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裏世界編

尊敬する女性

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 一体、どうなっているんだろう? あたしたちは馬車に乗った途端、数日かかるはずの距離を飛び越えて、伯爵邸に着いてしまった。

「アステル様……これも、魔法なのですか?」
「うん、まあね。将来君も伯爵領に住む以上は、知っておいてもらいたくて。ああ、そっちのメイドは、エミィだっけ? 待ってて、新調したマスクを被るから」

 アステル様は連れてきたエミィも出迎えると言い、素顔を隠そうとしたのだが。

「構いません。どれだけ心臓に悪い姿であっても、私はあなたをリジー様の旦那様として受け入れます」

 そう言って目隠しを取ったエミィは、始めは息を殺してアステル様をまじまじと見ていたが、やがて気が済んだのか、一礼して下がった。

「エミィ、大丈夫?」
「ええ、使用人の方々がお揃いのマスクをしていたせいか……それほど衝撃は受けませんでしたわ。それに、私もお嬢様についていく以上は、伯爵様とも長い付き合いになりますし」

 え、結婚してからもついてくる気だったの? 思わず見返せば、当たり前だと言わんばかりに肩を竦めていた。

「ありがとう、エミィ。君がリジーを守ってくれた事に感謝する。さあ、中に入ってくれ。案内しよう」

 アステル様に促され、あたしたちは扉を潜った。


「わあ」

 天井一面に描かれた天体図に、感嘆の息が漏れる。シャンデリアを太陽として、星々の海を泳ぐように天使が舞っていた。外はあれだけボロ……もとい、古い建物なのに、玄関から奥は比較的新しい造りに見える。これも、魔法の一種なのだろうか?

「素敵……」
「気に入ってくれたかい?」
「ええ、とても。……あれは?」

 玄関から真っ直ぐ向かった突き当りの壁には、客人を迎えるかのようにかけられた肖像画があった。そこに描かれていたのは――

(王妃様……)

 金髪の赤ん坊を抱いた王妃。抱かれているのはきっと、生まれたばかりの頃のテセウス殿下だろう。アステル様は何故、彼女の絵を……?

「王妃殿下は、僕の最も敬愛する女性だから」
「敬愛、ですか」

 以前もそのような事を言っていた気がする。あたしはアステル様と並んで肖像画を見上げた。

「ああ。王妃殿下は敗戦国から輿入れされた。その発言も影響力も限られている。それでも、最大限できる範囲で手を尽くして下さるだろう? 僕も、あの御方には幼い頃から気にかけていただいた。尊敬しているんだ……とてもね」

 そう言ったアステル様の目はとても優しくて……この人にとって王妃がどれだけ大切な存在であるのかが窺えた。テセウス殿下と同じ、蜂蜜を溶かしたような美しい金の髪とサファイアの瞳が、あたしたちを見下ろしている。あたしはアステル様の隣で、王妃の何分の一でもいい、助けになれる存在でありたいと思った。

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