89 / 111
異世界人編
幕間⑩日本語(ラクsideB)
しおりを挟む
「あの日、真っ暗な礼拝堂で一人お祈りをしていたら、何か焦げ臭いなって。振り向いたら、人魂が飛んでたのよ。もう心臓が止まるかと思って……パニックを起こして出て行ったの」
私はアステル様に、日本語で事件当時の詳細を伝えていた。
「あなたの世界での心霊現象でしたっけ? それは、トリックなどで再現不可能なのですか?」
「いいえ、肝試しとかでは油の染み込ませた綿なんかを釣り竿につければ……暗闇では本当に火の玉が飛んでるように見えて怖いですよ。
……だけど、人の気配なんてなかった!
それで、廊下を必死に走ってたら、すぐ後ろで斧を持った鎧が順番にバタバタ倒れてきて……」
「順番?」
ピクリ、とアステル様が反応するが、すぐに他に気になる点を促してくる。
「そう言えば……そこでも一瞬、焦げたような臭いがしたかも。ほんのちょっとだけだから、気のせいだって思ってたけど。あと鎧が倒れる時に、何かが擦れる音もしてた……ような」
こんな曖昧な記憶でいいんだろうか?
鎧騎士に関しては納得したのか、今度は別の件で質問される。
「君を呼び出した手紙は持ってる? 殿下には見せた?」
「あ、いえ……いつの間にかなくなってしまったの。証拠になるかと思って探したんだけど、テセウスは犯人がエリザベス様で間違いないって言うから。でも」
「今は、信じられなくなってる?」
私は周囲を見渡しながら、小さく頷いた。日本語だから分かるわけない、現にリジー様だって分かってない……だけど、世話になっているテセウスを疑うような発言には抵抗があった。
アステル様は、そんな私の心を揺さぶるように声のトーンを低くした。
「ラク様……元の世界に、帰りたいですか?」
「えっ!?」
「家族や友人の待つ、あなたの生まれ育った世界に。それともテセウス殿下の妃としてクラウン王国で一生を終え、この世界に骨を埋める覚悟でいるのですか」
はっとして顔を上げる。今まで、テセウスの口からそんな話題が出た事は一度もなかった。この世界に来た以上は、君を客人として丁重にもてなす。友人として君を守る。君を愛する……そんな言葉や態度に流されてきたけれど。
「こちらの世界の『帰りたい』という言葉は、教えてもらえなかったのですか?」
「ええ……テセウスは私が不便な思いをしないように、色々気を回して優しくしてくれてる。でも、本当は……!」
帰りたい。
アステル様の指摘に頷きながら、私は泣きそうになった。当たり前のように、異世界に召喚されたら戻る事は諦めなければいけないと思い込んでいたけど。そもそも私は、テセウスたちに呼び出されたんじゃなかったっけ。
何か目的があってそうしたのかもしれないが、だったら達成したら私を帰してくれるの?
エリザベス様との婚約破棄。
私を愛してるというテセウスは、この国の王子様。
そういう……事だったの?
「目論見までは分かりませんが、テセウス殿下はあなたを手放す気はないでしょう。そして、帰還の方法もあるのかすら分かりません。
ですが……あなたが協力してくれるのであれば、元の世界に戻れる方法を私たちが秘密裡に探しておく事はできます」
「!」
この世界で最も信頼していたテセウスに裏切られた思いで絶望していたところを、救いの手を差し伸べられて目を見開く。帰れるの? 元の世界に……彼の事は好きだったけど、やっぱり私は。
「帰りたい……日本に、帰りたいよ!」
「でしたら、今まで通りにしつつテセウス殿下の周辺に気を配っておいてください。
それと、社会見学とクラブ活動を指定して、リジーと一緒にやりたいと殿下にお願いしておく事。もちろん、あなた自身が興味があるように振る舞って……くれぐれも、私が指示した事は内密に」
テセウスに秘密と聞いて、私はコクコク頷きながらも興奮していた。彼に内緒事なんて罪悪感が過ぎるけれど、向こうだって私に隠し事をしているのだ。もし私を一生この世界に閉じ込めておくつもりなら……それに耐えられるほど、私はテセウスの事を愛してるわけじゃないのかもしれない。堅苦しい王妃様生活なんて絶対無理だし。
だから、ごめんねテセウス。
私はアステル様に、日本語で事件当時の詳細を伝えていた。
「あなたの世界での心霊現象でしたっけ? それは、トリックなどで再現不可能なのですか?」
「いいえ、肝試しとかでは油の染み込ませた綿なんかを釣り竿につければ……暗闇では本当に火の玉が飛んでるように見えて怖いですよ。
……だけど、人の気配なんてなかった!
それで、廊下を必死に走ってたら、すぐ後ろで斧を持った鎧が順番にバタバタ倒れてきて……」
「順番?」
ピクリ、とアステル様が反応するが、すぐに他に気になる点を促してくる。
「そう言えば……そこでも一瞬、焦げたような臭いがしたかも。ほんのちょっとだけだから、気のせいだって思ってたけど。あと鎧が倒れる時に、何かが擦れる音もしてた……ような」
こんな曖昧な記憶でいいんだろうか?
鎧騎士に関しては納得したのか、今度は別の件で質問される。
「君を呼び出した手紙は持ってる? 殿下には見せた?」
「あ、いえ……いつの間にかなくなってしまったの。証拠になるかと思って探したんだけど、テセウスは犯人がエリザベス様で間違いないって言うから。でも」
「今は、信じられなくなってる?」
私は周囲を見渡しながら、小さく頷いた。日本語だから分かるわけない、現にリジー様だって分かってない……だけど、世話になっているテセウスを疑うような発言には抵抗があった。
アステル様は、そんな私の心を揺さぶるように声のトーンを低くした。
「ラク様……元の世界に、帰りたいですか?」
「えっ!?」
「家族や友人の待つ、あなたの生まれ育った世界に。それともテセウス殿下の妃としてクラウン王国で一生を終え、この世界に骨を埋める覚悟でいるのですか」
はっとして顔を上げる。今まで、テセウスの口からそんな話題が出た事は一度もなかった。この世界に来た以上は、君を客人として丁重にもてなす。友人として君を守る。君を愛する……そんな言葉や態度に流されてきたけれど。
「こちらの世界の『帰りたい』という言葉は、教えてもらえなかったのですか?」
「ええ……テセウスは私が不便な思いをしないように、色々気を回して優しくしてくれてる。でも、本当は……!」
帰りたい。
アステル様の指摘に頷きながら、私は泣きそうになった。当たり前のように、異世界に召喚されたら戻る事は諦めなければいけないと思い込んでいたけど。そもそも私は、テセウスたちに呼び出されたんじゃなかったっけ。
何か目的があってそうしたのかもしれないが、だったら達成したら私を帰してくれるの?
エリザベス様との婚約破棄。
私を愛してるというテセウスは、この国の王子様。
そういう……事だったの?
「目論見までは分かりませんが、テセウス殿下はあなたを手放す気はないでしょう。そして、帰還の方法もあるのかすら分かりません。
ですが……あなたが協力してくれるのであれば、元の世界に戻れる方法を私たちが秘密裡に探しておく事はできます」
「!」
この世界で最も信頼していたテセウスに裏切られた思いで絶望していたところを、救いの手を差し伸べられて目を見開く。帰れるの? 元の世界に……彼の事は好きだったけど、やっぱり私は。
「帰りたい……日本に、帰りたいよ!」
「でしたら、今まで通りにしつつテセウス殿下の周辺に気を配っておいてください。
それと、社会見学とクラブ活動を指定して、リジーと一緒にやりたいと殿下にお願いしておく事。もちろん、あなた自身が興味があるように振る舞って……くれぐれも、私が指示した事は内密に」
テセウスに秘密と聞いて、私はコクコク頷きながらも興奮していた。彼に内緒事なんて罪悪感が過ぎるけれど、向こうだって私に隠し事をしているのだ。もし私を一生この世界に閉じ込めておくつもりなら……それに耐えられるほど、私はテセウスの事を愛してるわけじゃないのかもしれない。堅苦しい王妃様生活なんて絶対無理だし。
だから、ごめんねテセウス。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
274
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる