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「お嬢さん、そりゃ虫のいい話ってヤツだ」

 茂久市第六高校近くのプレハブ倉庫で、稲妻龍人――ヤンキーのOBで現トラック運転手――は煙草を吹かした。

 赤井君と火山君の力を借りて稲妻さんとの話を望んだ私は、親には週末、友達の家に泊まると嘘を言い、ここまで来たのだ。この辺の不良たちの誰もが恐れる相手にたった一人で挑んだのは、無謀だったという自覚はある。

「やっぱりそうですか」
「当たり前だ。俺たちゃ真っ当とは言えねえが、それでも世間から見りゃケツの青いガキだからこそ、ある程度見逃されてる。それが他人の家の事情に首突っ込むとなると、さすがに向こうも権力使って排除せざるを得ないだろ。
そもそも、あんたヤンキーは嫌いだって話じゃねえか。二代目からはそう聞いていたがな」

 ぐ……まさか元不良の親玉に正論を説かれるとは。拳を握りしめ、俯きそうになるのを奮い立たせて、目の前の男を見据える。

「でも、稲妻さんたちには夜羽に恩があるはずです。頼ってきたら力になってあげるんじゃなかったんですか?」
「相手が悪い。あんたはピンと来ねえだろうが、『赤眼のミシェル』の名は、この界隈じゃ下っ端は聞くだけでチビるほどの影響力あるぜ」

 そんなにすごかったのか、観司郎さん……ハッタリでも牧神が尻尾巻いて逃げるわけだわ。

「それに、その婚約者……杭殿っつったか?」
「そうです、社長夫人の親類らしくて……調べてみたら、求人情報誌でよく見る派遣会社でした」
「あそこは裏ではやべえ筋と繋がりがあるモノホンだって聞いたぞ」

 モノホン……モノホン!?
 え、それはヤが付く職業では……あのぶりっ子お嬢様、可愛い顔してそっちの人だったの? 夜羽はそんな家と結婚させられるのか。

「ど、どどどどうすれば……」

 さすがにそこまで行くと、いくら稲妻さんでも手出しができないのは分かる。無力な一般家庭の女子高生ではなおさら……これはもう、諦めて夜羽とは別れを考えなければいけないだろうか。

(夜羽……)

 悔しさで唇を噛みしめると、血の味がした頃に涙が零れた。
 嫌だ、別れたくない。もう、ただの幼馴染みだった頃には戻れない。だけど、夜羽のお母さんみたいな生き方もきっと私には耐えられない……どうしたらいいの?

 涙を拭う私をじっと見ていた稲妻さんは、大きく溜息を吐き、携帯を取り出した。ピッピッとどこかへメールしているようだ。

「まったく……女泣かせた事があいつに知られたら、地の果てまで追って来られて殴られそうだからな。力は貸してやれねえが、今のヘタレた状態からまともに動けるようにはしてやる」
「……でも、サングラスはもう割れてて」

 稲妻さんの言う「まともに動ける状態」とは、もう一人の夜羽、二代目『赤眼のミシェル』の事だ。だけどサングラスがないと彼が出てくる事はないし、何より本物に勝てるわけがない。

「あんたはを二重人格か何かだと思ってるんだろうが、俺から言わせりゃただの自己暗示だな。元々あいつには俺と拮抗できる程度の力はある。それをサングラスをトリガーとして切り替えていただけだ」

 そこまで徹底して思い込みだけで別人になれるなら、もう人格とは言えないかしら? どうやら稲妻さんには策があるようで、私を見てニヤッと笑った。

「さあ、こっからが見ものだな。あんたにもこの茶番には協力してもらう」

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