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15:拙者、主と夜を過ごすでござる
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部屋は明かりもない暗闇で、猫のような目だけが爛々と光って見えていた。
俺はと言えば、マヤ様の突然の行動に頭がまだ追いついていない。
「あの……主?」
「ここの集落の人たち、イェモンの事ずっと物欲しそうな目で見てた。アピス様だけじゃなくて、さっきの女の人も綺麗だったし……イェモンが誘惑されるんじゃないかって」
「それはあり得ない。拙者は主の下僕である故」
俺も男だから魅力的な女からお誘いを受けるのは嬉しくないわけがないが、マヤ様を捨ててまでかと言われれば全力で拒否させてもらう。彼女は俺が選んだ主なんだから。
だが何故かマヤ様は嬉しくなさそうだった。
「その『下僕』っていうのもやめてよ。アタシにとってイェモンは恩人で……むしろアタシの方が恩返ししなきゃいけないんだから」
「そうおっしゃられても……拙者は主に見返りを求めて仕えているわけでは」
「……それは、聖女なんて名ばかりで甘やかされて育ったアタシなんか期待してないって事?」
どうしてこうもネガティブな方向に思考が寄ってしまうのだろう。もしアピス酋長や侵入者の女のせいだったりするなら許せないが、俺も言葉不足で不安にさせてしまっていたかもしれない。
「そもそも余所者の拙者からすれば、主が聖女かどうかなんて関係ないでござる。御猫様をご覧なさい、一日中何もせずにゴロゴロ寝っ転がってけしからんと言う者がおりますか? 御猫様は可愛いのが役目でござる。と言っても媚びろという意味ではなく、ただあるがままに生きるのが大事なのだと」
「アタシ、猫じゃないよ」
「拙者にとっては同じぐらい尊い存在でござる」
俯いた彼女の手を握り、分かってもらおうと訴えかけると、鼻を啜る音が聞こえた。泣かせてしまったかと焦っていると、黄金に光る瞳が間近に迫っていた。濡れて、潤んでいるのが分かる。
「イェモンはそんなに猫が好きなんだ……じゃあ、アタシもワガママ言っていい?」
「ワガママで気高いのが御猫様の可愛さ故。主の御命令ならむしろ望むところ」
「分かった。イェモン、今日はアタシと一緒に寝て」
んぐ、と変な声を出して詰まった。今のは聞き間違いか? だが聞き返そうとする前にマヤ様に引っ張られるようにベッドに倒れ込んでしまった。世界が回っている。
「ある」
「命令だよ」
どう捉えればいいのか。単に添い寝すれば済むのか、それともいっそ……
(いやいや、御猫様と同等の尊い御方だと言ったばかりじゃないか。出会って一日で穢すなんてあり得ない!
けど……手を出さない事で傷付けてしまったらどうすれば?)
マヤ様の体はしなやかで柔らかく、いい匂いがした。それに時々絡み付いてくる尻尾の毛並みも、手触りがよくて何時間でも触っていたい。つまり俺は、侵入者の女とは比較にならないほど理性を試されていた。
だが俺を我に返らせたのもまた、マヤ様だった。
「だから、アタシを捨てないで。何でもするから……イェモンがそばにいてくれるなら、関係の名前なんてどうでもいいから」
「主……」
「もう、独りぼっちは嫌」
ベッドに顔を伏せてグスグス泣くマヤ様の頭を、気付けば撫でていた。従者である俺は、主から抱けと命じられれば拒めない。ただし、マヤ様が本心から望んでいるわけではないだろう。そんなのはマヤ様を甘やかしていた村の連中と同じく、ただの御機嫌取りだ。
彼女の本当の幸せ、本当に欲しいもののために、俺はこの身を捧げようと決めた。
「主が拙者を要らなくなる日が来るまで、どこまでもついていくでござる」
「ふえぇ~~んっ」
マヤ様は俺に縋り付いて号泣し、そのまま寝落ちした。後には眠れなくなった俺と理性との戦いだけが残されたのだった。
俺はと言えば、マヤ様の突然の行動に頭がまだ追いついていない。
「あの……主?」
「ここの集落の人たち、イェモンの事ずっと物欲しそうな目で見てた。アピス様だけじゃなくて、さっきの女の人も綺麗だったし……イェモンが誘惑されるんじゃないかって」
「それはあり得ない。拙者は主の下僕である故」
俺も男だから魅力的な女からお誘いを受けるのは嬉しくないわけがないが、マヤ様を捨ててまでかと言われれば全力で拒否させてもらう。彼女は俺が選んだ主なんだから。
だが何故かマヤ様は嬉しくなさそうだった。
「その『下僕』っていうのもやめてよ。アタシにとってイェモンは恩人で……むしろアタシの方が恩返ししなきゃいけないんだから」
「そうおっしゃられても……拙者は主に見返りを求めて仕えているわけでは」
「……それは、聖女なんて名ばかりで甘やかされて育ったアタシなんか期待してないって事?」
どうしてこうもネガティブな方向に思考が寄ってしまうのだろう。もしアピス酋長や侵入者の女のせいだったりするなら許せないが、俺も言葉不足で不安にさせてしまっていたかもしれない。
「そもそも余所者の拙者からすれば、主が聖女かどうかなんて関係ないでござる。御猫様をご覧なさい、一日中何もせずにゴロゴロ寝っ転がってけしからんと言う者がおりますか? 御猫様は可愛いのが役目でござる。と言っても媚びろという意味ではなく、ただあるがままに生きるのが大事なのだと」
「アタシ、猫じゃないよ」
「拙者にとっては同じぐらい尊い存在でござる」
俯いた彼女の手を握り、分かってもらおうと訴えかけると、鼻を啜る音が聞こえた。泣かせてしまったかと焦っていると、黄金に光る瞳が間近に迫っていた。濡れて、潤んでいるのが分かる。
「イェモンはそんなに猫が好きなんだ……じゃあ、アタシもワガママ言っていい?」
「ワガママで気高いのが御猫様の可愛さ故。主の御命令ならむしろ望むところ」
「分かった。イェモン、今日はアタシと一緒に寝て」
んぐ、と変な声を出して詰まった。今のは聞き間違いか? だが聞き返そうとする前にマヤ様に引っ張られるようにベッドに倒れ込んでしまった。世界が回っている。
「ある」
「命令だよ」
どう捉えればいいのか。単に添い寝すれば済むのか、それともいっそ……
(いやいや、御猫様と同等の尊い御方だと言ったばかりじゃないか。出会って一日で穢すなんてあり得ない!
けど……手を出さない事で傷付けてしまったらどうすれば?)
マヤ様の体はしなやかで柔らかく、いい匂いがした。それに時々絡み付いてくる尻尾の毛並みも、手触りがよくて何時間でも触っていたい。つまり俺は、侵入者の女とは比較にならないほど理性を試されていた。
だが俺を我に返らせたのもまた、マヤ様だった。
「だから、アタシを捨てないで。何でもするから……イェモンがそばにいてくれるなら、関係の名前なんてどうでもいいから」
「主……」
「もう、独りぼっちは嫌」
ベッドに顔を伏せてグスグス泣くマヤ様の頭を、気付けば撫でていた。従者である俺は、主から抱けと命じられれば拒めない。ただし、マヤ様が本心から望んでいるわけではないだろう。そんなのはマヤ様を甘やかしていた村の連中と同じく、ただの御機嫌取りだ。
彼女の本当の幸せ、本当に欲しいもののために、俺はこの身を捧げようと決めた。
「主が拙者を要らなくなる日が来るまで、どこまでもついていくでござる」
「ふえぇ~~んっ」
マヤ様は俺に縋り付いて号泣し、そのまま寝落ちした。後には眠れなくなった俺と理性との戦いだけが残されたのだった。
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