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幼馴染と女神の使者

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「……シュ……ねぇ、カシュってば!」

 どこからか女性の声が聞こえる。

「うっ……」
「カシュ! もうこんな所で寝てないで、早く起きてよ!」

 意識がはっきりしてくると同時に、何かに頭をぶつけたかのような鈍い痛みを感じる。
 次第に声が聞き取れるようになり、体が揺さぶられている事に気付いた。
 目を開けると長めの茶髪を後ろで束ね、少し小汚い服を着た少女が自分を見下ろしていた。
 ゆっくりと上半身を起こし辺りを見回すと、見知らぬ森が広がっている。

「……カス? 初対面の子に言われるとかなり傷つくな……」

 急に少女からカス呼ばわりされる――俺の中ではご褒美ではありません。

「初対面? 何寝ぼけてんの?」

 カスってところは否定されないんだな。
 目の前にいる少女は俺の事を知っているらしい。
 どうやら異世界転生は成功したようだ。

 この子は俺の事を知っていて、俺はこの子を知らない。
 転生ってことを考えると、誰かの体に魂だけ入ったって考えるのが妥当か。
 とりあえず話を合わせることにする。

「悪い悪い、つい気持ちよくなって昼寝しちゃったよ。それにしても、ちょっと昼寝してたぐらいでカス呼ばわりしなくても」
「カスじゃなくて、カ! シュ! あんたの名前でしょ! やっぱり寝ぼけてる!」

 カシュって言ってたのか。どうやら、それが俺の名前らしい。

「とにかく早く戻りましょ! おばさんカンカンだったよ!」

 うーん、接し方から察するにかなり仲が良いっぽいんだけど、記憶がないのがもったいない!
 可愛い女の子と自然に話せているのは喜ばしいことなんだが。
 とりあえず、こんな森の中に置いていかれたら遭難してしまうので追いかける。

「じゃあ、彼女に関する記憶を引き出しましょうか?」
「ん? 何か言った?」
「早く戻ろうって言ったの!」

 「私、先に戻ってるからね!」と言って、彼女は小走りで先に行ってしまう。
 何か言われたような気がするが、気のせいか。

「そうだな、戻ろうか」
「無視するのは感心できませんね」

 どこからともなく声が聞こえる。
 キョロキョロと辺りを見回すが、彼女の他には誰も見当たらない。

「上を見てください」

 空を見上げると、そこには羽の生えた手の平サイズぐらいの小人が浮いていた。
 小人は青みがかった銀髪の美少女で、黄緑のワンピースのような服を着ている。

「私はストレ様の使者でアトと申します」

 これが妖精というやつだろうか。
 本当にファンタジーの世界に来たんだな……。
 感慨にふけりながらしばらくアトと名乗る少女を見つめていると、ゆっくりと肩の上に降りてくる。

「あなたが条件として出した世界の知識についてですが、一気に頭に流し込むと廃人になってしまうので私が遣わされました」

 あまりにも膨大な情報を一気に入れることはできないってことか。

「えっと……君が来たってことは、代わりに何かしてくれるってこと?」
「はい、これからは私があなたについていき必要な時に知識を与えていきます」

 どうやら、アドバイザーとして一緒にいてくれるらしい。
 その時の状況によって必要な情報をもらえるのはありがたいな。

「何か聞きたいことがあれば、質問すればいいのかな?」
「そうですね、口頭で言えることはその場で説明させていただきます。そうでない場合は直接頭に流し込むことも可能ですのでおっしゃってください」

 いつの間にかさらに距離が離れている幼馴染が「さっさと来なさいよー!」と叫んでいるが、アトに聞きたいことがあるので聞こえないフリをすることにする。

「え、流し込むってさっき廃人になるとか言ってなかった?」
「世界の知識を一気に流し込んだ場合はそうなりますね。ですが、少量の記憶であれば体に負担はありますが、特に問題はないでしょう」

 何それ! すごい便利じゃん!
 毎日少しずつ流し込んでもらえれば、まじで世界の知識を全て手に入れることも出来ちゃうんじゃないか?
「それで、さっき言ってた記憶を引き出すって言うのは……」
「そのままの意味ですね。彼女に関する記憶は元々その肉体が持っていた情報なので、比較的簡単に引き出すことが出来ます」

 強制的に思い出させるってことか。

「その前に一つだけいいかな? これから一緒にやっていくんだから敬語はやめない? 堅苦しいのはあんまり好きじゃないんだよね」

 こういうのは最初が肝心だ。敬語のまま話されると、どうしても距離を感じてしまい仲良くしづらい。

「あ、そう? 助かるわー。ストレ様の使者って立場上、どうしても敬語を使わなくちゃいけなかったんだけど、あんたがそう言うならいいわよね!」

 急に砕けた口調になったアトは、自分の肩を揉みながら首を左右に傾けて「あー敬語ってかったるいのよねー」とか言っている。
 うわ、猫被ってやがったなこいつ……。

「じゃ、さっそく記憶を引き出して彼女に幼馴染属性くっつけちゃう?」

 何かノリがものすごい軽くなったが、堅苦しいよりはいいか……。
 それにしても彼女は幼馴染なのか。道理で仲が良いわけだ。

「とりあえずお願いするよ」

 引き出すのは簡単に出来るって言ってたし、さくっと思い出して戻ろう。

「それじゃ、いっきまーす! えいっ!」

 直後、頭が割れるような痛みに襲われた。

「ぐっ……! うっ……!」

 呻き声が漏れる。
 眩暈が激しく自分の力だけでは立っていられなくなり、横にあった木にもたれかかる。
 頭を必死に抑えて痛みに耐えるが、我慢できるレベルじゃなかった。
 もたれかかるのさえ辛くなり、その場に倒れ込む。
 そんな痛みの中、様々な情景が頭に浮かぶ――
 
 彼女の名前はエリー。
 誕生日のご馳走をとられたこと。
 落とし穴にはめられたこと。
 仕事をサボっているのが見つかって怒られたこと。
 いつでも一緒に過ごしてきたこと。

 どれもあまり良い記憶とは言えないんだけど……。
 情景が頭に浮かんでこなくなると同時に、頭の痛みも徐々に引いていく。

「はぁ…はぁ…なんだこれ……」

 痛みはなくなってきたが、脳を揺さぶられた感覚が残っていて気持ち悪い。

「まぁ、彼女との記憶だけだから情報量はかなり抑えてあるけど、それでも一気に引き出したわけだからねー」
「簡単に引き出せるって言ってたのに……」
「ごめんごめん。簡単って言ったのは、あたしがやるのが簡単って意味で体に負担がないって意味じゃないよ。それでも知らない知識を渡すより負担はかなり少ないけどね」
「……そ、そういうのはちゃんと説明してくれ」

 やっと眩暈も治まってきて、何とか立ち上がることが出来た。
 それにしても、記憶を引き出すだけでこれって知らない知識を入れられたらどうなるんだよ。
 さっきの頭痛と眩暈を思い出して想像するのをやめた。

「大丈夫?」

 エリーが心配そうな顔をして、近寄ってくる。

「大丈夫、ちょっと立ち眩みしただけだから」
「大丈夫なら、さっさと村に戻ろうよ」

 それにしてもエリーとの思い出って、ろくなものがなかったんだが本当に仲が良かったのか?
 そんなことを考えながら、エリーの後を追い自分が暮らしている町に行くことになった。
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