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隠されたメッセージ
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「それでまずは計画変更の一環として、カトリシア皇女殿下の相談役に抜擢されましたの。婚約者候補に推薦してくださったヘンリー……殿下の側近の方は皇女を毛嫌いしていまして、私としても恩があるのですが、同じ女として興味……いえ理解ができるかもしれませんので」
味方なのか敵なのか判断しかねていたが、どうやら個人的興味からカトリシアとは敵対する気はないようだった。一応ライバルにそれもどうかと思うが、ピグマリオン城に一人でも味方がいるのはありがたい。マリが言うにはカトリシアの存在は城内でも隠されているようだったから。
「皇女殿下に、世間話などで気を許してもらいつつ、ご要望はないかそれとなく聞き出しました。もちろん殿下の意に背いて逃亡の手助けまではできませんが、せめてお食事のお世話くらいはと」
「それで【煉獄】を探していたのか。カトリシア殿下が食べたいと」
「ええ、聞いた一同はその時の私を含め、意味が分からなかったのですが、商会は周辺の金銭の動きには敏感ですから。周辺地域の冒険者たちの間で話題になっているという情報を独自に入手した事で、ここまで辿り着く事ができました。
カトリシア皇女のおっしゃる『豚骨ラーメンチャーシュー大盛り』の意味をね」
(オーガスティン……)
移動用の魔法陣が潰された経緯から、注文客もカトリシアも【煉獄】がピグマリオン城に侵入できる技術を持っている事を伏せたのだろう。罰せられるのはもちろん、自分のポカで【煉獄】までもがピグマリオン王家と敵対関係になる事を恐れて。
そう難しく取らなくとも、単にカトリシアが食べたかったのかもしれないが、それでも出した要望は二人の出会いに関する思い出の味だった。これで【煉獄】に辿り着いた王子の家臣も、商売人と注文客という認識しかないだろうが……パガトリー家にとっては、明確なメッセージだ。
「一応メニューも入手していますが、あるのですね。皇女殿下は消息を絶っていた一ヶ月の間でもっとも好きだったと……出せないのであれば、それ以外は豚の餌と大して変わらない、などと殿下に暴言を吐いたそうです。ヘンリー様がぼやいていましたよ」
コールが開発したハーブラーメンとボタンチャーシューではないのが残念だが、そこはまだ未熟なのでいいとしよう。しっかりチャーシューは「大盛り」と指定していたのだし。
「ひょっとしてカトリシア殿下は、ハンガーストライキを?」
「ええ、最初の頃は……ただここまで拒絶された事で殿下も意地になってしまいましてね。食べなければ口移しするとまで言われ、渋々妥協したようです」
「……ロジエル殿下は大層美しいと聞いておりますが、そんなにも嫌がられているとは」
横暴さに怒りで握った拳が痛い。とりあえず貞操だけは守られるだろうが、やはりキスくらいはされていそうだ。元彼のようなものではあるが……いや、余計たちが悪い。
そんな動揺を抑え込もうとするコールを見て、何がおかしいのかイライザはクスクス笑った。
「ええ、何せ殿下に一番に出した要望が、『口を濯ぐための洗面用の水』だそうですから。その後じんましんも出たそうで、追加で医師から薬が処方されていました。ロジエル殿下と親しい間柄のようですが、こうもはっきり拒絶反応が出るところを見ると、よく分からなくなります」
カトリシアが大変な目に遭っている中で不謹慎とは思うが、身も心もロジエルを拒んでくれた事にホッとしている自分がいる。もちろん、彼女が諦めないのはコールが助けに来ると信じているからで、「豚骨ラーメンチャーシュー大盛り」が何よりの証拠だ。
奪還の準備は整いつつある……あとはどのタイミングで突撃するかだが。
「結婚の話が出ているという事は、婚約ももう準備段階に入っているのですか?」
「いいえ、話によれば既にドラコニア皇帝との間で秘密裡に結ばれ、式も半月後のスピード婚になるそうで」
「そん……っ」
バカな、速過ぎる! と叫びかけたが、皇帝が娘を捜索していた事から、カトリシアの身を手に入れる事で揺さぶりをかけ、色々バラされる前に強引に押し切ってしまうつもりなのだろう。相変わらず、彼女の気持ちはまるで考慮されていない。
(それが王族に生まれた者の宿命なのかもしれなくても……あいつの居場所はもう俺たちの中にあるんだ。ほっといてやれよ!!)
「随分、深刻に皇女の身を案じてらっしゃるのね。そう言えば、ラーメン屋では出前をする時、『おかもち』と呼ばれる銀の箱に丼を入れて持ち運びするのだとか……そうした話を、この街で聞き及びました」
手の平に残る爪の跡を睨み付けていたコールは、ハッとしてイライザの顔を見る。ピグマリオン王国王子の、婚約者候補……コールたちの関係を察し、どうする気なのか。
「どうもしません。言ったでしょう? 同じ女として、カトリシア様を幸せにするお手伝いがしたいのです。相手がロジエル殿下であれ、それ以外であれ」
「……直接会った事はないが、聞く限りではあの王子、相当なクズ野郎だぞ。なんでそこまで……」
「フフッ、言いたくなる気持ちは分かりますが、私もまだ貴族ではないのです。国民は安定した仕事と餓える事のない生活さえあれば、王族のプライベートなどどうでもよいのですよ」
要するに、個人的感情と妃候補としての覚悟は別物であると。それにしても、貴族よりよっぽど貴族らしい女だ。イライザは、自分にカトリシアのような愛らしさがない事が寵愛を勝ち得なかった理由だろうと諦めたように笑っていたが、その生き様は男から見てもかっこいいと褒めておいた。
「……それ、カトリシア様の前では絶対言わない方がよろしくてよ。
ともあれ、あなたが彼女を奪還するのであれば、その計画に私も一枚噛ませてください。女心をくすぐる、最高にロマンティックな演出をアドバイスさせていただきますわ」
味方なのか敵なのか判断しかねていたが、どうやら個人的興味からカトリシアとは敵対する気はないようだった。一応ライバルにそれもどうかと思うが、ピグマリオン城に一人でも味方がいるのはありがたい。マリが言うにはカトリシアの存在は城内でも隠されているようだったから。
「皇女殿下に、世間話などで気を許してもらいつつ、ご要望はないかそれとなく聞き出しました。もちろん殿下の意に背いて逃亡の手助けまではできませんが、せめてお食事のお世話くらいはと」
「それで【煉獄】を探していたのか。カトリシア殿下が食べたいと」
「ええ、聞いた一同はその時の私を含め、意味が分からなかったのですが、商会は周辺の金銭の動きには敏感ですから。周辺地域の冒険者たちの間で話題になっているという情報を独自に入手した事で、ここまで辿り着く事ができました。
カトリシア皇女のおっしゃる『豚骨ラーメンチャーシュー大盛り』の意味をね」
(オーガスティン……)
移動用の魔法陣が潰された経緯から、注文客もカトリシアも【煉獄】がピグマリオン城に侵入できる技術を持っている事を伏せたのだろう。罰せられるのはもちろん、自分のポカで【煉獄】までもがピグマリオン王家と敵対関係になる事を恐れて。
そう難しく取らなくとも、単にカトリシアが食べたかったのかもしれないが、それでも出した要望は二人の出会いに関する思い出の味だった。これで【煉獄】に辿り着いた王子の家臣も、商売人と注文客という認識しかないだろうが……パガトリー家にとっては、明確なメッセージだ。
「一応メニューも入手していますが、あるのですね。皇女殿下は消息を絶っていた一ヶ月の間でもっとも好きだったと……出せないのであれば、それ以外は豚の餌と大して変わらない、などと殿下に暴言を吐いたそうです。ヘンリー様がぼやいていましたよ」
コールが開発したハーブラーメンとボタンチャーシューではないのが残念だが、そこはまだ未熟なのでいいとしよう。しっかりチャーシューは「大盛り」と指定していたのだし。
「ひょっとしてカトリシア殿下は、ハンガーストライキを?」
「ええ、最初の頃は……ただここまで拒絶された事で殿下も意地になってしまいましてね。食べなければ口移しするとまで言われ、渋々妥協したようです」
「……ロジエル殿下は大層美しいと聞いておりますが、そんなにも嫌がられているとは」
横暴さに怒りで握った拳が痛い。とりあえず貞操だけは守られるだろうが、やはりキスくらいはされていそうだ。元彼のようなものではあるが……いや、余計たちが悪い。
そんな動揺を抑え込もうとするコールを見て、何がおかしいのかイライザはクスクス笑った。
「ええ、何せ殿下に一番に出した要望が、『口を濯ぐための洗面用の水』だそうですから。その後じんましんも出たそうで、追加で医師から薬が処方されていました。ロジエル殿下と親しい間柄のようですが、こうもはっきり拒絶反応が出るところを見ると、よく分からなくなります」
カトリシアが大変な目に遭っている中で不謹慎とは思うが、身も心もロジエルを拒んでくれた事にホッとしている自分がいる。もちろん、彼女が諦めないのはコールが助けに来ると信じているからで、「豚骨ラーメンチャーシュー大盛り」が何よりの証拠だ。
奪還の準備は整いつつある……あとはどのタイミングで突撃するかだが。
「結婚の話が出ているという事は、婚約ももう準備段階に入っているのですか?」
「いいえ、話によれば既にドラコニア皇帝との間で秘密裡に結ばれ、式も半月後のスピード婚になるそうで」
「そん……っ」
バカな、速過ぎる! と叫びかけたが、皇帝が娘を捜索していた事から、カトリシアの身を手に入れる事で揺さぶりをかけ、色々バラされる前に強引に押し切ってしまうつもりなのだろう。相変わらず、彼女の気持ちはまるで考慮されていない。
(それが王族に生まれた者の宿命なのかもしれなくても……あいつの居場所はもう俺たちの中にあるんだ。ほっといてやれよ!!)
「随分、深刻に皇女の身を案じてらっしゃるのね。そう言えば、ラーメン屋では出前をする時、『おかもち』と呼ばれる銀の箱に丼を入れて持ち運びするのだとか……そうした話を、この街で聞き及びました」
手の平に残る爪の跡を睨み付けていたコールは、ハッとしてイライザの顔を見る。ピグマリオン王国王子の、婚約者候補……コールたちの関係を察し、どうする気なのか。
「どうもしません。言ったでしょう? 同じ女として、カトリシア様を幸せにするお手伝いがしたいのです。相手がロジエル殿下であれ、それ以外であれ」
「……直接会った事はないが、聞く限りではあの王子、相当なクズ野郎だぞ。なんでそこまで……」
「フフッ、言いたくなる気持ちは分かりますが、私もまだ貴族ではないのです。国民は安定した仕事と餓える事のない生活さえあれば、王族のプライベートなどどうでもよいのですよ」
要するに、個人的感情と妃候補としての覚悟は別物であると。それにしても、貴族よりよっぽど貴族らしい女だ。イライザは、自分にカトリシアのような愛らしさがない事が寵愛を勝ち得なかった理由だろうと諦めたように笑っていたが、その生き様は男から見てもかっこいいと褒めておいた。
「……それ、カトリシア様の前では絶対言わない方がよろしくてよ。
ともあれ、あなたが彼女を奪還するのであれば、その計画に私も一枚噛ませてください。女心をくすぐる、最高にロマンティックな演出をアドバイスさせていただきますわ」
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