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妖怪屋敷のご令嬢がプロローグをお話します

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 ◇

「ん? アンタ、人間じゃないのかい?」

「え? 何で…?」

 ほとんど自白のような問い返しに、カウンター越しの老婆はニタリと笑った。

「アタシは魔女だからね」

 それがコルドロン先生との初めての会話。

 何をもって見極めたのかまでは分からないけど、興味本位で店を訪れただけの私が普通の人間じゃない事を言い当てた。

 その時小学生だった私は自分の出自の変わりようを言い当てられた事よりも、目の前のいかにもな老婆が明かした『魔女』という言葉にすっかり虜になってしまった。

 コルドロン先生はクッキーを買ったら話す、紅茶をお代わりしたら教える、という具合に私を焚きつけて魔女の世界の話を語ってくれた。

 やがて財布の中身がすっからかんになるまで話を聞いた後、気が付けば私は弟子入りを本気で志願していた。

 先生は最初こそ面倒くさそうに拒んできたが、私の出自のことを言って聞かせると打って変わって興味に溢れた瞳で弟子入りを許可してくれた。

 妖怪の娘が魔女になったら。

 先生はその一点に強い関心を持っていたが、他ならぬ私自身も一体どういう結果になるのか、とてもとても楽しみだった。

 魔法と妖怪の力は理論上は全く異なるものであるが、人間にとって負の性質を持っているという共通項も存在する。母の霊能的素養もやはり異能と称されるものであり、先生の考案した修行を行ううちに、自分の父母から授かった不思議な力を全て魔法を使う際のエネルギーに変換できるようになっていた。

 座学や実践的な魔法の修行も辛かったが、やはりこの力の種類を魔法用に変換する訓練が一番きつい。腱鞘炎と筋肉痛がタッグを組んで襲ってきたような痛みと倦怠感が一年は続いていたし。

 店での修行の日々はある一点を除けば、とても華々しく賑やかで夢のような時間だった。まあ、そこでの魔女講義の一環で西洋文化に触れていたから、日本嫌いが加速したこともあるのだけれど。

 そんな弟子と師匠との関係が6年程続いた14歳の夏の日。それは父が例の爆弾発言を食卓に放り込んだ日の夕方。

 私は家督相続の為にもっともっと力を付けたい事、日本以外で私と一緒に戦ってくれる怪物を探したいと、思い切って相談してみたのだ。

 コルドロン先生は、ふむ。などと如何にも前置きを零すと、

「なら、魔術アカデミーに行ってみるかい?」

 と、いとも簡単に私の望みを叶えるための道筋を示してくれた。

「魔術アカデミー?」

「ああ。正式には『バリンルザ・サーサリィアカデミー』というんだけどね。少なくともここ二百年の内じゃ一番レベルの高い魔法の学校さね」

「…バリンルザ・サーサリィアカデミー」

「亜夜子のような魔女の見習いや、悪魔やその眷属が如何に魔術を使いこなし、人間を堕落させられるか、ということを学ぶんだ。そこなら亜夜子の言うように魔法の実力も上がるだろうし、悪魔を手駒にすれば心強いんじゃないかい?」

 確かに…。

 西洋の怪物や悪魔、私と同じような魔女や魔術師に手を貸してもらえれば、あるいは父親の下に集まっている妖怪たちに対抗するための手段としては申し分ない気がする。

 というか、唯一の光明にさえ思えた。

 私は逸る気持ちを何とか押さえ込み、万が一にも誰かに聞かれていないかキョロキョロと辺りを見回した。

 そして確認が取れた後も念のため、とても小さい声で先生に聞いた。

「詳しく教えてください、先生」


 ◇


 その日からの一年は、マンネリ気味だった私の魔女生活に新しい刺激を与えてくれたのだ。

 魔法のレベルを上げるのは早すぎるという事はないし、入学した後のことも考えておかなければならない。 家督争いの中に食い込んでいくために、悪魔や魔物を引き入れるのは一番重要な課題。その為には目立つことだって必要だろう。

 受験をするのはバリンルザの高等部クラス。その時点でも合格するだけの魔法は使えているとコルドロン先生は言ってたけれど、それだけじゃ物足りない。

 言葉は元々英語が得意な上に、魔法である程度カバーできるから問題ない。それの他にも悪魔受けしやすいメイクやファッションも押さえておきたい。こういうも一種の高校デビューになるのかな?

 いつか中学の担任の教師が「学生時代の思い出は受験勉強」と言っていた。

 そんな訳ないじゃん、とその時は思っていたが、案外そう言う人間は多いのかもしれない。事実、この特殊な受験勉強の日々は中々に辛い時間だったけれど、終わってしまえば、どうしてか楽しかったとも思えてしまったのだから。

 ◆

 私はアカデミーの入学試験のために、いよいよこの家を出ることにした。
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