上 下
37 / 111
呪われた伯爵編

魔法は、ある

しおりを挟む
 何を言われているのか、最初は分からなかった。この国でこんな事を言い出すのは、舞台上の劇団員かおとぎ話を信じる子供ぐらいだったから。つまり、突拍子もない。
 と言うより、ひと昔前なら魔女狩りの対象になったっておかしくない。

 『魔法』の存在を大真面目に主張するなんて。

「な、な、何を言い出すんですかっ? 魔法なんてある訳ないじゃないですか!」
「本当に、そう思ってる? 君自身がたった今、体験しているじゃないか」

 何を……と言いかけて、アステル様は自分を指差した。人間離れした、牛にそっくりのその顔……それに、素顔を隠すためのマスク。あれを被れば、誰も彼の存在に気を留めなかった。あり得ない現象が、実際に起こっている。

「その御姿は、魔法によるもの? 言われてみれば、顔のパーツはともかく、普通頭に角は生えませんよね……あの、アステル様は亜人の血を引いているという事は」
「リンクス侯爵家のように、そういうケースもあるだろうな。だけど僕のこの姿は、生まれつきじゃない。元々は他の王族と同じだよ」

 生まれつきじゃない……姿を変えられた、伯爵。代々化け物のように醜い容姿だと言われていた事を思い出す。まるで誰かにかのようなディアンジュール伯爵家の特徴は、魔法によるものだったのか。

「それじゃあ……この痣と同じ症状が出る、咲疹しょうしんも……?」
「ああ、魔力の高い植物が原因で起こる魔力アレルギーの一種だな。特に妊娠可能な年齢に達した女性は、時期によって魔力が乱れるからかかりやすい」
「……っ!」

 当たり前のように『魔力』なんてキーワードが返ってきて眩暈がする。リューネが見せてくれた、国外の医学書を同じ事を……

「魔法は、存在する。この国を一歩出れば、当たり前のように魔法は使われているし、それを生業としたり学問として習える場もある。クラウン王国では、概念自体を隠蔽しているけどね……おとぎ話として」

 そうだ、あたしだって王子妃候補として、国外の文化については勉強してきたし、外国人の訪問者とは数名会っている。だけどそれは、王家を通してだ。限られた情報しか、知らされてこなかった。そこまで徹底して伏せられていたのだ。

「アステル様は何故それを、知っているのですか? 魔法の実在なんて、普通は口にするのも憚られるのに……」
「普通はそうだ。だけどそれを許されている……と言うか管理する役目を担っているのが、ディアンジュール伯爵家なんだよ。この国における魔法の真実は、国王陛下を除けば伯爵である僕だけが知っている。誰もが恐れて近付かない、化け物の僕だけが……」

 そう言ったアステル様の声色からは、唯一無二の名誉に対する誇りなどではなく、ただ孤独と自虐だけが感じられた。この御方は生まれてから今までの間、どれだけ辛い思いをされてきたのだろうか。自分の事で精一杯なあたしには計り知れないけれど。

「独りじゃありません。伯爵夫人になるのなら、あたしも背負うべき事でしょう?」
「……!」
「すごい事ですよ。魔法なんてものが本当にあるのなら……もしかしたら、あたしを救う力になってくれるかもしれない」

 それを知れただけでも、感激で震えが止まらない。あたしは手をぎゅっと握りしめ、アステル様を見据えた。
 もっと知りたい……魔法の事、この国の事。今は誰かに頼るしかないけれど、あたしにできる事が見つかればきっと恩を返すためにも。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

目指せ!追放√

BL / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:61

運命の番に出会ったら嫌な顔をされた

BL / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:128

好きで好きで苦しいので、出ていこうと思います

ooo
BL / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:465

処理中です...