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「おい、終わったぞオッサン。……ったく、もうこんな面倒は引き受けねぇからな」
「最初からそうしてりゃよかったんだよ」
「きりがねぇだろ。俺、茂久市六じゃねえし、今回だけだ」

 夜羽と稲妻さんが会話する傍ら――

「何これ……何これ、え、ちょーヤバいんですけど!!」

 倒された彼氏の状態を覗き込んだ花火は、何故かそれを撮影 (こちらはスマホ)してはしゃいだかと思うと、夜羽を振り返った。

「あんた、こんな強かったの!? 早く言ってよぉ」
「だから裏番を譲りてぇって話しただろうが」
「え、あの時話題に出てた人!? 角笛組の跡取りっていう……やだ、イケメンな上に金持ちじゃん! 知ってたらこんなガキンチョに手ぇ出さなかったのにぃ。
……ねぇ、あんたってすっごく強いのね。アタシの男になんない?」

 纏わり付こうとする花火を煩そうに押し退けると、夜羽は稲妻さんを見遣った。

「約束は果たしたからな。もう帰っていいだろ」
「まあ待て。調子いい事言うが、茂久市六に来る気はねぇか? こいつ、男に恨み買いやすいからボディーガードが要るんだよ」
「そうなの、しつっこいストーカーに付き纏われててさぁ。さっきみたいにあいつもボコボコにしちゃって」
「知るか、警察行けよ」

 にべもなく言い放ち、工場を出て行こうとする夜羽。業を煮やした花火は駆け寄って腕に縋り付いた。

「ねぇお願い、アタシの事守ってよ。代わりにあんたの好きにしていいからさ」
「おい、くっつくんじゃ……むぐっ」

 夜羽の言葉が途切れた。ゴトッと手から双眼鏡が落ちる。
 彼が嫌がってるのは明らかだったし、普段はともかく今の夜羽だったらきっぱりと拒絶できる……と、何の根拠もなく思っていた。

(なんで、振り解かないの?)

 がっつり唇に食い付かれて、結構激しい水音が耳に焼き付いている。相手が女だから、乱暴に扱えないんだろうか。だけど――私の時は?

「美酉さん……?」
「帰る」
「え、ちょ……待ってください、一人じゃ帰せませんよ」

 思考が真っ白になって、何も考えられない。私、どうしちゃったんだろ……夜羽が心配でこんなところまで追っかけてきたのに、何かもう、どうでもよくなってる。あの女に纏わり付かれて、絶対面倒な事になるって知ってて、見届けないと安心できないって思ったのに。

(なんで、
なんで、なんで――
あんなの見せ付けられなきゃいけないのよ!!)

 不可解な胸のムカつきに、電車の窓の風景が田んぼからビルに替わっていくのを眺めながら、もやもやを口から吐き出す。炎谷さんはそんな私を心配そうに見ていた。

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