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魔界の赤いドラゴン①
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早朝、コールは厨房で魔界へ行く準備を進めていた。弁当用のオムスビの他、失敗した後に凍らせてとっておいたチャーシューをクーラーボックスに入れる。休日のまだ暗い内なのは、カトリシアも連れていく事を止められるだろうからだ。ダンジョンへ出前に行くのとは事情が違う。
「どう、コール。この装備なら安心でしょ?」
カトリシアの方は、いつもの小鍋とガラガラの他、フライパンと鍋の蓋も手にしている。赤いドラゴンを見に行くと言った時点で不安しかないのだが。とりあえず持っているものは全てテーブルに置かせて、物置から出したボロい胸当てで最低限の防御だけさせておいた。
「どうせ戦えないんだからもっと身軽に、すぐ隠れられるようにしとけ。今日は赤いドラゴンを見たら寄り道せず帰る約束だろ?」
「そうだけど……準備してるコールが何だか楽しそうだったから」
正直、面倒だと思っていたので、そんな風に見られるのは心外だ。ただ、カトリシアと出かけられるのに全く浮かれていないかと言われると……ガシガシ頭を掻いて雑念を振り払い、コールはクーラーボックスを肩にかけた。
「ま、いいや。そんじゃ、ダンジョンに行くか」
「えっ、魔界じゃないの?」
「いきなりは危険過ぎる。何度か魔法陣を経由しながら向かうんだよ。ほら、ダンジョンの最深部は魔界と繋がっているのは知ってるだろ?」
そう言いながら転移ルームに入ろうとすると、魔法陣の前にはショルダーバッグが置かれていた。【未来の嫁に怪我させるんじゃないよ】と書かれたメモと共に……
(お袋……聞いてたのか)
「コール、何が書いてあるの?」
「何でもない!」
ぐしゃりとメモを握り潰すと、コールはカトリシアの手を引き、ダンジョンへと転移した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
パガトリー家と繋がる魔法陣は、冒険者や魔物に利用されないよう、見つかりにくい仕掛けが施されていた。ダンジョン内にいくつか張り巡らせた罠もその一つである。魔物を誘導するための餌として、コールは冷凍チャーシューを補充しておく。
「持ってきたのは、そのためだったのね」
「無駄がなくていいだろ? にしても、壊されて作動してない部分があるな。しかも魔物ではなく人為的に……地下五階に強い敵が上がってきたのも、これが原因か」
「罠を壊してはいけないルールなの?」
ルールと言っても正式に定められた決まりなどなく、せいぜい暗黙の了解ぐらいのものだ。もちろん故意だろうとうっかりだろうと、罠を壊したぐらいでは罪にはならない。ただダンジョンと魔物のレベルのバランスもあるので、あまり愉快犯的なノリで壊さないでほしいのだが。
応急処置で壊された罠をセットし直しながら、魔法陣を渡り歩いてさらに地下へ。だいぶ奥へと進むと、カンテラに火を灯さなければ見えないほど暗くて寒い空間へと変わっていった。カトリシアはさっきから身震いが止まらず、腕を擦っている。
「オーガスティン、お袋がバッグに入れていたローブを出してくれ」
「えーっと、これ?」
黒字に赤の水玉模様のローブを渡すと、コールはふわりと広げてカトリシアにかけてやる。途端に纏わり付いていた不快感が拭い去られ、彼女は目を丸くしてローブを見下ろしていた。
「魔界の瘴気は濃度が高い。これは瘴気の中にいても人体が影響を受けないための魔導ローブだ。俺と違ってお前には耐性がないから……もう気持ち悪くはないだろ?」
「本当だわ……もしかして、すごく貴重なものなんじゃない?」
「安物だから気にすんな。ダンジョンに生息する蜘蛛の体液を浸した羊毛で織り上げ……」
原材料を口にした途端、コールの顔にローブが投げつけられた。瘴気が濃いダンジョンの奥で脱がれては困ると、再び着せようとすると、カトリシアに悲鳴を上げられる。
「いやーっ、気持ち悪い!」
「だからそれは瘴気のせいだって。早くこれ着て……」
「絶対違うから! ローブ織れるほどのエキスって、どれだけ蜘蛛を搾り取ったのよ最低!!」
確かに原材料や作業工程は気持ちのいいものではないが、母がこれを持たせたのはカトリシアが魔界に行きたがっていたからだ。彼女の気持ちも分かるが厚意を無下にされてコールはムッとなった。
「着たくないならこのまま帰るぞ。生身のままでお前を魔界に行かせるわけにはいかねえから」
「……コールは最初、私にそれを着せる気なかったんでしょ?」
痛いところを突かれて唇を噛むが、ここは譲れない。コールは自分の感覚で準備をしていたため、敵を避ける事ばかりで瘴気除けの配慮を怠っていた。思っていたよりも浮かれていた自分が情けない。
「意地張ったって、顔色悪くなってきてるぞ。蜘蛛のエキスと言ったって毒があるわけじゃない、むしろ毒から守ってくれるものなんだ。ドラゴンに会いたいなら、我慢してくれ」
「……手を、繋いでくれたら」
拗ねて動かなくなると思われたカトリシアに手を差し出され、コールはきょとんとする。が、拒絶した手前、素直に袖を通しにくいのだとすぐに察して頷く。自分の我儘で来たのだからと言い聞かせたものの、普通に考えてやはり女の子は蜘蛛が気持ち悪くて当然だろう。
(こういうところがモテないんだろうなぁ、俺……)
羽織るのを手伝ってやりながら、頬を膨らませてそっぽを向くカトリシアに見つからないよう、そっと溜息を吐いた。
「どう、コール。この装備なら安心でしょ?」
カトリシアの方は、いつもの小鍋とガラガラの他、フライパンと鍋の蓋も手にしている。赤いドラゴンを見に行くと言った時点で不安しかないのだが。とりあえず持っているものは全てテーブルに置かせて、物置から出したボロい胸当てで最低限の防御だけさせておいた。
「どうせ戦えないんだからもっと身軽に、すぐ隠れられるようにしとけ。今日は赤いドラゴンを見たら寄り道せず帰る約束だろ?」
「そうだけど……準備してるコールが何だか楽しそうだったから」
正直、面倒だと思っていたので、そんな風に見られるのは心外だ。ただ、カトリシアと出かけられるのに全く浮かれていないかと言われると……ガシガシ頭を掻いて雑念を振り払い、コールはクーラーボックスを肩にかけた。
「ま、いいや。そんじゃ、ダンジョンに行くか」
「えっ、魔界じゃないの?」
「いきなりは危険過ぎる。何度か魔法陣を経由しながら向かうんだよ。ほら、ダンジョンの最深部は魔界と繋がっているのは知ってるだろ?」
そう言いながら転移ルームに入ろうとすると、魔法陣の前にはショルダーバッグが置かれていた。【未来の嫁に怪我させるんじゃないよ】と書かれたメモと共に……
(お袋……聞いてたのか)
「コール、何が書いてあるの?」
「何でもない!」
ぐしゃりとメモを握り潰すと、コールはカトリシアの手を引き、ダンジョンへと転移した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
パガトリー家と繋がる魔法陣は、冒険者や魔物に利用されないよう、見つかりにくい仕掛けが施されていた。ダンジョン内にいくつか張り巡らせた罠もその一つである。魔物を誘導するための餌として、コールは冷凍チャーシューを補充しておく。
「持ってきたのは、そのためだったのね」
「無駄がなくていいだろ? にしても、壊されて作動してない部分があるな。しかも魔物ではなく人為的に……地下五階に強い敵が上がってきたのも、これが原因か」
「罠を壊してはいけないルールなの?」
ルールと言っても正式に定められた決まりなどなく、せいぜい暗黙の了解ぐらいのものだ。もちろん故意だろうとうっかりだろうと、罠を壊したぐらいでは罪にはならない。ただダンジョンと魔物のレベルのバランスもあるので、あまり愉快犯的なノリで壊さないでほしいのだが。
応急処置で壊された罠をセットし直しながら、魔法陣を渡り歩いてさらに地下へ。だいぶ奥へと進むと、カンテラに火を灯さなければ見えないほど暗くて寒い空間へと変わっていった。カトリシアはさっきから身震いが止まらず、腕を擦っている。
「オーガスティン、お袋がバッグに入れていたローブを出してくれ」
「えーっと、これ?」
黒字に赤の水玉模様のローブを渡すと、コールはふわりと広げてカトリシアにかけてやる。途端に纏わり付いていた不快感が拭い去られ、彼女は目を丸くしてローブを見下ろしていた。
「魔界の瘴気は濃度が高い。これは瘴気の中にいても人体が影響を受けないための魔導ローブだ。俺と違ってお前には耐性がないから……もう気持ち悪くはないだろ?」
「本当だわ……もしかして、すごく貴重なものなんじゃない?」
「安物だから気にすんな。ダンジョンに生息する蜘蛛の体液を浸した羊毛で織り上げ……」
原材料を口にした途端、コールの顔にローブが投げつけられた。瘴気が濃いダンジョンの奥で脱がれては困ると、再び着せようとすると、カトリシアに悲鳴を上げられる。
「いやーっ、気持ち悪い!」
「だからそれは瘴気のせいだって。早くこれ着て……」
「絶対違うから! ローブ織れるほどのエキスって、どれだけ蜘蛛を搾り取ったのよ最低!!」
確かに原材料や作業工程は気持ちのいいものではないが、母がこれを持たせたのはカトリシアが魔界に行きたがっていたからだ。彼女の気持ちも分かるが厚意を無下にされてコールはムッとなった。
「着たくないならこのまま帰るぞ。生身のままでお前を魔界に行かせるわけにはいかねえから」
「……コールは最初、私にそれを着せる気なかったんでしょ?」
痛いところを突かれて唇を噛むが、ここは譲れない。コールは自分の感覚で準備をしていたため、敵を避ける事ばかりで瘴気除けの配慮を怠っていた。思っていたよりも浮かれていた自分が情けない。
「意地張ったって、顔色悪くなってきてるぞ。蜘蛛のエキスと言ったって毒があるわけじゃない、むしろ毒から守ってくれるものなんだ。ドラゴンに会いたいなら、我慢してくれ」
「……手を、繋いでくれたら」
拗ねて動かなくなると思われたカトリシアに手を差し出され、コールはきょとんとする。が、拒絶した手前、素直に袖を通しにくいのだとすぐに察して頷く。自分の我儘で来たのだからと言い聞かせたものの、普通に考えてやはり女の子は蜘蛛が気持ち悪くて当然だろう。
(こういうところがモテないんだろうなぁ、俺……)
羽織るのを手伝ってやりながら、頬を膨らませてそっぽを向くカトリシアに見つからないよう、そっと溜息を吐いた。
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