを食い入るように見てる奴、仲間と固まって必要以上に大声を出して虚勢を張っている奴…。
私は懐中時計を取り出して時刻を見た。
現在23:52。
そして試験の開始は24時ちょうど。
コルドロン先生から試験の開始に遅れない程度の中で、時間ぎりぎりに行くようにとアドバイスをもらっていたからこんな時間になってしまった。一応は言いつけを守れただろうか。それを確かめる術はないけれど。
私が懐中時計をしまうと、それと同時に誰かに声を掛けられた。
「これをどうぞ」
見ればどうみたって藁で作った案山子のボディにかぼちゃで作った顔を刺した人形が立っている。そして差し出された手(?)には、番号の書かれた大きめのピンバッチが乗っかていた。
「それを自分の心臓の上に留めてください」
…411番。
誰に説明を求めなくても、先着順による受験番号と考えてまず間違いないと思う。てことは400人近くのライバルがいるということ。目算を誤ったのか、それとも目に入るところにはいないのか。まあ、そんなことはどっちでもいい。
開始まであと五分を切っている。
私はもう一度、先生のアドバイスを反芻してみることにした。
『今年の試験は競争だと言ってたね。大方ヨーイドンで受験生たちを競わせるんだ、校舎まで生きて辿りつけとか何とか言って。アンタは箒に乗れるし、アタシが魔法を仕込んで劣化版コルドロンと呼んでもいいくらいには仕上がってるから、少し退屈かもねぇ』
アドバイス、というかカンニングに近いことを教えてもらった。具体的には恐らく仕掛けられているであろう罠の数々。そんな簡単なモノかと半信半疑だったが、コルドロン先生の名前の件を思えば、私の中で信憑性はむしろ高まった。
「あら。ここにもアジア人がいる」
「え?」
私は明らかに自分に飛んできた声のほうに振り向くと、そこには如何にも煽情的な服に身を包んだ女の悪魔がいた。
「アタシと同じ黒髪に声かけて回ってるんだけど…中国人?」
「…日本人」
「ああ、日本…ってどこ?」
嘯いている訳ではなく、本当に分からないといった具合に聞き返してきた。日本という国は日本人が思っている程アメリカじゃ通用しないのだから致し方ない部分はある。
私としても入学するまでは度の過ぎた慣れ合いをするつもりはないので、それはそれで好都合だ。
「アジアの島国。そもそも別に出身はどうでもいいでしょ?」
「それもそうね。アタシはリリィ、もしも合格したら仲良くしましょ」
そう言って手を差し出してきたけど、軽くあしらった。代わりに挑発的な笑顔を返してやった。
「悪いけど、慣れ合う気はないから」
「あら、他の見習いの奴らはホイホイ付いてきたのに、あなたは分かってるのね」
「…」
付いてきたと言っているのにも拘らず、周囲には誰もいやしない。つまりは誑かして試験を受けられないようにされたのだろう。ひょっとしたら命まで奪われているのかも知れない。ま、私には関係ないけど。
「そんな態度を取れるって事は自信ありってことでしょ? 尚更、合格したら仲良くしてね」
悪魔は軽々しく挨拶をすると、再び玩具を探す子供のように雑多の中へと見えなくなっていった。
やっぱりみんな不安は先んじてるみたいで全体的にそわそわと浮足立っている雰囲気が蔓延している。その内に、また男の子が私に声をかけるつもりで近づいてきた。ところがそのタイミングで私達の頭上を覆っていた木々の枝が音を立てて蠢き出し、ぽっかりと穴を一つあけた。するとそこから箒に乗った一人の魔女がゆっくりと降りてきたのだった。
「注目」
言われずともその場の全員の視線が集中している。そしてゆっくりと皆の目をかき集めるように移動する。
振り返った顔を見れば目立つことが好きな顔つきをしている。些か化粧が濃いような気もするが…。
「それではこれよりバリンルザ・ソーサリィアカデミーの入学試験を執り行います」
一気に緊張が走るのが見えた。その時点で会場は大きく二分化した。つまりは今のように緊張して力んだ人と、私みたいにリラックスした人。この時点で力んでいるような輩は正直無視で良い。顔も雰囲気もまるで強張っていない受験生こそ要注意だ。
「試験内容は―――」
魔女の告知にほとんどが固唾を飲み、試験内容に聞き耳を立てた。
だけど私は違う。コルドロン先生から、バリンルザ・ソーサリィアカデミーの入学試験についての予備知識はすでに仕入れている。門外不出の内容らしいのだが、それは口外する側の問題であり聞く側の私に関係のないことだ。
「―――ここからスタートして夜明けまでに生きたまま、森を抜けてアカデミーの正面玄関まで辿り着く事。以上です」
「…よしっ」
小さくガッツポーズをしてしまった。聞いてきた試験内容の情報と同じ、という事は森に仕掛けられているトラップや障害の数々もそこまで大きな違いはないはずだ。
「どんな手段を使っても玄関に辿り着くことができれば合格となります。また、補足ですが到着時間の早いものほど好成績となり、入学後のクラス編成などの参考に致します」
その言葉に瞳の奥に火が灯るのを感じた。是が非でも一番を取り、これからの学校生活を有利にしたい、と思うのが建前で本音を言えば純粋な負けず嫌いなだけだけれど。
「それでは――スタート!!」
試験官の合図をきっかけに、集まった受験者たちは我先にと森の奥を目指して律儀に走り始めた。魔法の使用は禁じられていないのに、何でわざわざ足を使うのかと私は周囲を鼻で笑ってしまった。
それに、そんな迂闊に前に出たりしたら…。
「『来い』」
短く、素早く呪文を唱えると手元に一本の箒が顕現した。
それに跨ると、地面に顔が付くのではないかというくらいに屈みこんだ。
『七つの麦穂、東風に焼かれて痩せ細れ』
そう呪文を唱え、私の前方にまるで大砲のような空気の大玉を撃ちだした。それは健気に走っていた受験生たちを軒並み吹き飛ばしてしまう。
私の狙いはそれだけじゃない。空気の大玉は通過した直後に真空状態を作る。そこに周囲の空気が流れ込むから進行方向に対して物凄い風が吹くのだ。その風に引っ張られるかのように大きく推進力を得た私の箒はパチンコのように勢いよく飛び出し、何が起こったのか分からず混乱している受験生たちの間をすり抜けていった。
『どんな手段を使ってもいい』
試験官は確かにそう言った。
つまりは他人の妨害に魔法を使うのも禁じられていないという事だ。後ろから飛んでくる罵詈雑言も、お門違いの戯言にしか聞こえない。
「ごめんさない。私ってせっかちだから」
聞こえてるのかどうか知らないけど、そんな捨て台詞を残していく。これは家にいた頃、父の家来の『野鉄砲』がやっていた技の応用だ。妖怪の知恵を借りたというのがちょっとだけ癪に障る要素だったが、主席合格のためならこの際些事には目を瞑る。
私や他に空を飛ぶ受験生を見習って、吹き飛ばされた面々はすぐに箒を出したり魔法を使い始めたのだが、一手も二手も遅すぎる。余程の事がない限り追い付かれないだろう。
むしろ問題なのは、私と同じことを考えていた人達。
スタートと同時に周りに何かしらの妨害を加え、前に出てきた数人の方。同じことを考えて実行するところをみるに、注意を払わないと。
そして案の定、横並びのライバルたちに魔法で攻撃を与えてくる。
風、光、炎、氷、雷などの魔法が森の中を縦横無尽に駆け巡る。しかし、私はは攻めに転じる素振りを見せず防御と回避に徹する。
私は知っているから。
この先に試験用のトラップが数多く仕掛けられている事をね。
そこは森の中には違いないのだけれど、今まで歩いていた森とは様子が違っている。人工的に広場になるように整地されていて、夜だと言うのに不便を感じない程に明るい。周りを見れば不気味な形状の古めかしいランプが無数に折り重なる枝々に無造作にぶら下がっていた。
けど。それよりも目についたのは、やはりここに集まっている人数だった。ざっと見ただけでも二、三百人はいるだろう。
ただ黙って立っている奴、キョロキョロと落ち着かない奴、ナンパに精を出す輩にそれが満更でもない女子、魔導書らしきものを食い入るように見てる奴、仲間と固まって必要以上に大声を出して虚勢を張っている奴…。
私は懐中時計を取り出して時刻を見た。
現在23:52。
そして試験の開始は24時ちょうど。
コルドロン先生から試験の開始に遅れない程度の中で、時間ぎりぎりに行くようにとアドバイスをもらっていたからこんな時間になってしまった。一応は言いつけを守れただろうか。それを確かめる術はないけれど。
私が懐中時計をしまうと、それと同時に誰かに声を掛けられた。
「これをどうぞ」
見ればどうみたって藁で作った案山子のボディにかぼちゃで作った顔を刺した人形が立っている。そして差し出された手(?)には、番号の書かれた大きめのピンバッチが乗っかていた。
「それを自分の心臓の上に留めてください」
…411番。
誰に説明を求めなくても、先着順による受験番号と考えてまず間違いないと思う。てことは400人近くのライバルがいるということ。目算を誤ったのか、それとも目に入るところにはいないのか。まあ、そんなことはどっちでもいい。
開始まであと五分を切っている。
私はもう一度、先生のアドバイスを反芻してみることにした。
『今年の試験は競争だと言ってたね。大方ヨーイドンで受験生たちを競わせるんだ、校舎まで生きて辿りつけとか何とか言って。アンタは箒に乗れるし、アタシが魔法を仕込んで劣化版コルドロンと呼んでもいいくらいには仕上がってるから、少し退屈かもねぇ』
アドバイス、というかカンニングに近いことを教えてもらった。具体的には恐らく仕掛けられているであろう罠の数々。そんな簡単なモノかと半信半疑だったが、コルドロン先生の名前の件を思えば、私の中で信憑性はむしろ高まった。
「あら。ここにもアジア人がいる」
「え?」
私は明らかに自分に飛んできた声のほうに振り向くと、そこには如何にも煽情的な服に身を包んだ女の悪魔がいた。
「アタシと同じ黒髪に声かけて回ってるんだけど…中国人?」
「…日本人」
「ああ、日本…ってどこ?」
嘯いている訳ではなく、本当に分からないといった具合に聞き返してきた。日本という国は日本人が思っている程アメリカじゃ通用しないのだから致し方ない部分はある。
私としても入学するまでは度の過ぎた慣れ合いをするつもりはないので、それはそれで好都合だ。
「アジアの島国。そもそも別に出身はどうでもいいでしょ?」
「それもそうね。アタシはリリィ、もしも合格したら仲良くしましょ」
そう言って手を差し出してきたけど、軽くあしらった。代わりに挑発的な笑顔を返してやった。
「悪いけど、慣れ合う気はないから」
「あら、他の見習いの奴らはホイホイ付いてきたのに、あなたは分かってるのね」
「…」
付いてきたと言っているのにも拘らず、周囲には誰もいやしない。つまりは誑かして試験を受けられないようにされたのだろう。ひょっとしたら命まで奪われているのかも知れない。ま、私には関係ないけど。
「そんな態度を取れるって事は自信ありってことでしょ? 尚更、合格したら仲良くしてね」
悪魔は軽々しく挨拶をすると、再び玩具を探す子供のように雑多の中へと見えなくなっていった。
やっぱりみんな不安は先んじてるみたいで全体的にそわそわと浮足立っている雰囲気が蔓延している。その内に、また男の子が私に声をかけるつもりで近づいてきた。ところがそのタイミングで私達の頭上を覆っていた木々の枝が音を立てて蠢き出し、ぽっかりと穴を一つあけた。するとそこから箒に乗った一人の魔女がゆっくりと降りてきたのだった。
「注目」
言われずともその場の全員の視線が集中している。そしてゆっくりと皆の目をかき集めるように移動する。
振り返った顔を見れば目立つことが好きな顔つきをしている。些か化粧が濃いような気もするが…。
「それではこれよりバリンルザ・ソーサリィアカデミーの入学試験を執り行います」
一気に緊張が走るのが見えた。その時点で会場は大きく二分化した。つまりは今のように緊張して力んだ人と、私みたいにリラックスした人。この時点で力んでいるような輩は正直無視で良い。顔も雰囲気もまるで強張っていない受験生こそ要注意だ。
「試験内容は―――」
魔女の告知にほとんどが固唾を飲み、試験内容に聞き耳を立てた。
だけど私は違う。コルドロン先生から、バリンルザ・ソーサリィアカデミーの入学試験についての予備知識はすでに仕入れている。門外不出の内容らしいのだが、それは口外する側の問題であり聞く側の私に関係のないことだ。
「―――ここからスタートして夜明けまでに生きたまま、森を抜けてアカデミーの正面玄関まで辿り着く事。以上です」
「…よしっ」
小さくガッツポーズをしてしまった。聞いてきた試験内容の情報と同じ、という事は森に仕掛けられているトラップや障害の数々もそこまで大きな違いはないはずだ。
「どんな手段を使っても玄関に辿り着くことができれば合格となります。また、補足ですが到着時間の早いものほど好成績となり、入学後のクラス編成などの参考に致します」
その言葉に瞳の奥に火が灯るのを感じた。是が非でも一番を取り、これからの学校生活を有利にしたい、と思うのが建前で本音を言えば純粋な負けず嫌いなだけだけれど。
「それでは――スタート!!」
試験官の合図をきっかけに、集まった受験者たちは我先にと森の奥を目指して律儀に走り始めた。魔法の使用は禁じられていないのに、何でわざわざ足を使うのかと私は周囲を鼻で笑ってしまった。
それに、そんな迂闊に前に出たりしたら…。
「『来い』」
短く、素早く呪文を唱えると手元に一本の箒が顕現した。
それに跨ると、地面に顔が付くのではないかというくらいに屈みこんだ。
『七つの麦穂、東風に焼かれて痩せ細れ』
そう呪文を唱え、私の前方にまるで大砲のような空気の大玉を撃ちだした。それは健気に走っていた受験生たちを軒並み吹き飛ばしてしまう。
私の狙いはそれだけじゃない。空気の大玉は通過した直後に真空状態を作る。そこに周囲の空気が流れ込むから進行方向に対して物凄い風が吹くのだ。その風に引っ張られるかのように大きく推進力を得た私の箒はパチンコのように勢いよく飛び出し、何が起こったのか分からず混乱している受験生たちの間をすり抜けていった。
『どんな手段を使ってもいい』
試験官は確かにそう言った。
つまりは他人の妨害に魔法を使うのも禁じられていないという事だ。後ろから飛んでくる罵詈雑言も、お門違いの戯言にしか聞こえない。
「ごめんさない。私ってせっかちだから」
聞こえてるのかどうか知らないけど、そんな捨て台詞を残していく。これは家にいた頃、父の家来の『野鉄砲』がやっていた技の応用だ。妖怪の知恵を借りたというのがちょっとだけ癪に障る要素だったが、主席合格のためならこの際些事には目を瞑る。
私や他に空を飛ぶ受験生を見習って、吹き飛ばされた面々はすぐに箒を出したり魔法を使い始めたのだが、一手も二手も遅すぎる。余程の事がない限り追い付かれないだろう。
むしろ問題なのは、私と同じことを考えていた人達。
スタートと同時に周りに何かしらの妨害を加え、前に出てきた数人の方。同じことを考えて実行するところをみるに、注意を払わないと。
そして案の定、横並びのライバルたちに魔法で攻撃を与えてくる。
風、光、炎、氷、雷などの魔法が森の中を縦横無尽に駆け巡る。しかし、私はは攻めに転じる素振りを見せず防御と回避に徹する。
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作者のtwitterアカウント↓
https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09
※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。
※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。
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