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あれからさらに入院期間が延びた夜羽だったけど、ようやく戻って来れた。ただし元の家ではなく、私の家にホームステイという形で。話し合った結果、表向きは夜羽の希望通り角笛家と縁を切る事になった。高校を卒業したら母親の姓を名乗るらしい。
でも養育費や学費は振り込まれるようで、通帳はお父さんが預かっている。実は今までも夜羽がうちに泊まる度に、炎谷さんがお金を渡そうとしてきたのだとか。近所の子として世話しただけだからと断ったそうだけど。
その炎谷さんだが、あの家の持ち主は現在、彼の名義になっている。最初から観司郎さんは愛した女に与えた住まいを赤の他人に譲る気はなかったみたい。
彼はあの日から一度も、夜羽の前に現れなくなった。元々観司郎さんの指示で動いていたとは言え、裏切る形になって合わせる顔がないってところだろうか。でもたまに家のポストに角笛組の会社案内が入ってるんだけど、これは観司郎さんじゃなくて炎谷さんによるものだと夜羽は予想している。
「俺にとって、お父さんは鶴戯だったんだよ……」
会社案内を手に切なそうに呟く夜羽は、角笛組に就職する事も考えているようだ。もちろんコネによる次期社長としてではなく、一般入社で。どこにも雇ってもらえなくする、なんてのはただの脅しだとしても(観司郎さんの時はマジだったが)、自分から受けるのであれば止める理由がない。
だけど、お父さんは言う。
「本当に建築に興味があるなら、選択肢の一つとして考えるのもいい。だが炎谷に会うという目的ならやめておけ。あいつは変に遠慮して、自分よりも君ら親子の仲を取り持とうとするからな。だから……手紙に気持ちを綴って、親父にでも渡しておけば届けてくれるだろう。
夜羽君、今から無理に将来を決めてしまわなくていい。美酉と一緒に、じっくり考えなさい」
「……はい」
夜羽は悲しそうな顔をしたけれど、その言葉に神妙に頷いた。
△▼△▼△▼△▼
「ねぇ夜羽……後悔してる? 私を選んだ事」
「えっ、なんで!?」
部屋で情報誌を読んでいた夜羽に聞いてみると、仰天して詰め寄られた。ちなみに会社案内ではなくバイト探しである。将来はともかくとして、社会勉強とお小遣いは必要だからと始めたのだ。
「だって、そのせいで炎谷さんと離れる事になっちゃって……」
「怒るよ、ミト。そりゃあ寂しいけどさ、俺も鶴戯もお互い譲れないものはあるよ」
退院してから……正確にはその少し前から、夜羽は自分の事を『俺』と呼ぶようになった。私の事も呼び捨てだし、少し『二代目赤眼のミシェル』の時に雰囲気が近い。聞けば一人称が『僕』のままでは子供っぽいから、そろそろ変えようと思っていたとの事で、やっぱりあれは彼自身の願望の表れだったんだろう。
「ミトをお嫁さんにするのは、俺のずっと昔からの夢だからね。そのためには、いい加減親離れしなきゃ」
「そ、そう……」
手を握られ、見つめられるとカーッとなって狼狽える。そんなサラッとプロポーズできるなんて……しかも「結婚して」じゃなくて「お嫁さんにする」だからね。私の選択肢はなしですか。
「嫌?」
「い、嫌なわけ……」
目を逸らそうとして、足元に置かれた情報誌のページが目に留まる。人材派遣会社だけあって、『杭殿カンパニー』の名は目立つ。途端に、メラメラと対抗心が湧いてきた。
「あったりまえでしょ! 今度二股したら絶対許さないからねっ!」
夜羽の事は大好きだけど、私もそこだけは譲れなかった。
でも養育費や学費は振り込まれるようで、通帳はお父さんが預かっている。実は今までも夜羽がうちに泊まる度に、炎谷さんがお金を渡そうとしてきたのだとか。近所の子として世話しただけだからと断ったそうだけど。
その炎谷さんだが、あの家の持ち主は現在、彼の名義になっている。最初から観司郎さんは愛した女に与えた住まいを赤の他人に譲る気はなかったみたい。
彼はあの日から一度も、夜羽の前に現れなくなった。元々観司郎さんの指示で動いていたとは言え、裏切る形になって合わせる顔がないってところだろうか。でもたまに家のポストに角笛組の会社案内が入ってるんだけど、これは観司郎さんじゃなくて炎谷さんによるものだと夜羽は予想している。
「俺にとって、お父さんは鶴戯だったんだよ……」
会社案内を手に切なそうに呟く夜羽は、角笛組に就職する事も考えているようだ。もちろんコネによる次期社長としてではなく、一般入社で。どこにも雇ってもらえなくする、なんてのはただの脅しだとしても(観司郎さんの時はマジだったが)、自分から受けるのであれば止める理由がない。
だけど、お父さんは言う。
「本当に建築に興味があるなら、選択肢の一つとして考えるのもいい。だが炎谷に会うという目的ならやめておけ。あいつは変に遠慮して、自分よりも君ら親子の仲を取り持とうとするからな。だから……手紙に気持ちを綴って、親父にでも渡しておけば届けてくれるだろう。
夜羽君、今から無理に将来を決めてしまわなくていい。美酉と一緒に、じっくり考えなさい」
「……はい」
夜羽は悲しそうな顔をしたけれど、その言葉に神妙に頷いた。
△▼△▼△▼△▼
「ねぇ夜羽……後悔してる? 私を選んだ事」
「えっ、なんで!?」
部屋で情報誌を読んでいた夜羽に聞いてみると、仰天して詰め寄られた。ちなみに会社案内ではなくバイト探しである。将来はともかくとして、社会勉強とお小遣いは必要だからと始めたのだ。
「だって、そのせいで炎谷さんと離れる事になっちゃって……」
「怒るよ、ミト。そりゃあ寂しいけどさ、俺も鶴戯もお互い譲れないものはあるよ」
退院してから……正確にはその少し前から、夜羽は自分の事を『俺』と呼ぶようになった。私の事も呼び捨てだし、少し『二代目赤眼のミシェル』の時に雰囲気が近い。聞けば一人称が『僕』のままでは子供っぽいから、そろそろ変えようと思っていたとの事で、やっぱりあれは彼自身の願望の表れだったんだろう。
「ミトをお嫁さんにするのは、俺のずっと昔からの夢だからね。そのためには、いい加減親離れしなきゃ」
「そ、そう……」
手を握られ、見つめられるとカーッとなって狼狽える。そんなサラッとプロポーズできるなんて……しかも「結婚して」じゃなくて「お嫁さんにする」だからね。私の選択肢はなしですか。
「嫌?」
「い、嫌なわけ……」
目を逸らそうとして、足元に置かれた情報誌のページが目に留まる。人材派遣会社だけあって、『杭殿カンパニー』の名は目立つ。途端に、メラメラと対抗心が湧いてきた。
「あったりまえでしょ! 今度二股したら絶対許さないからねっ!」
夜羽の事は大好きだけど、私もそこだけは譲れなかった。
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