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あわあわする私をよそに、観司郎さんは夜羽に向き直る。
「夜羽、お前はそれでいいのか? 今度はお前がこの嬢ちゃんの愛人になるって事だぞ」
「そうならないように、絶対に恩は返します。ミトちゃんを堂々とお嫁さんにするために」
お母さんが、物凄く微笑ましそうに見てくる。観司郎さんに言い返すためとは言え、これはかなり照れ臭い……
覚悟を決めて真っ直ぐ見返してくる夜羽に、観司郎さんは再度問いかけた。
「杭殿のお嬢さんじゃ、不満か?」
「杭殿さんは、すごくいい子だと思う。だからこそ僕は、ミトちゃんにお母さんみたいな思いをして欲しくないし、杭殿さんにも瑠璃ヱさんと同じ目に遭って欲しくない」
「ガキに何が分かる? まだオムツも取れてなかったお前に、大人の何が……」
言いかけた観司郎さんに、ビシッと松葉杖が突き付けられた。夜羽が、ベッドから下りようとしている。もうほとんど治ってきているとは言え、まだよろけそうな彼を慌てて支える。
「確かに僕は、お母さんの事は覚えてないし、何を思っていたのかはお父さんの方がよく分かってるんだろうね。それでも、僕にだって分かる事はあるよ。
お母さんは……僕が好きになった子を、自分と同じ境遇に置くのは許さない」
真理愛さんの名前を出されて、観司郎さんの表情が抜け落ちた。ただ、ギリギリと握りしめられた拳や、だんだん赤くなってくる顔から、激情を抑え込んでいるのは分かる。いつ爆発するのか、見てるだけでハラハラするけど、夜羽はいつもみたいに怯えたりはしなかった。
「愛人にさせられて、ずっと一人ぼっちでも受け入れられたのは、それだけお父さんが好きだったからだとしたら。そんな人との間に生まれた僕の、不幸を望むはずがない。
僕がお父さんみたいに、女の子を二人も悲しませてるなんて知ったら、お母さんはどう思うだろうね」
「黙れ、クソガキ!!」
「ガキだよ! お父さんだってそうだったんじゃないか!! 本当は分かってるくせに、いつまでお母さんに甘えてるんだ、クソ親父!!」
怒鳴り付けた観司郎さんをさらに上回る怒号を上げ、松葉杖を放り出すと、夜羽は観司郎さんの顔面にパンチを叩き込む。女性陣がキャアッと悲鳴を上げたが、これしきで観司郎さんが――
(え、嘘……?)
観司郎さんは二、三歩下がると、ベッドに足をぶつけてそのままボスンと座り込んだ。ほんの少し腫れた頬を擦り、何やら考え込んでいる。
一方、夜羽は……
「あ――、痛いっ! 痛いよぉ、ふえぇん!」
「うわっ! ちょっとこれやばいって」
手をプラプラさせて泣き言を言っていた。何で殴った方がダメージ受けてんの、観司郎さん本当化け物なんじゃ……
お母さんが慌ててナースコールを押し、てんやわんやになっていると、観司郎さんが立ち上がり、手を腫れ上がらせてひーひー言ってる息子に歩み寄る。見上げた夜羽は、それまでの威勢が萎んだ風船のように縮み上がってしまった。
「俺が、真理愛に甘えているだと……」
「ぴゃっ! ……あ、あうぅ」
口をぱくぱくさせてろくな言葉にならない夜羽の頭に手を載せ、ぐしゃぐしゃにすると、観司郎さんは大きく息を吐いた。
「その通りだよ」
「……ふぇっ?」
そうしてお父さんをじっと見てから、炎谷さんに何事かを呟くと、観司郎さんは病室の扉を開く。ちょうど看護師さんが入ろうとしていたところだったので、思いっきりびっくりさせちゃったけど(何せ顔が怖いので)、最後に夜羽の方を振り返り、言った。
「でけぇ口叩くなら、せいぜいやってみせろ。あと、一応大学は出ておけよ」
炎谷さんを引き連れ、出て行ってしまった彼らをポカンと見送っていると、楽々ヱさんも帰ると言って名刺を差し出した。
「巻き込んでおいて何だけど、私にも責任の一端はあるから。何か困った事があったら言って」
「あの……あれってどういう」
「うん? お父さんって昔からああなのよ。真理愛さんに見放されると思ったら、どれだけ強固な意思も簡単に折れちゃうの。まだちっちゃくて真理愛さんとの思い出もなかった夜羽が何を言っても、今までは聞く耳持ってなかったけど……今回のは効いたみたいね」
よく分からない、けど……これは夜羽が観司郎さんを説得できたって事でいいのかしら? お父さんの方を窺うと、観司郎さんが出て行った扉を見送るようにじっと見つめている。
「あいつは、自分にできなかった事を息子に試したかったのかもな。全く、相変わらずはた迷惑な奴だ」
「お父さん、私もう夜羽と離れなくていいんだよね?」
「ああ、お前たちは周りがみんな敵だったあいつとは違う。もっと家族を頼っていいんだ」
ポン、とお母さんに肩を叩かれる。私の大切な、優しくてあったかい家族。だけどいずれは、私だけのものじゃなくて――そんな未来を思うと、思わず涙ぐみそうになる。
「え? お父さんと喧嘩して顔を殴ったら折れた? あなた、病室でなに暴れてるんですか!」
「ふえぇぇん、ごめんなさいぃ!」
看護師さんに怒られて涙目になっている夜羽。私は目元を拭うと、笑顔で彼を抱きしめに行った。
「夜羽、お前はそれでいいのか? 今度はお前がこの嬢ちゃんの愛人になるって事だぞ」
「そうならないように、絶対に恩は返します。ミトちゃんを堂々とお嫁さんにするために」
お母さんが、物凄く微笑ましそうに見てくる。観司郎さんに言い返すためとは言え、これはかなり照れ臭い……
覚悟を決めて真っ直ぐ見返してくる夜羽に、観司郎さんは再度問いかけた。
「杭殿のお嬢さんじゃ、不満か?」
「杭殿さんは、すごくいい子だと思う。だからこそ僕は、ミトちゃんにお母さんみたいな思いをして欲しくないし、杭殿さんにも瑠璃ヱさんと同じ目に遭って欲しくない」
「ガキに何が分かる? まだオムツも取れてなかったお前に、大人の何が……」
言いかけた観司郎さんに、ビシッと松葉杖が突き付けられた。夜羽が、ベッドから下りようとしている。もうほとんど治ってきているとは言え、まだよろけそうな彼を慌てて支える。
「確かに僕は、お母さんの事は覚えてないし、何を思っていたのかはお父さんの方がよく分かってるんだろうね。それでも、僕にだって分かる事はあるよ。
お母さんは……僕が好きになった子を、自分と同じ境遇に置くのは許さない」
真理愛さんの名前を出されて、観司郎さんの表情が抜け落ちた。ただ、ギリギリと握りしめられた拳や、だんだん赤くなってくる顔から、激情を抑え込んでいるのは分かる。いつ爆発するのか、見てるだけでハラハラするけど、夜羽はいつもみたいに怯えたりはしなかった。
「愛人にさせられて、ずっと一人ぼっちでも受け入れられたのは、それだけお父さんが好きだったからだとしたら。そんな人との間に生まれた僕の、不幸を望むはずがない。
僕がお父さんみたいに、女の子を二人も悲しませてるなんて知ったら、お母さんはどう思うだろうね」
「黙れ、クソガキ!!」
「ガキだよ! お父さんだってそうだったんじゃないか!! 本当は分かってるくせに、いつまでお母さんに甘えてるんだ、クソ親父!!」
怒鳴り付けた観司郎さんをさらに上回る怒号を上げ、松葉杖を放り出すと、夜羽は観司郎さんの顔面にパンチを叩き込む。女性陣がキャアッと悲鳴を上げたが、これしきで観司郎さんが――
(え、嘘……?)
観司郎さんは二、三歩下がると、ベッドに足をぶつけてそのままボスンと座り込んだ。ほんの少し腫れた頬を擦り、何やら考え込んでいる。
一方、夜羽は……
「あ――、痛いっ! 痛いよぉ、ふえぇん!」
「うわっ! ちょっとこれやばいって」
手をプラプラさせて泣き言を言っていた。何で殴った方がダメージ受けてんの、観司郎さん本当化け物なんじゃ……
お母さんが慌ててナースコールを押し、てんやわんやになっていると、観司郎さんが立ち上がり、手を腫れ上がらせてひーひー言ってる息子に歩み寄る。見上げた夜羽は、それまでの威勢が萎んだ風船のように縮み上がってしまった。
「俺が、真理愛に甘えているだと……」
「ぴゃっ! ……あ、あうぅ」
口をぱくぱくさせてろくな言葉にならない夜羽の頭に手を載せ、ぐしゃぐしゃにすると、観司郎さんは大きく息を吐いた。
「その通りだよ」
「……ふぇっ?」
そうしてお父さんをじっと見てから、炎谷さんに何事かを呟くと、観司郎さんは病室の扉を開く。ちょうど看護師さんが入ろうとしていたところだったので、思いっきりびっくりさせちゃったけど(何せ顔が怖いので)、最後に夜羽の方を振り返り、言った。
「でけぇ口叩くなら、せいぜいやってみせろ。あと、一応大学は出ておけよ」
炎谷さんを引き連れ、出て行ってしまった彼らをポカンと見送っていると、楽々ヱさんも帰ると言って名刺を差し出した。
「巻き込んでおいて何だけど、私にも責任の一端はあるから。何か困った事があったら言って」
「あの……あれってどういう」
「うん? お父さんって昔からああなのよ。真理愛さんに見放されると思ったら、どれだけ強固な意思も簡単に折れちゃうの。まだちっちゃくて真理愛さんとの思い出もなかった夜羽が何を言っても、今までは聞く耳持ってなかったけど……今回のは効いたみたいね」
よく分からない、けど……これは夜羽が観司郎さんを説得できたって事でいいのかしら? お父さんの方を窺うと、観司郎さんが出て行った扉を見送るようにじっと見つめている。
「あいつは、自分にできなかった事を息子に試したかったのかもな。全く、相変わらずはた迷惑な奴だ」
「お父さん、私もう夜羽と離れなくていいんだよね?」
「ああ、お前たちは周りがみんな敵だったあいつとは違う。もっと家族を頼っていいんだ」
ポン、とお母さんに肩を叩かれる。私の大切な、優しくてあったかい家族。だけどいずれは、私だけのものじゃなくて――そんな未来を思うと、思わず涙ぐみそうになる。
「え? お父さんと喧嘩して顔を殴ったら折れた? あなた、病室でなに暴れてるんですか!」
「ふえぇぇん、ごめんなさいぃ!」
看護師さんに怒られて涙目になっている夜羽。私は目元を拭うと、笑顔で彼を抱きしめに行った。
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