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「天使クンを傷付けられたくなけりゃ、抵抗するのはお勧めしねえぜ」

 男の一人が愉快そうにスマホを振ってみせる。私が変な動きをすれば、先輩たちに連絡するつもりだろう。
 誰も通りかかりそうにない空き教室の中、今更ながら私は後悔していた。ちょっと絡まれるぐらいに思って萌たちには何も言わずに来ちゃったけど、戻って来なかった時は先生を呼ぶよう頼めばよかった。いや、その前にヒロシ先輩の浮気の証拠を録音でもしておけばよかったんだ。いつも私はこうだ、考えなしに動いて……

「抵抗しなければ、彼は解放してもらえるの? 牧神先輩とは何の関係もないのよ!」
「そんな事、俺らが知った事か。お前が大人しく遊んでくれりゃいいんだよ。なぁ、牧神?」

 不良の言葉と、扉が開いて入ってきた人物に目を見開く。呼びかけようとした口には、ハンカチが突っ込まれた。

(ヒロシ先輩……!)

「美酉、お前が悪いんだよ。俺の言い分も聞かずに一方的に別れるだなんて……女の方から言ってきたのは初めてなんだよ。みんな、大抵は捨てないでくれって縋ってきたからな。
なあ、俺だって相当我慢したんだぜ。普通なら付き合えば速攻がっつくところなのに、お前のペースを守って付き合ってやっただろ? そりゃ、ちょっとはよそで遊んだかもしんねぇけど、学校で他に彼女いねぇのは本当なんだぜ」

 自分勝手な言い分をペラペラ語り出すヒロシ……牧神に反吐が出る。最低だ……こんな奴だと知ってたら、最初から付き合おうなんて思わなかった。もうこの野郎の事で泣かないと決めたのに、悔しさで涙が出る。
 そんな私の姿に、またも都合のいい解釈をしたようだ。

「俺の優しさが分かったか? けど、今更遅い。お前の方から俺と別れようなんて二度と考えないよう、お仕置きして分からせないといけないな。……おい、ちゃんと彼女だけ撮れよ」

 私は机の上に寝かせられ、両手を不良たちに押さえ付けられている。一人はニヤニヤしながらスマホを構えていた……まさか!

「牧神、お前も悪い奴だな! あの女たちがお前の本性知ったら幻滅するぜ」
「金払ったんだから、黙ってろよ。後でお前たちにもおこぼれやるって言っただろ?」
「かわいそうになぁ? ビッチの汚名を着せられた挙句、初めてを数人がかりで奪われる映像をネットに流されるなんて、人生終わりだぜ」

 下衆な笑い声に、目の前が真っ暗になる。どうやらあの先輩たちは、不良に襲わせようと画策したらしいけど、牧神はさらにそれを利用して、私を逃がさないための脅迫材料にするつもりなのだ。
 こいつら、人間のクズだ! 噛み付いてやりたいのに、夜羽がどうなるのかを思うと、それすらできない。

(くやしい……すごくこわいけど、それ以上にくやしいよ。ごめん、巻き込んで……夜羽)

 口を塞がれているため、声にならない嗚咽を漏らす私の足に、牧神の手がかかった瞬間。

『な、何だお前……ぐぁっ!!』

 ドカッ!

 扉の外で、見張りらしき男の怒声と争う音。

 そして何事かと教室内の全員が注目する中、扉が開かれた。

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