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これからどうすれば

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 話し終えた少女――追放された第一皇女カトリシアは、俯いて床をじっと見つめていた。コールの方は、丼に少し残っていた麺をスープごと飲み干す。すっかり伸びてあまりおいしくはなかった。

「それでどうしようもなくなって、あの辺の森を彷徨ってたのか」
「ええ……」
「バカじゃねえの」

 言い放ってやれば、唇を噛んでぎゅっと拳を握りしめる。

「分かっているわ……わたくしは、なんて愚かだったんでしょうね。最初からロジエル殿下の手を取らなかったから……だから殿下は」
「いや、あんたら両方がだよ」

 詰られて自棄を起こしていたカトリシアは、コールの言い分に「え?」と顔を上げる。

「確かに皇女としては、相手国の王子に失礼な対応だったよ。子供っぽい趣味を隠そうともしないし、バカ正直なところもトップに立つのに向いてない。
けどさ、袖にされたのが気に食わないからってそれを口で指摘せずに卑怯な騙し討ちで破滅させて、挙句に勝手に失望してポイ? ちっちぇえ男だな、大人気ねー」

 首を振りながらポンポン貶すコールに、驚愕で目を見開いていたカトリシアは焦って口を開く。こんな辺鄙な村のラーメン屋でも、ロジエルの耳に入らないとは限らない。何せ豚飼いになりすましていたくらいなのだから。

「でもそれは、殿下の求婚を断っておきながら豚飼いには唇を許してしまったから――」
「そうかな? あんたほんとは、そいつの正体を知ってたんじゃねえの?」

 その指摘に、カトリシアが息を飲んだのが分かった。最初聞いた時は、とんでもなく身持ちの悪い姫だと思ったのだが……本当に彼女が王子の言う「ガラクタをありがたがるバカな女」なのか疑問が湧いてきたのだ。特に彼の持つ技術や発想力に目をかけたあたりは、身分に囚われず才能で評価できる柔軟さがあるとも言える。

(ラーメンを旨いって褒めてくれなきゃ、気付けないほど些細な点だけどな)

「薄々は……確信したのは途中からだけれど」

 コールの思考は、カトリシアの独白により打ち切られる。きっと何も考えずに騙されていた方が楽なのだろう……が、傷付いても己の本心と向き合おうとしている。その捌け口になるため、コールは先を促した。

「ロジエル殿下は生きているものこそが素晴らしく、人の手で作ったのは紛い物というお考えだったわ。でもわたくしにとっては、花の香りも鳥の歌声も、心を慰めてはくれない。お母様は二度とわたくしに笑いかけてはくれないの。だったら紛い物でも……作られた物こそが不滅なのよ」

 カトリシアが拒絶したのは、物の価値が分からない愚かな子供だからだと、ロジエルは決めつけていた。彼女の孤独に気付かず、ただ復讐の一環としてご機嫌取りのためだけに魔道具を作った。

「殿下にとってはガラクタかもしれない。その価値観は、ピグマリオン王国の事情に基づいているのかもしれないわね。それでも……わたくしが好きになったのは、わくわくさせてくれる発明品を次々に生み出す、得体の知れない豚飼いだったわ。
だってあの人、無礼に振る舞っている時も、わたくしの心を奪ってやるって気概が全身から滲み出ていたもの。ふふ……たとえ報いを受けさせるためだったとしても、わたくしにとっては心に訴えかける価値ある宝物だった」

 ぽろり、と瞳からダイヤモンドのような涙が零れ落ちる。踏みにじられた、恋の残骸――捨てられると分かっていて、敢えて騙されたふりをした。手を取るタイミングの遅れを取り戻そうと、必死に足掻いた。
 それを愚かだと嘲笑うのは、簡単だったが――

「あんたは、間違ってない」

 コールが発したその言葉に、カトリシアの目が見開かれる。自分を含め、全ての者が彼女を愚かだと蔑むのは分かっていた。それでも、たった一人でもそう言ってくれる誰かを、探していたのかもしれない。

「少なくとも、あんた一人の責任じゃない。あんたは最初に求婚してきた奴にちゃんと応えて、付き合ってやったんじゃん。で、価値観が合わなくて別れたと……何か問題あるか?」
「そ、それは結果論だわ。引き換えに何もかも失ってしまったのに……オーガスティンみたいに」

 さすがに父である皇帝から城を追い出された事は楽観視できない。だがコールはさらに畳みかける。

「長い人生、これくらいの失敗なんていくらでも取り返せるだろ。確かに高い……どころじゃない勉強代だったけどさ、最終的にトントンにできりゃ、きっと辛い今だっていつか笑い話にもなる」
「なるかしら……そうなれば、いいけれど」
「『なればいい』じゃない、そいつ見返すためにも、『やる』んだよ」

 下手に気休めを言っているつもりはない。【煉獄】には人生疲れた客もちらほら訪れて、珍しい味に舌鼓を打つうちに号泣し始める者もたまにいるのだ。これは頑固親父がそんな客にかけてやる言葉の受け売りだった。

「でも……わたくしはこれからどうすれば」
「具体的な予定が思い付かないなら、しばらくここにいればいい。その間の衣食住くらいは保障してやる」

 追放された皇女など厄介事でしかないが、両親も口煩くはあっても基本はお人好しだ。コールが頼み込めば最終的には折れてくれるだろう。
 安心してくれるかと思いきや、コールの提案にカトリシアは何故か警戒する様子を見せた。

「その保障は……何回お相手すれば吊り合いますか?」
「は?」
「キス百回で足りるのでしょうか?」

 顔を赤らめてボソボソ呟いた言葉に、コールはつられて真っ赤になる。

鬼畜外道ロジエル王子なんかと一緒にすんな!」
「違いますの? 玩具にキス百回なら、新しい人生の門出までお世話になると考えて、一晩じゃ済まないかと」
「だから、そいつ基準で考えんなよ。こっちは純粋な好意で……いや変な意味じゃなくて。とにかくキスもそれ以上も、あんたがちゃんと好きになった相手にしとけよ」

 取り引きで娼婦の真似事をさせた王子のせいで、カトリシアの判断基準がおかしくなってしまっている。いや元々変わってはいたのだが……ぐったりと椅子にもたれかかったコールに、カトリシアはようやく緊張を解いて表情を和らげた。

「ありがとう、ございます……今のわたくしは何も返せないけれど、この御恩は決して忘れません」
「気にすんなって。皇帝も王子も、あんたを捨てた事後悔するぐらい、幸せになってやろうぜ」

 笑って答えてやると、何故かまた赤面されるが、コールにはその理由は窺い知れなかった。

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