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番外編②「梁山泊」面接騒動

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※第7話で削った面接の模様。

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 前世が日本人の転生者を集めていた第一皇子レオンハルトと金細工師の一人息子サイケ。そこに飛び入りでレードラも加わり、募集をかけていた「梁山泊」メンバーの面接が始まった。
 主に聞いておくのは、「現在の名前と前世の肩書き。冒険者ギルドでの職業、して欲しい事」になる。

 一人目は、体格のいい二十歳前後の若者。

「キャトル=ミルキーズ、十八歳。騎士見習いをしている。冒険者ギルドには未登録だ」

 レードラが、おや、と反応を見せた。

「へえ、いいじゃん。俺等どっちも戦士タイプじゃないし。剣が使えるのは強い」
「なあ、騎士が冒険者登録してもいいのか?」
「護衛としてちゃんと許可を取れば平気だ。それで、前世では何を?」
「自衛官でしたよ」

 ガチの戦闘員だった事に二人共息を飲む。聞けば世代はレオンたちよりずっと後で、享年は三十にも満たなかったらしい。

「それってまさか……俺等が死んだ後で日本が戦争に巻き込まれたとか」
「あー、そう言うんじゃなくて。災害派遣が長引いて缶詰生活が続いたせいで、内臓がね……。あと地べたに雑魚寝だったし、何日も風呂入れなかったからなー」

 戦争は関係なかった。が、やはり命懸けの任務である事には違いない。日本人であった頃に平和でいられた事に、世代は異なるが感謝するレオンたち。

「で、これから俺等がする事に何か希望でもあるか?」
「ああ。これは日本人同士の集まりと言うよりは、第一皇子としてのあんたに言っておきたいんだが」
「俺?」

 レオンがきょとんとすると、キャトルはガタンと勢いよく椅子から立ち上がる。

「いいか、軍事費は絶対にケチるな。武器や防具だけの問題じゃない。一兵卒でも最低、家族を養っていけるだけは払ってやれよ。こっちは命懸けなのに公務員だからって給料削られて、誰がなりたがるんだよ!? しかも武器弾薬は同盟国のお下がりで、こんな低予算で本当に国護る気あんのかよ? 隊員少ないからって潜水艦も男女混合の話が出るし……トイレのウォシュレットの数だって決まってるのに気を遣うんだよ! うさんくさいジジババ団体からは普段人殺し呼ばわりされるのに、そいつ等被災した時は真っ先に炊き出しに並ぶんだぜ。そんなクズ共も国民として護らなきゃならんのがやるせなかったよなあ……」

 そうして一通り捲し立てると、再びどっかりと椅子に腰を下ろす。レオンもサイケも、ただただ絶句していた。

「その……何だ、大変な人生だったな。けど騎士見習いって事は、また国を護る職業にしたんだよな」
「ああ。まあ結局はそれが性に合ってるみたいだ。元々この世界じゃ、貴族の次男以下は家を継がずに兵士になるケースが多いみたいだし。
…それはいいとして、本当に頼むぞ皇子様。軍事予算を絶対に甘く見るな」
「お、おう……と言っても俺まだガキンチョだし、一応国防大臣には意見通しておくよ。そうだ、ドラコニア帝国の現在の軍事に関して何か一言あるか?」

 参考までにと聞いたレオンだったが、それに対しキャトルはピンと背筋を伸ばす。

「いいえ、我々ドラコニア帝国騎士は皇帝陛下の命がすべてであります!」
「え……何、急に」
「ふはははは、実に優秀ではないか」

 態度を急変させたキャトルに目を白黒させていると、レードラが噴き出した。

「兵にとって御上の命令は絶対。そして余計な情報は決して漏らしてはならんのじゃ」
「いや、ついさっきまで結構機密ペラペラ喋ってたけど」
「それは、異世界の日本とか言う国の話じゃろ。儂等には関係ない。あくまで参考程度に話しただけじゃ。そうじゃろ?」
「はっ!!」
「……まあいいか」

 レオンは名簿に「合格」と書くと、キャトルに後で呼ぶから部屋の外で待つよう告げた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「高槻美清、享年六十歳よ!!」

 次に入室するなり挨拶もなくそう名乗ったのは、中年女性だった。

「はあ……それは、前世の事で?」
「当たり前じゃないの。今の私が、日本人に見える? 前世の私はね、そりゃあ自分の国を良くしようって頑張ったのよ。過去の過ちを認めて周辺諸国と仲良くしましょうってね。分かってくれる人もいたけど、全体にはなかなか広まらなくて……」

 息も吐かせぬマシンガントークに、レオンとサイケは顔を見合わせた。こいつは、面倒くさいのが来た、と。

「あの、それで…ミキヨさん? 前世は一旦置いておいてですね。今、この世界で何か活動されているのですか?」
「あらっ、聞いてくれる? 当然じゃない、記憶が戻ってからは私がどんなにこの世界を前世のように平和にしようって訴えてきたか。特にこのドラコニア帝国? 何度も侵略戦争してきたって話じゃない」
「まあ、歴史の長い国ならそう言う事もありますよね」
「ダメよそんな、侵略を正当化しちゃ。酷い事をしてきたって、ちゃんと謝罪と賠償して許してもらわなきゃ。そのためにも国中の武器をすべて捨てて、共和制にしなきゃ」
「……は??」
「もうね、これからは身分も戦争の道具も全部なくしちゃって、平和に話し合いで解決しなきゃ」

 頭痛がしてきた。これはひょっとして、前世にもいたと言う、なんだろうか。そこへレードラが手を上げて、話に割り込んでくる。

「お主の言う通り、すべての武器を廃棄したとしよう。そこへこれ幸いと、今度は他国が侵略してきたらどうする? 身分をなくせと言うが、トップがいなければ軍は動かせんぞ」
「要らないわよ、そんな人殺しの道具なんて!!」

(こいつ、キャトルが言ってたうさんくさいジジババ団体だー!!)

 レオンとサイケが戦慄する横で、女たちの言い合いは続く。

「軍が人殺しの道具か。ならば他国の兵が武器を使って我が国に攻め入り、帝国民を嬲っていくのは良いのか? 見殺しは罪ではないのか」
「そんな事言ってないわよ。だからね、みんなで話し合うのよ。武器や兵器があるから戦争が起きるの。だから全部捨てれば……」
「物がなくなっても魔法があるではないか。魔界から魔物が召喚されれば世界は短期間で制圧される。そして魔物には言葉が通じぬ。お主の言っとる事は現実が見えとらんお花畑の理想論じゃ」
「だっ、だから魔法も禁止しなきゃならないの! 実際、クラウン王国じゃ昔は禁止されてたって言うじゃない! 当然よ、あんな危険なもの。軍も魔法も人殺しの道具! 渓谷にいるレッドドラゴンだって魔界から来た兵器じゃない」

「あ?」

 プツッと音がして、レオンが立ち上がった。隣のサイケが青ざめて袖を掴もうとするが、振り解いて美清の方にずんずん近付く。レードラは額に手を当てていた。

「何つった? おいこらババア、俺のレードラちゃんを今、何つったおいぃ!?」
「な…何よ!? 本当の事でしょ、レッドドラゴンを召喚した時、生贄を何人も殺したって文献にもちゃんと書いてあるわ! そんな人殺しの化け物を神様だ何だと持ち上げるこんな国は異常よ、滅ぶべきだわ!!」
「ああ!? そん時帝国民が何千万人死ぬか分かってて言ってんのか、クソババア!!」
「レオン、もう良い。そこをどけ」

 ぐい、と襟を引っ張られてレオンが下がらされると、レードラが前に出る。

「ミキヨ=タカツキ殿と申したな。つまり今のそなたは前世の人格と価値観に則って発言しておる……と考えて良いのじゃな?」
「それが何……ッ!?」

 ギュイン、と美清の顔周辺が一瞬ぶれ、彼女の目が閉じられる。再び瞼が開かれた時、ぼーっとして辺りを見渡していた。

「あ、あの…私……?」
「すまぬ、最近物覚えが悪くてのう……もう一度そなたの自己紹介を頼めるか?」
「あ、はい……ドラコニア帝国カサイオの町から来ました、マナ=コーンと申します。歳は四十一……主婦をしております」

 レードラが肩を離すと、急におどおどし出す美清……いや、マナ。何が起こったのか、レオンとサイケには分からなかった。

「お主もしや、最近怪しげな連中と付き合いがあるのではないか?」
「はい…はい、そうなんです実は! 何故あんな恐い人たちと一緒になって騒いでいたのか、さっぱり思い出せないんですが……おかげで主人も子供たちも私に冷たくなって……本当にどうして」
「うむ、誠心誠意謝って話し合えば、平和的に解決するじゃろ。それこそ、お主の好きな事じゃ。その連中の事は儂等が何とかするから、詳しく教えてくれるな?」
「はい、ありがとうございます!!」

 そうしてマナは国家転覆を企んでいた組織の情報を洗いざらい話すと、何度もお辞儀をしながら出て行った。彼女の安全のためにも、しばらく兵士を派遣する事を約束する。

「あの……レードラさん? 一体彼女に何を」
「ふふん、あやつは今のままだとこの世界では生きにくいようじゃったからの。四十年以上前の記憶には絶対に辿り着けんよう、強力な暗示魔法をかけさせてもらった。帝国の守護神であると同時に魔界の化け物でもある儂の本気じゃ。解こうと思えば魔王級の魔力がなければのう……ふははははは!」

(こっ、恐えぇ~~! 滅茶苦茶怒ってる……)

 ただの女の子にしか見えないレードラが、実は人の命など容易く奪える魔物なのだと実感し、サイケは背筋が寒くなる。こんな規格外の相手を、よく今まで口説けたなとレオンを見遣れば、当人は気遣わしげにレードラの手を握っていた。

「レードラ……ごめん、君に嫌な思いをさせてしまって」
「あんな輩など慣れとるわい。儂があの時、帝国の民を殺したのも事実じゃしのう……。何百年経とうと何万人救おうと、それは変わらん」
「それでも俺は、君を……君と帝国軍を人殺しなんて呼ばせない。俺が、そうさせない」

 この世界の価値観では、軍の規律に反していない限り、どこの国でも武勲を立てた者は英雄扱いされる。前世の、日本の記憶を持ったまま転生する事は、少なからずこの辺りの価値観の相違に悩む事になるのだ。
 例えば軍事力を持つ事だったり、皇家の一夫多妻制だったり。

「しかしレオンよ……いくら年嵩としかさだからと言って、御婦人にババアはなかろう。儂とて千年は生きておるババアなのじゃぞ」

 自分を見つめる真剣な眼差しを躱すように軽口を叩くレードラだったが、レオンは逃がさないとばかりにその指先に唇を落とす。

「ババア結婚してくれ」

 ズビシ!

 返事の代わりに、レオンの脳天にチョップが落とされた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「ニルス=ジョースター、精霊使いです」
「おお……不思議な冒険とかしてそう」

 余計な茶々を入れるレオンを肘鉄で黙らせると、サイケは冒険者パーティーの候補者に彼の名を書き加えた。自分の魔道具マジックアイテムを除けば、現在攻撃魔法を使える面子がいなかったのだ。

「それで、ニルスさんは日本では何を?」
「あのー……その事なんですが」

 ニルスはもじもじと言い淀んでいたが、突然バッと頭を下げた。

「ごめんなさい! 実は僕、日本人じゃないです」
「ええー! ってか俺等も今、日本人じゃないんだけど……前世は外国人だったって事?」
「はい。でも日本はすごく好きだったんです。生まれ変わったら日本人に生まれたいって思ってたぐらい……叶いませんでしたが」

 転生してみれば、日本どころか世界そのものが違っていたのだから、それはそれはがっかりしたのだと言う。

「でもこうして皆さん集まって何かしようって言うのを見て、僕も混ぜて欲しくなりました」
「へー、光栄だね。こっちは日本の事知ってるなら、それでいいよ。なあ?」

 サイケが振ると、後の二人も同意する。

「さっきのおばさんみたいにめんどくさいのでなきゃ全然」
「前世の事は儂には分からんから、お前等に任せる。なかなかレベルの高い精霊を扱えるようじゃしの」
「やったー、ありがとうございます!!」

 ニルスが腕を振り上げて喜ぶと、どこからか花が舞った。こう言う事も使役する精霊のお仕事らしい。

「けどさ、前世の内から日本人になれる方法はあったんじゃない? 国籍変えるとか日本人と結婚するとか」
「そうそう、何なら日本に住んじゃえば良かったのに」

 レオンたちはそう言ったが、ニルスは顔に影を落として首を振る。

「僕の国、日本が嫌いな人がすごく多くて……大っぴらに好きだって言えないんです。旅行するだけでも親や友達に大反対されたし、最後は息子にな…っ何でもないです」

 何かを言いかけて苦笑いで誤魔化すニルス。あまり恵まれた生ではなかったようだ。

「ありゃ、日本は嫌われてたか。まあ戦争もあったしそう言う国があっても仕方ないよな」
「統治者の立場になった以上、外交の大切さは分かるけど、国民レベルでは別に無理して好きになってもらわなくてもな。嫌いなら嫌いで」
「そうじゃないです! 『嫌いになる自由』と『嫌いになる義務』は全然違う。僕はやっと解放されたんです。もういくらでも好きなものを好きだと言えるんだ!」

 ガタンと椅子から立ち上がって主張するニルス。応募者はどうやら、興奮しやすいタイプの人間が多いらしかった。それにてられたレオンも、思わず身を乗り出して肩を組む。

「分かる、その気持ちよーく分かるぞ! 自重して愛を語れない人生は辛かっただろう。ここでは好きなだけ叫んだっていいんだぞ」
「ありがとうございます殿下! 日本が好きだー!!」
「レードラちゃん好きだー!!」
「日本最高ー!!」
「愛してる――!!」

「やかましいわ、お主等!!」

 バシンバシンと尻尾でビンタを喰らい、騒音の元凶二人は正座させられた。

「言いたい事は分かった。じゃが近所迷惑にならん範囲でやれ」
「「はい…」」
「それとニルス。この世界のどこにも、日本など存在しない」
「うう……はい。グスッ」

 しょんぼりと俯くニルス。日本人になりたかった転生者にはっきり断言してしまうのは酷な気がしたが、レードラはそんな彼に優しげな笑みを浮かべる。

「じゃから、お主が祖国に誇りが持てるよう、帝国民としてレオンに協力してやってはくれんか」
「えっ」
「こやつはこれから、皇帝となる。その時どんな国であって欲しいのか、お主にはビジョンが見えておるはずじゃ。日本に生を受けていなくても、その外側からの視点は必ず役に立つじゃろう」
「僕が、お役に……はい、頑張ります! レオンハルト殿下、よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げられ、レオンはすっかり恐縮してしまった。今まではただレードラと結婚したい一心で突っ走っていたが、自分の肩には帝国民すべての未来がかかっている。

(考えなかったわけじゃない……けど、国民を不幸にする事だけは絶対避けておかなきゃな……)

 違う歴史、違う価値観を持ったドラコニア帝国を日本とそっくり同じにする事は不可能だ。この世界に沿いつつも前世の知識を上手く活かさなくてはとレオンは誓うのだった。

「ところで日本の何が好きなの。アイドルでは誰が好き?」
「はい、一番カワイイと思ったのが……」
「……」
「……」
「???」

 ニルスの答えにレオンとサイケは顔を引き攣らせ、他の二人に聞こえないよう頭を寄せ合った。こうしていると、レードラも内緒話だと気を利かせて心を読まない。

「なあ……AV女優が好きなのに精霊使いなんてやれんの?」
「けど前世の話だし……俺等が知らないだけで転向したのかもよ」

 椅子に腰かけ、足をぶらつかせながらニコニコしている十歳児は、こうして無事梁山泊のメンバーとなったのだった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 次に入ってきたのは、先程のマナよりもさらに年上の女性だった。残念ながら戦闘員としては期待できそうにない。それよりも気になったのは、彼女の顔立ち。

「マチコ=マイヤー五十歳。スティリアム王国で料理研究家をしています」
「マチコ先生ー!!」

 女性が名乗った途端、レオンが叫んだのでサイケがぎょっとする。レードラはすかさず、立ち上がりかけた彼を席に押さえ付ける。

「こやつの事は気にせんで良い」
「はあ……あの、マチコさんってひょっとして日本人?」
「ええ。三十年前にこの世界にやってきて、帰れなくなっちゃったの。そのまま結婚して、今は孫もいるわよ。今回はドラコニア帝国にしかない食材を入手しに訪れたんだけど、久しぶりに日本を知る人たちに会えて嬉しいわ」

 上品に微笑むマチコ。一人見知らぬ世界に迷い込んで、どれだけの孤独に苛まれたのだろう。それは一度向こうの世界から「死」と言う形で解放され、新たに生を受けたサイケたちには想像もつかなかった。

「苦労されたんですよね……料理研究家とは?」
「あのね、実際には小さな食堂を営んでいるのよ。でも元の世界とは色々勝手が違ってて、特に食材がね……。だからどの材料が代替品として使えるのか、この三十年研究やレシピ作りに費やしてきたの。もし私と同じ境遇の人がいれば、お役に立てると思ってね」
「その研究は、もうスティリアム王国が独占しているのですか?」

 サイケが気になっているのは、マチコの知識を国が存在ごと囲い込んでいないかどうかだった。研究は大いに興味があったが、情報を国外に持ち出した事で罰せられるのなら、気軽に見せてくれとは言えない。

「ホホホッ、こんなおばさん一人がやってる事なんて、誰も気に留めやしないわよ。それにせっかくできた縁だもの。同じ日本人同士、困った時はお互い様でしょ」
「助かります! おいレオン、前世と同じメニューが食えるぞ」
「マジで!!」

 レードラは何故この二人がこんなにも食い付きがいいのか理解できなかった。日本人の食に対する執着は、しばしば異世界でも革命を起こしていたのは意外と知られていない。

「帝国にはもうしばらくいるつもりだけど、住所も渡しておくから、よかったらお手紙ちょうだいね」
「ありがとう、マチコ先生~」
「あと、レオンハルト殿下……私、この世界に来たのが日本では昭和六十三年になるんだけど」
「おお、じゃあ平成は知らないんだ」

「私、世代的に貴方の言ってる事が理解できるの。だからあんまり先生って連呼するの、止めてね?」

「……ハイ」

 相変わらずにこやかに微笑むマチコから謎の威圧感を受けたレオンは、ひたすらコクコク頷いた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 最後に入ってきたのは、異様な雰囲気を纏った人物だった。若いのか歳を取っているのか、男なのか女なのかもはっきりしない。目立っているようで、ふと目を離した隙に人混みに紛れてしまいそうでもある。

「名前は?」
「レイニス」
「歳は」
「秘密です」
「職業は?」
「歴史学者」
「前世では何を?」
「前世とはちょっと違いますけど……ファンタジー作家をやってます」

 煙に巻くような返答に、レオンはサイケと額を突き合わせる。

「ただの冷やかしか?」
「さあ……まあ歳とかはどうしても聞きたいわけじゃないし……それよりちょっと気になる事が」
「お前も気付いたか!? レードラがあいつの事、じーっと見てんだよ。これってどう言う事だと思う?」
「……惚れたとか?」

 バンッ!!

 適当に答えたところ、レオンが無言でテーブルを叩いたので、サイケは首を竦めた。触らぬ神に祟りなしだが、恐いのは神よりもその金魚の糞だとつくづく思う。

「お聞きしたいんですけど、前世での名前を伺っても?」
「本名は秘密ですが、ペンネームは同じくレイニスです」
「それは……転生してから前世のペンネームを名乗っていると言う事ですか?」
「逆ですね。私はこの世界を旅して、各地に残る神話や伝承を集めて記録しているんです。一方、日本では異世界の歴史学者があたかも実在して風土記を出版した…と言う体でファンタジー小説を書いているのですよ」

 レオンは頭が混乱してきた。つまりこのレイニス(最早本名かどうかも不明)の前世は前世ではなく、同時進行で存在している事になる。

「それって転生じゃなくて、異世界転移じゃないのか…? しかも好きな時に行き来できるやつ」
「それも違いますね。今ここに存在する歴史学者レイニスは、どうあっても日本に行く事はできない。逆に日本の作家の方も、こちらには来られない。あくまで意識を共有しているだけです」
「んーどう言う事だ……要するに別人って事?」

 思考放棄寸前まで行ったところで、レードラがすっくと立ち上がると、レイニスの前まで歩いて行く。腕を組んだままじっと睨み付けるが、レイニスは薄く笑っただけだった。

「お主……昔、見た事があったぞ」
「あの時の貴女はドラゴンでしたね。随分可愛らしい御姿になられて」
「レードラ、こいつ知ってんの?」

 レイニスの方はやけに親しげなので、ムッとして聞いてみると、レードラは溜息を吐いて頷く。

「儂の師匠の知り合いじゃよ。……しかし何百年も昔の事じゃ。お主、人間ではなかったのか?」
「人間ですし、私自身に特別な能力はありません。ただ作家の私がですね、ちょっと裏技を使いまして……」
「???」
「ああもう、こやつ等が理解できとらんからその辺はいいわい。お主がここに来たのは場を引っ掻き回すためか? それとも師匠の意向か」
「面白そうだからです。と言っても邪魔をする気はありませんよ。どうせ暇ですし、同じ日本人のよしみで協力したくなっただけですから。
…と言うわけでレオンハルト殿下。私自身は特に希望もありませんので、やる事が決まりましたらまたお声がけをお願いします」

「…はっ!」

 レオンが我に返ると、いつの間にか話はまとまっていて、レイニスが立ち上がるところだった。慌てて駆け寄って引き留める。

「ちょ、ちょっと待てよ。結局あんたって何者なんだ!? 異世界転生なのか転移なのかどっちなんだよ?」
「さっき説明した通りなんですがねえ、それじゃ納得しませんか……じゃあ、異世界の言葉で分かりやすく言いましょう。『胡蝶の夢』って知ってます?」

 何だか懐かしいキーワードを出されて、戸惑いつつも頷く。

「自分は蝶になった夢を見ているのか、蝶が人間になった夢を見ているのか…ってやつだろ。確か『荘子』だっけ?」
「そうです。日本の作家レイニスにとって、今の私は夢の中の自分であり、自作小説の主人公。ですがこの世界は現実だし、私も実在しているでしょう? 皆さんとは違いますが、日本人としての関わりはそう言う形になっています」
「それってさ、作家こそが本当の自分で、あんたはただの駒って事はないの」

 サイケの指摘に、レオンも頷く。レイニスが何百年も生きているのは、作家が裏技を使ったからだと言った。それにレイニスの風土記を自分の小説として出版したのを、目の前の本人はどう思っているのだろうか。

「あははは、確かにそうとも言えますね。ただ逆の事も言えますよ。作家レイニスは私の著書をそっくりそのまま日本に具現化し、広めるための『学者レイニスの駒』だってね。
…まあ、この辺りの問答はきりがないので止めておきましょう。どちらも自分である事に変わりはないのですから」

 レイニスは今度こそ立ち上がると、部屋を出て行かずに隅に寄った。

「この後、別の場所へ移動するのでしょう? せっかくですから一緒に行きましょう」
「…まだ合格にすると決まったわけじゃねえぞ。冒険者パーティーの募集でもあるんだし、お前戦えねえだろ」
「知ってますよ。ですが知識なら他の誰よりも自信があります、ええそこの大魔女のお弟子さんよりもね。何せ歴史学者ですから……欲しい知識がある時はいつでもお声がけ下さいよ」

 そんな人を食った態度でほくそ笑むレイニス。そっぽを向くレードラ。嫉妬丸出しで彼女とレイニスの間に立つレオン。
 穏やかには終わらなかった面接に、サイケは肩を竦めた。

「荘子っつーか……まるでサン=ジェルマン伯爵だな」

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