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中編
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「殺人は決して許される事ではない。だが――」
ここ最近の新聞の論調は、ずっとこれだ。宰相の死は痛ましいという体を装い、「だが」の後に批判を持ってくる。新聞が真実であると信じ切っている大衆にとって、毎日毎日刷り込まれればあたかもそれが自分自身の考えであるかのように錯覚してしまうのも無理はない。
「疑惑はまだ払拭されていない! 明らかにしてから死ねばよかったのに!」
「私たちはずっと騙されてきた! 死んだからと言ってなかった事にしてはいけない!!」
新聞だけではない。道端で、酒場で、人の集まる場所において、彼らは大声で主張した。
「問題でぇーす、ファンヴァーグ宰相が殺されて、助かったのは誰でしょう? 答えは、メディア王国民!」
「ギャハハハハ、さあぃくおぉ~~!!」
人を笑わせる生業の者が、流れに乗っかって煽り立てれば、周りにいる連中もゲラゲラと下品な笑い声を上げる。人の死を嘲笑うという、あまりにも悪趣味な行為に、まともな感性の者たちは嫌悪感に眉を顰めた。
同業者の中には、この風潮を窘める者もいる。
「どれだけ気に入らなくても、亡くなられた際には静かに悼むべきだ。殺された側の尊厳を踏みにじり蹴りつけるのは笑いを提供する者として品性に欠ける。本当にこの国の民なのか?」
この問いかけに、若者たちは喝采した。しかし世論を誘導する側としては邪魔で仕方がない。
「おいおい、仕事失くしたくないんなら空気読めよ。火の玉会がどれだけ邪悪な宗教か、新聞に書いてある事が嘘だってのか? ほら、『読者の声』でもみんな宰相が火の玉会の言いなりだった事に怒ってるってさ。
だからー、お前も火の玉会の信者なんて嫌疑かけられたくなきゃ、宰相の擁護なんてすんなって」
そう、新聞の世論誘導により、火の玉会を庇う者は信者だという空気が作られつつあった。悪魔を崇拝する邪教として、少しでも関わりがあれば処罰すべきだとも。
しかし信仰の自由により、国内では周囲の人間にいちいち確認などしない。よって新聞各社の中にも関係者はいたのだが。
これに焦った新聞社は、なんとその者たちを解雇。大々的に自分たちの潔白さを喧伝した上で、大臣たちにもそれを強要した。つまりはファンヴァーグ派の追放である。
焦る理由は他にもあった。各国首脳が続々と弔問を希望したため、国葬儀が決定されたのだ。一人一人に対処できる数でもなく、警備にかかるコストや外交面でのメリットを考えればしないわけにはいかない。が、いくら新聞に洗脳されているとは言え、全世界から一人の宰相相手にトップたちが集まるなんて光景を目にすれば、さすがに気付くだろう。
『我が国の宰相は、これだけ信頼に足る大人物だったのだ』と――
そんな事は、我々が許さない。
「国葬? また税金の無駄遣いか。葬式なんて、火の玉会でやりゃいいだろうが」
「国葬反対! 国葬上めろ! 火の玉会信者のファンヴァーグは殺されて当然だったんだ!」
日に日に大きくなる大衆の声に気を良くしたサヒール新聞社は、ついに禁忌に手を出してしまう。暗殺者として捕らえられた男ロビン=クックを悲劇の主人公に祀り上げるために、その生い立ちを詳細に綴った『ドキュメンタリー小説』の連載を始めたのだ。
信者の家系に生まれた悲惨な過去……実際、現在のロビンは四十を超えていて、犯行の動機を家庭の問題にするには無理があったし、全ての関係者が犯罪者予備軍のように見られる危険性があったのだが、そんなのは知ったこっちゃない。よりセンセーショナルに読者を煽動し、被害者と加害者を引っ繰り返してこそ、国民を導いてやっている情報機関というものだ。
さらに愛妾として潜り込ませていた社長令嬢のサニアは、言葉巧みにミゴス王を誘導した。
「陛下ぁ、王妃様があたしをいじめるんですぅ。お前のとこの新聞が父親の悪事をバラすせいで、肩身が狭いんだって。黙らせないと火の玉会の魔法で呪ってやるって……あたし、怖い!」
「いや、ファンヴァーグ公爵家は火の玉会ではない……サンドは啓蒙な敬虔な国教徒で葬式も王家が執り行ったし、何かの間違いでは?」
「陛下は、新聞を信じないのですか? だってどこの新聞社にもそう書かれているんですよ!? 情報規制法だってあるんですから、疑いようがないです!」
実際には罰則のない情報規制法など、「我々は偏向などしていない。公平中立だ」と言い張るための免罪符に過ぎなかった。もう何度も訴えが上がっていたのだが、その度に新聞社は結託してと突っぱね、都合の悪い者たちには逆にレッテルを貼り付け排除してきた。
そして懐に入り込まれたミゴス王は、夜ごと囁かれる甘い罠にまんまと陥落してしまったのだった。
「陛下、王妃様の部屋を掃除していたメイドが見つけたのですけど、珊瑚のブローチが!! 火の玉会の魔道具に違いありませんわぁ!!」
「なにっ、珊瑚だと!?」
メディア王国周辺の海域には美しい珊瑚礁があったが、ある時そこを傷付ける不届き者がいるとして、サヒール新聞社が写真付きで大々的に記事にした事があった。だが近隣住民の証言により、記事になる前に誰も落書きを見なかった事から、傷を付けた張本人はサヒール新聞の記者であるという疑惑が上がった。
当初、サヒール新聞社は否定したり傷を指でなぞっただけだと誤魔化していたが、この件で新聞に懐疑的になった者は多く、宰相も記者に付き纏われた時には「珊瑚は大切に」などと揶揄して追い払うようになった。
ともあれ真偽を確かめるために報道陣が押し寄せたせいで、余計に珊瑚礁が破壊される事態にまで陥ったため、王家は周辺を保護区域に指定した上で珊瑚の加工品にまで規制をかけたのだった。
そのメディア王国の正妃たるリテラシーが珊瑚の、しかも渦中の火の玉会の魔道具を所持しているともなれば見過ごす事はできない。
ミゴス王はすぐさまリテラシーを捕らえ、玉座の前へ引き立てた。
「へ、陛下……これは何事です!?」
「しらばっくれるな! 貴様らファンヴァーグ公爵家が火の玉会と懇意であるのは誰でも知っている。それを自ら身を引く事もせず、のうのうと王妃の座に居座るとは……」
「陛下までそのような事をおっしゃるのですか!? 父もわたくしも信者ではありませんし、民衆には信仰の自由を保証するのがこの国の決まりではありませんか!」
「黙れ、これを見てもまだ減らず口を叩けるか?」
足元に投げ寄越されたブローチに、リテラシーは青ざめる。ミゴス王からは本性を暴かれた事で焦っているように見え、それ見た事かと侮蔑の視線を向ける。
「火の玉会で同じような魔道具を扱っていると報告があった。その珊瑚の出処は、保護中の珊瑚礁がある海域だろう? それこそ邪悪なる火の玉会との繋がりを示す根拠だ」
「お忘れですか? これは父に同行して同盟国へ外交へ赴いた際、友好の証にと国王陛下から直々に賜ったもの。陛下にも同様のタイピンが贈られたでしょう」
そう言えば、そんな話をしていた気もする。珊瑚礁の件があるので公式には身に着けられないが、大切に仕舞っておこうと――そう、リテラシーへの贈り物はブローチだったとも。
「お疑いでしたら、大使館で確認を。陛下、此度の事は世界中が注目しております。どうか視野を広く持たれますよう……」
「ええい、うるさい! 歴史あるサヒール新聞に限って虚偽などあり得ぬ! 貴様もサンドも民衆の敵だ。誰かこの女を牢にぶち込め!!」
癇癪を起こして怒鳴りながらも、ミゴス王はサニアの話に無理がある事を薄々感じていた。だが彼女に溺れ、口煩くも国王より人気も信頼も高かった宰相の娘が疎ましく、排除できる機会を窺っていたのだ。そして火の玉会の名前が出た事で壮絶なバッシングを受けて弱っているリテラシーを犠牲にして、手っ取り早く権力を手中に収める事を選んだのだった。
新聞こそが『世論』であり『正義』。『善』と判断されればどんな不正も暴かれず、『悪』のレッテルを貼られれば息をする事さえ批判材料になる。
そして情報媒体が作り出す『空気』は、時として人の命すら奪う。
ファンヴァーグ宰相の死により、メディア王国は自ら滅びへと加速させたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
話は冒頭へと戻る。
断頭台に上げられたリテラシーを、無表情のミゴス王と寄り添いながらほくそ笑むサニア。そして新たに宰相に据えられた、ニヤつきを隠そうともしない反ファンヴァーグ派のスパロー大臣が見上げていた。
沸き立つ大衆に、カメラを構える記者たち……誰もが、元王妃を殺す事を正義だと信じて疑わない。
「最後に、言い残した事はあるか?」
ミゴス王の声に、過去へ思いを馳せていたリテラシーの意識が引き戻される。
(お父様……)
ぼんやりと、幼い頃に父サンドから言われた言葉を思い出す。
『リテラシー、この国は長らく本当の力を押さえ付けられ続けてきた。だが国民の中にはその事に気付き、目覚め始めた者たちもいる。私がずっと立っていられたのも、彼らのおかげだ。
だが私にもしもの事があった時、お前を悪意の刃から守ってやる事ができないかもしれない。そんな日が来ないと信じているが……万が一のために魔法の呪文を教えておく。よいか、悪意に抗う術を失い、どうしようもなくなったと判断した時に、唱えなさい』
父は、火の玉会の信者などではない。なのにどうして、『魔法』などとありもしないものを教えたのか。自分が小さな子供だったから? そこまで追いつめられていたから?
だけど今なら理解できる……そのようなものに縋りたくなる人の弱さを、その心を。
リテラシーは、疲れ切っていた。
張りつめた糸が切れ、瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
祈るように、呪うように、リテラシーの唇が動いた。
「【FLY】!!」
ここ最近の新聞の論調は、ずっとこれだ。宰相の死は痛ましいという体を装い、「だが」の後に批判を持ってくる。新聞が真実であると信じ切っている大衆にとって、毎日毎日刷り込まれればあたかもそれが自分自身の考えであるかのように錯覚してしまうのも無理はない。
「疑惑はまだ払拭されていない! 明らかにしてから死ねばよかったのに!」
「私たちはずっと騙されてきた! 死んだからと言ってなかった事にしてはいけない!!」
新聞だけではない。道端で、酒場で、人の集まる場所において、彼らは大声で主張した。
「問題でぇーす、ファンヴァーグ宰相が殺されて、助かったのは誰でしょう? 答えは、メディア王国民!」
「ギャハハハハ、さあぃくおぉ~~!!」
人を笑わせる生業の者が、流れに乗っかって煽り立てれば、周りにいる連中もゲラゲラと下品な笑い声を上げる。人の死を嘲笑うという、あまりにも悪趣味な行為に、まともな感性の者たちは嫌悪感に眉を顰めた。
同業者の中には、この風潮を窘める者もいる。
「どれだけ気に入らなくても、亡くなられた際には静かに悼むべきだ。殺された側の尊厳を踏みにじり蹴りつけるのは笑いを提供する者として品性に欠ける。本当にこの国の民なのか?」
この問いかけに、若者たちは喝采した。しかし世論を誘導する側としては邪魔で仕方がない。
「おいおい、仕事失くしたくないんなら空気読めよ。火の玉会がどれだけ邪悪な宗教か、新聞に書いてある事が嘘だってのか? ほら、『読者の声』でもみんな宰相が火の玉会の言いなりだった事に怒ってるってさ。
だからー、お前も火の玉会の信者なんて嫌疑かけられたくなきゃ、宰相の擁護なんてすんなって」
そう、新聞の世論誘導により、火の玉会を庇う者は信者だという空気が作られつつあった。悪魔を崇拝する邪教として、少しでも関わりがあれば処罰すべきだとも。
しかし信仰の自由により、国内では周囲の人間にいちいち確認などしない。よって新聞各社の中にも関係者はいたのだが。
これに焦った新聞社は、なんとその者たちを解雇。大々的に自分たちの潔白さを喧伝した上で、大臣たちにもそれを強要した。つまりはファンヴァーグ派の追放である。
焦る理由は他にもあった。各国首脳が続々と弔問を希望したため、国葬儀が決定されたのだ。一人一人に対処できる数でもなく、警備にかかるコストや外交面でのメリットを考えればしないわけにはいかない。が、いくら新聞に洗脳されているとは言え、全世界から一人の宰相相手にトップたちが集まるなんて光景を目にすれば、さすがに気付くだろう。
『我が国の宰相は、これだけ信頼に足る大人物だったのだ』と――
そんな事は、我々が許さない。
「国葬? また税金の無駄遣いか。葬式なんて、火の玉会でやりゃいいだろうが」
「国葬反対! 国葬上めろ! 火の玉会信者のファンヴァーグは殺されて当然だったんだ!」
日に日に大きくなる大衆の声に気を良くしたサヒール新聞社は、ついに禁忌に手を出してしまう。暗殺者として捕らえられた男ロビン=クックを悲劇の主人公に祀り上げるために、その生い立ちを詳細に綴った『ドキュメンタリー小説』の連載を始めたのだ。
信者の家系に生まれた悲惨な過去……実際、現在のロビンは四十を超えていて、犯行の動機を家庭の問題にするには無理があったし、全ての関係者が犯罪者予備軍のように見られる危険性があったのだが、そんなのは知ったこっちゃない。よりセンセーショナルに読者を煽動し、被害者と加害者を引っ繰り返してこそ、国民を導いてやっている情報機関というものだ。
さらに愛妾として潜り込ませていた社長令嬢のサニアは、言葉巧みにミゴス王を誘導した。
「陛下ぁ、王妃様があたしをいじめるんですぅ。お前のとこの新聞が父親の悪事をバラすせいで、肩身が狭いんだって。黙らせないと火の玉会の魔法で呪ってやるって……あたし、怖い!」
「いや、ファンヴァーグ公爵家は火の玉会ではない……サンドは啓蒙な敬虔な国教徒で葬式も王家が執り行ったし、何かの間違いでは?」
「陛下は、新聞を信じないのですか? だってどこの新聞社にもそう書かれているんですよ!? 情報規制法だってあるんですから、疑いようがないです!」
実際には罰則のない情報規制法など、「我々は偏向などしていない。公平中立だ」と言い張るための免罪符に過ぎなかった。もう何度も訴えが上がっていたのだが、その度に新聞社は結託してと突っぱね、都合の悪い者たちには逆にレッテルを貼り付け排除してきた。
そして懐に入り込まれたミゴス王は、夜ごと囁かれる甘い罠にまんまと陥落してしまったのだった。
「陛下、王妃様の部屋を掃除していたメイドが見つけたのですけど、珊瑚のブローチが!! 火の玉会の魔道具に違いありませんわぁ!!」
「なにっ、珊瑚だと!?」
メディア王国周辺の海域には美しい珊瑚礁があったが、ある時そこを傷付ける不届き者がいるとして、サヒール新聞社が写真付きで大々的に記事にした事があった。だが近隣住民の証言により、記事になる前に誰も落書きを見なかった事から、傷を付けた張本人はサヒール新聞の記者であるという疑惑が上がった。
当初、サヒール新聞社は否定したり傷を指でなぞっただけだと誤魔化していたが、この件で新聞に懐疑的になった者は多く、宰相も記者に付き纏われた時には「珊瑚は大切に」などと揶揄して追い払うようになった。
ともあれ真偽を確かめるために報道陣が押し寄せたせいで、余計に珊瑚礁が破壊される事態にまで陥ったため、王家は周辺を保護区域に指定した上で珊瑚の加工品にまで規制をかけたのだった。
そのメディア王国の正妃たるリテラシーが珊瑚の、しかも渦中の火の玉会の魔道具を所持しているともなれば見過ごす事はできない。
ミゴス王はすぐさまリテラシーを捕らえ、玉座の前へ引き立てた。
「へ、陛下……これは何事です!?」
「しらばっくれるな! 貴様らファンヴァーグ公爵家が火の玉会と懇意であるのは誰でも知っている。それを自ら身を引く事もせず、のうのうと王妃の座に居座るとは……」
「陛下までそのような事をおっしゃるのですか!? 父もわたくしも信者ではありませんし、民衆には信仰の自由を保証するのがこの国の決まりではありませんか!」
「黙れ、これを見てもまだ減らず口を叩けるか?」
足元に投げ寄越されたブローチに、リテラシーは青ざめる。ミゴス王からは本性を暴かれた事で焦っているように見え、それ見た事かと侮蔑の視線を向ける。
「火の玉会で同じような魔道具を扱っていると報告があった。その珊瑚の出処は、保護中の珊瑚礁がある海域だろう? それこそ邪悪なる火の玉会との繋がりを示す根拠だ」
「お忘れですか? これは父に同行して同盟国へ外交へ赴いた際、友好の証にと国王陛下から直々に賜ったもの。陛下にも同様のタイピンが贈られたでしょう」
そう言えば、そんな話をしていた気もする。珊瑚礁の件があるので公式には身に着けられないが、大切に仕舞っておこうと――そう、リテラシーへの贈り物はブローチだったとも。
「お疑いでしたら、大使館で確認を。陛下、此度の事は世界中が注目しております。どうか視野を広く持たれますよう……」
「ええい、うるさい! 歴史あるサヒール新聞に限って虚偽などあり得ぬ! 貴様もサンドも民衆の敵だ。誰かこの女を牢にぶち込め!!」
癇癪を起こして怒鳴りながらも、ミゴス王はサニアの話に無理がある事を薄々感じていた。だが彼女に溺れ、口煩くも国王より人気も信頼も高かった宰相の娘が疎ましく、排除できる機会を窺っていたのだ。そして火の玉会の名前が出た事で壮絶なバッシングを受けて弱っているリテラシーを犠牲にして、手っ取り早く権力を手中に収める事を選んだのだった。
新聞こそが『世論』であり『正義』。『善』と判断されればどんな不正も暴かれず、『悪』のレッテルを貼られれば息をする事さえ批判材料になる。
そして情報媒体が作り出す『空気』は、時として人の命すら奪う。
ファンヴァーグ宰相の死により、メディア王国は自ら滅びへと加速させたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
話は冒頭へと戻る。
断頭台に上げられたリテラシーを、無表情のミゴス王と寄り添いながらほくそ笑むサニア。そして新たに宰相に据えられた、ニヤつきを隠そうともしない反ファンヴァーグ派のスパロー大臣が見上げていた。
沸き立つ大衆に、カメラを構える記者たち……誰もが、元王妃を殺す事を正義だと信じて疑わない。
「最後に、言い残した事はあるか?」
ミゴス王の声に、過去へ思いを馳せていたリテラシーの意識が引き戻される。
(お父様……)
ぼんやりと、幼い頃に父サンドから言われた言葉を思い出す。
『リテラシー、この国は長らく本当の力を押さえ付けられ続けてきた。だが国民の中にはその事に気付き、目覚め始めた者たちもいる。私がずっと立っていられたのも、彼らのおかげだ。
だが私にもしもの事があった時、お前を悪意の刃から守ってやる事ができないかもしれない。そんな日が来ないと信じているが……万が一のために魔法の呪文を教えておく。よいか、悪意に抗う術を失い、どうしようもなくなったと判断した時に、唱えなさい』
父は、火の玉会の信者などではない。なのにどうして、『魔法』などとありもしないものを教えたのか。自分が小さな子供だったから? そこまで追いつめられていたから?
だけど今なら理解できる……そのようなものに縋りたくなる人の弱さを、その心を。
リテラシーは、疲れ切っていた。
張りつめた糸が切れ、瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
祈るように、呪うように、リテラシーの唇が動いた。
「【FLY】!!」
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