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呪われた伯爵編

幕間⑥悪魔の王国(王太子side)

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 私が正式に王太子となったのは、十二の時だった。とは言え、クラウン王国の王子は私一人だったし、それまでも周りからは王太子として扱われてきたのだ。例えば――エリザベス=デミコ ロナルとの婚約もそうだ。

 そんな忌々しい地位ではあるが、たった一人の王子である私が駄々を捏ねて降りる訳にはいかない。父上に「王太子となる覚悟はあるか」と問われた時も、今更だと思いつつ承諾したのだった。

「では、ついてこい。次期国王となる者には、教えておくべき事がある」

 そうして私は、この国の闇を知ったのだった。


 『魔法』の存在……世界には『魔法』なる概念があり、王国民にはその事実は隠蔽されている。無論、完全とはいかないだろうが、この国と取引をする外国の要人や商人などには、『魔法』の概念は一切持ち込まないよう徹底されているという――他ならぬ、魔法によって。

 そして唯一、魔法や魔力に関する情報を管理しているのが、ディアンジュール伯爵家だった。

 伯爵は父上の伯父にあたるそうなのだが、その容貌は王族でありながら、とても人とは思えなかった。醜い……と一言で片付けられるものではない。子供心に、一目で叫んで逃げ出したくなるほどだった。
 仮面はつけていたが、隠せない部分の肌には鱗があり、髪は老人のように真っ白で瞳は血のように赤い。話す度に二又に分かれた長い舌がチラチラ見えて、震えが止まらなかった。独身らしく、息子は同じ王族から取った養子だと聞いたが、今はまだ領地から出せないのだという。

 伯爵家のこの特異な見た目は、王家が女神に願った代償らしい……そこまで犠牲を払っておきながら、何故神託などとくだらない風習を残しておくのだ。父上もそんなにデミコ ロナル公爵夫人に固執するなら、女神に願えばよかったのだ。
 そう思ったのだが、これだけ大きな犠牲を払う以上は、戦争や疫病など、どうしようもない時でないとダメなのだとか。全く、王家ともあろうものが使えない。


 いっそ王家の秘密を国中にバラしてやろうか、とも思うが、そうなると自分もただでは済まない事は予想できた。神託に、女神の力に対抗できる術はないものかと悶々と過ごし、いよいよ学園入学が目前に迫った時、そいつらは現れた。

「わたくしどもは、女神アモレアに懐疑を抱く者。テセウス王太子殿下、あなた様の望みは、我々ならば叶えて差し上げられます」

 最初に接触を図ってきたのは普通の商人風の男だったが、人目を忍んで連れて来られた町外れの地下に集まっていたのは、漆黒のローブに仮面をつけた男たち。

「我らはひょんな事から魔法の存在を知り、この国の在り方に疑問を持つ者同士で組織を立ち上げたのです」
「要するに、反逆者か。それをわざわざ王太子の私に明かして、どうなる?」
「誤解しないでいただきたいのは、我々は決して王国を転覆させるつもりはない、という事です。目的はあくまで、国教が祀り上げている『女神アモレア』。……殿下御自身も、神託を受け入れてはいらっしゃらないのでしょう?」
「何故そう言い切れる」

 婚約には不満はあったが、それを表立って出した記憶はない。まさか、魔法とやらで心を覗き見た訳でもあるまい。私の疑問には答えず、男たちは癇に障る含み笑いで王国の闇に踏み込んできた。

「おかしいとは思いませんか? 戦争や疫病など、国家の危機を救ったのが女神の力であれば、明らかにした方が国民からの支持を得られる。にもかかわらず隠そうとするのは、後ろ暗い事実があるからこそ。
王太子殿下、今こそ我々国民は、アモレアの呪縛から解き放たれるべきなのです」

 仮にもこの国の神であるアモレアを恐れぬこの物言い。この者たちは、王国の絡繰りに気付いているのか。

「どうやって? 女神を否定する事は、王家を否定する事と同義であるぞ」
「目には目を、『神』には『神』を――国家の危機において真の救世主が現れた時、民はその存在を『神』と呼ぶのです。たとえその正体が、悪魔であっても……」
「!! 貴様らは……」

 恐るべき陰謀だが、彼らの言わんとしている事を理解し、私は口を閉じた。結局は、アモレアもそうなのだ。国の存続のために同族から生贄を差し出し、人智を超えた力で民を治める。今までやってきた事と、これから起こる事の何が違うというのだ?

(だが私は、思い通りにはならんぞ。神でも悪魔でも、せいぜい利用させてもらう)


 王太子となる者に与えられた離宮が彼らの集会場に使えるか見るために、物置と化している部屋をチェックして回る。その中に、赤ん坊を抱いた母上の肖像画を発見した。この構図は初めて見るが、母上は今よりもずっと穏やかな笑みを浮かべていた。

「……ふん」

 お包みからはみ出した薄い金髪の赤ん坊を見遣り、鼻で笑うと、私は埃だらけの額縁を元に戻し、部屋を後にした。

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ooo
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