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前の主の巻――アレン第三王子①
しおりを挟む 私の名はアレン。ヴォー王国第三王子だ。
身分の低い側妃から生まれたが、母は我が父、つまり現国王からは溺愛されていた。父だけでなく、学生時代は学園中の男を虜にしていたらしい……婚約者の有無に関わらず。母を娼婦と蔑む輩も少なくはないが、今の私の身の安全を含む力となっているのもそうした繋がりであるのは否定しない。
母が死んだのは、私の物心がつくかつかないかという時期だった。彼女が本当に娼婦や悪女といった類の者だったのかは分からないし、大した問題ではないと思っている。
私の目の前で肉片となった母は、何故か誰も立ち入らない塔のてっぺんにいたという。正妃やその関係者から嫌がらせを受け続けていたとも聞いたので自殺とも他殺とも取れるが、今なおはっきりとした証拠は出てこない。
ともあれ愛する女を失った国王は生きる希望を失ったかのように弱り切ったが、遺された私という存在を縁に敵対勢力に隙を見せるよう表向きでも立ち直ったように振る舞った。
聖騎士団長を務めるザクリア辺境伯を私に就けたのもその一環なのだろう。特に同世代の息子は将来的に専属の護衛となる。幼い頃から私たちは親しく付き合うよう言い渡されていた。
「おまえ、こんなとこひとりで何やってんの」
喪に服していた私は、一部が黒く染まった地面の上で、空を眺めていた。そこへ何故か逆立ちをしながらやってきた子供を、私は思わず呆気に取られて凝視してしまった。
「お前こそ、何をしている?」
シュール過ぎてお互いの名前とか、どうやって侵入したという基本的な事も頭から吹っ飛んでいた。人目を避けて一人で過ごしていたところを見られたくなかった事も。
だがそいつは気にした風もなく、器用に肩を竦めてみせた。
「つまみ食いした罰で、このまま中庭を一周してこいってさ」
「そうか……なら仕方ないな」
自分でも何を納得しているのか分からないが、とりあえず返事だけしてやる。
「で、そっちはボーッとして何かおもしれぇもんでもあるの?」
「いや、何もない。ここには、何も」
「ふーん。そんじゃ、おれ行くから」
尋ねておいて私の答えに興味をしめさず、逆立ち一周を再開する。私の服装にも赤く腫れた目にも触れようとしないそいつが、無性に腹立たしかった。もっとも、聞かれたところで答える気もなかったが。
奴の手が黒い土に触れた時は声を上げそうになったが、何事もなく通り過ぎていったのを見送ってから、自分もしゃがんで触れてみた……ただの土だった。
どんな悲劇も掘り起こされ、埋め立てられて過去となっていく。残酷だが真理だ……私がここで何を思っていたのかなど、あの子供は気にもしないのだろう。当然だ、感傷的になっているのは私や父のような、関わりがあった者だけ。
「そういう、ものか」
絶望は私から期待を奪い、ただ貪欲な力への執着が残された。今の弱い自分が心の内を訴えたところで命が危ない。奴らから身を護るために、奴らに思い知らせるために、私は強くなる必要があった。
ちなみにその後、件の子供――十三代目イェモンは正式に私の側近候補として紹介された。頬を殴られた痣で腫れ上がらせた姿で。
「先程は愚息が大変御無礼を働いたようで。至らない息子ですが、殿下の身の安全は拙者共々命懸けでお守りする所存」
「もうひわけありまへんでひた……」
ボロ雑巾のようになりながら態度だけはしおらしくなったそいつに、とりあえず雑用を山ほど任せようと私は決心したのだった。
身分の低い側妃から生まれたが、母は我が父、つまり現国王からは溺愛されていた。父だけでなく、学生時代は学園中の男を虜にしていたらしい……婚約者の有無に関わらず。母を娼婦と蔑む輩も少なくはないが、今の私の身の安全を含む力となっているのもそうした繋がりであるのは否定しない。
母が死んだのは、私の物心がつくかつかないかという時期だった。彼女が本当に娼婦や悪女といった類の者だったのかは分からないし、大した問題ではないと思っている。
私の目の前で肉片となった母は、何故か誰も立ち入らない塔のてっぺんにいたという。正妃やその関係者から嫌がらせを受け続けていたとも聞いたので自殺とも他殺とも取れるが、今なおはっきりとした証拠は出てこない。
ともあれ愛する女を失った国王は生きる希望を失ったかのように弱り切ったが、遺された私という存在を縁に敵対勢力に隙を見せるよう表向きでも立ち直ったように振る舞った。
聖騎士団長を務めるザクリア辺境伯を私に就けたのもその一環なのだろう。特に同世代の息子は将来的に専属の護衛となる。幼い頃から私たちは親しく付き合うよう言い渡されていた。
「おまえ、こんなとこひとりで何やってんの」
喪に服していた私は、一部が黒く染まった地面の上で、空を眺めていた。そこへ何故か逆立ちをしながらやってきた子供を、私は思わず呆気に取られて凝視してしまった。
「お前こそ、何をしている?」
シュール過ぎてお互いの名前とか、どうやって侵入したという基本的な事も頭から吹っ飛んでいた。人目を避けて一人で過ごしていたところを見られたくなかった事も。
だがそいつは気にした風もなく、器用に肩を竦めてみせた。
「つまみ食いした罰で、このまま中庭を一周してこいってさ」
「そうか……なら仕方ないな」
自分でも何を納得しているのか分からないが、とりあえず返事だけしてやる。
「で、そっちはボーッとして何かおもしれぇもんでもあるの?」
「いや、何もない。ここには、何も」
「ふーん。そんじゃ、おれ行くから」
尋ねておいて私の答えに興味をしめさず、逆立ち一周を再開する。私の服装にも赤く腫れた目にも触れようとしないそいつが、無性に腹立たしかった。もっとも、聞かれたところで答える気もなかったが。
奴の手が黒い土に触れた時は声を上げそうになったが、何事もなく通り過ぎていったのを見送ってから、自分もしゃがんで触れてみた……ただの土だった。
どんな悲劇も掘り起こされ、埋め立てられて過去となっていく。残酷だが真理だ……私がここで何を思っていたのかなど、あの子供は気にもしないのだろう。当然だ、感傷的になっているのは私や父のような、関わりがあった者だけ。
「そういう、ものか」
絶望は私から期待を奪い、ただ貪欲な力への執着が残された。今の弱い自分が心の内を訴えたところで命が危ない。奴らから身を護るために、奴らに思い知らせるために、私は強くなる必要があった。
ちなみにその後、件の子供――十三代目イェモンは正式に私の側近候補として紹介された。頬を殴られた痣で腫れ上がらせた姿で。
「先程は愚息が大変御無礼を働いたようで。至らない息子ですが、殿下の身の安全は拙者共々命懸けでお守りする所存」
「もうひわけありまへんでひた……」
ボロ雑巾のようになりながら態度だけはしおらしくなったそいつに、とりあえず雑用を山ほど任せようと私は決心したのだった。
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